186: 終わった寝①
高々とあった満月が、今ではもう傾いている。
もう夜中だ。
私たちは、城壁の中に戻ってきていた。
「――ばーか、ヴァーカ、ばーか、ヴァーーッカ――!」
私の前方では、城壁担当だった騎士の人たちがファンタズゲシュトル亜種を観察している。
「まるで虚勢を張っているかのような鳴き声だな。障壁越しだと、上下左右に揺れる発声をしていることがわかるよ」
「この揺れる鳴き声が普通のファンタズゲシュトルとは違うようね。これを聞いて混乱状態になるのね」
「それに本体の色味も少し違う気がするわ。通常より緑みがかっているような……」
「すると、本当に亜種発見……」
「そこー、計測するから一旦退けてくれ。ファンタズゲシュトルの腰回り……じゃなくて顔回り測るぞ」
「斥候班はそれぞれの角度から絵を描け!」
ファンタズゲシュトル亜種入りの障壁は、騎士の皆さんの頭上にかかげて配置していた。その周囲をぐるりと囲んで観賞、計測、スケッチされている。
それらの作業がしやすいように、しかし明かりは強すぎないように、周囲には点々と松明が灯された。
私はその集団の近くで待機だ。
反対側では、私より遅れてやってきた新種の魔物の死体とその討伐者たちがいた。
ギルマスもそのとき一緒に戻ってきていて、魔物をじっくり確認している。
「ギルドマスター、大容量収納鞄持ってきましたぜ!」
新種の魔物を討伐したあとは、『魔物図鑑』に載せるための作業に入る。
他の魔物と違ってすぐに解体作業ができないので、一定期間は状態を保たせることが必要だ。
そのために我がギルドにある大容量収納鞄に収納することになった。
この大容量収納鞄は大容量かつ、時間経過も遅いという優れもので、ギルドで所持している物の中では比較的高価な物だ。
ただスタンピードのときはすぐ解体するということもあって、日常的に使うことがない。私はすっかりその存在を忘れていた。
その大容量収納鞄は、解体チームに持ってきてもらったので、ギルマスは彼らに礼を言っている。
「おお、ありがとうな! あとは俺が詰めるから、お前たちはグリーンサーペントやグリーンベアの解体に入ってくれ。……それとタチアナは?」
「姐さんはまだ、うんうん唸りながら寝てます」
「そうか……。あとでグラスアミメサーペントも来るから、そのときまた呼びに行かせっか……。それまで今あるものをどんどん解体していってくれ!」
「うーっす。腕がなるぜ~!」
戦闘があらかた終わったから解体作業を開始する――ということで、こちらへ来るついでに持ってきてもらったようだ。
解体チーム全員がワクワクとした顔で、魔物の死体が集められた場所へ走り、各々作業に入る。
城門の内側は普段、複数パーティーを組んで仕事に向かう冒険者たちに、待ち合わせ場所として使われてもいる広い通りだ。
騎士団がファンタズゲシュトル亜種を囲んでも、冒険者が新種の魔物を見物しても、そのずっと先に解体待ちの大きな魔物がいても窮屈さを感じさせない。
それよりもタチアナさん……大丈夫なのかな?
明日、よく確認しよう。
ちなみにグラスアミメサーペントは体長が長いし大きいし、ついでに揉めている……ということもあって、騎士団長さんが森から運び出す指揮をしに行っている。
私が城壁に帰るときに上を通りすぎていったので、あのときの……城壁で足を踏み外したときに助けてもらったときのお礼は言えずじまいだ。
あのとき……本当……今考えてみると、かなり危なかった……よね。
うっかりミスで死ぬこともあるんだよね……。
私……城壁の上の配置だし、後方だしってことで、かなり油断していたのかな……。
本当、……助かったんだなぁ……。
…………。
さて……そうそう、あのとき一緒にいた他の人たちはここにはいない。
ゲンチーナさんは救護班の応援に行き、あのカップル騎士二人はもう私の護衛をする必要もないことから、残った魔物の殲滅に駆り出されていた。
この戦闘の終盤はお互いできることをやっている、ということだ。
そうだ、この戦闘は――今回アーリズの町の危機と思われたこの戦闘は、もう終わりに差し掛かっている。
こんなこと思うのはまだ早いけど……、なんだか、ほっとしている。