184: 私は、やってない⑤ ~女性ものの服を叫ぶ男~
地響きがだんだん近づいてくる。木をなぎ倒す様子も見えてきた。
木々のてっぺんからその原因の一部が見えそう……、と目を凝らしたそのとき、長い巨体が森の中から空へと頭を出す。
まるで、てらてら反射する変わったタイルの巨塔が、一瞬にしてそびえたったようだ。
ただ……、不思議なことにそのてっぺんから、女性ものの服に関係した単語が聞こえてくる。
ともかく、月の光で美しい模様が見えるもそれはすぐに消えた。
月が雲に隠れたからだ。
「グラスアミメサーペントだぞ!」
「……その頭に誰かいなかったか?」
「おい騎士団、こっちも加勢してやろうか?」
「意地張ってねぇで、俺らに助けを求めていいんだぜ?」
新種の魔物の死体確認をしていた冒険者の皆さんが、私の周りを囲むように立っている騎士団の人たちに呼びかける。
そういえば……、なぜ私の周りを騎士の皆さんが囲んでいるのだっけ?
ずっと私の真上を見ているし……あ、ファンタズゲシュトル亜種が出てこないか見張っているのか~。
大丈夫ですよ、あのオバケは障壁でぴちっと隙間なく捕らえています!
そのオバケの様子はというと、ボスが倒されたせいか、空へ向かって逃走しようとしているかに見える。
もちろん障壁に阻まれているから、どれだけ必死に飛んでもその場から逃れることはできない。
こういった動きは周囲が闇に包まれていることで、はっきりとわかった。
ちなみに冒険者たちが騎士団に加勢の確認を取っているのは、グラスアミメサーペントの討伐を騎士団が担当していたからだ。
横から割って入ることになるので、先ほど『羊の闘志』たちから許可を取ったように、今度は騎士団と交渉しないといけない。
ただ、森から頭が出た方角には、グラスアミメサーペントを囲むように騎士団の人たちが大勢いる。冒険者の出る幕はないかもしれない。
「とにかく新種の魔物の死体がつぶされちゃたまらねぇ、せめて進行方向をずらす……ん、何だ?」
バルカンさんが新種の魔物の死体を守るため前方に仲間を集めたとき、地面に振動が伝わった。
同時にグラスアミメサーペントは再度頭を空に突き出し、大きくうねった。
その動きは蛇の影だけでしか視認できなかったけど、図体が大きいことから間違いようがなかった。
大蛇は何かを嫌がるかのように、頭を大きく振る。振る動きでこちらに風が送られた。
「うおおおおお――!!」
蛇の頭上から男性の声が聞こえた。
グラスアミメサーペントはその声から逃げるように頭を後ろに引いた。かと思えば、雄たけびに対抗するかのように首を大きく回す。
蛇の頭の上にいる人は……、何かを刺した状態で踏ん張っているように見える。
胴体から尻尾もその動きに呼応して、大きく暴れる。その周囲にいる騎士団のどよめきや喧噪もこちらに伝わってきた。
冒険者側はその様子に緊張感を持って、配置についた。新種の魔物の死骸を守る隊形だ。
だけどその必要はなかった。
グラスアミメサーペントは満月の方向へ高く顔を上げると一度硬直し、そのまま力尽きるように倒れ伏したのだから。
――ズズゥウン――! とまるで巨塔の地盤が緩んで斜塔になり、そのまま支えることができなくなったかのように、腹から頭へと倒れていったのだ。
この道に今夜一番の大きな揺れが起こる。
「あ、ペリド……」
「黙んなよ」
この揺れだ。また新種の魔物からペリドットの欠片がはがれたのだろうか……。
しかし皆まで言わせずに、マルタさんがげんこつで黙らせていた。
力尽きたグラスアミメサーペントは大通りを横断しようとしていたのか、ちょうど道の脇からにょっきり顔を出す形で地面に落ちた。
暗いけれど、討伐したであろう男性が何かを引っこ抜く動作をしたのがかろうじてわかる。その場所から、何かが大量に噴射した音も聞こえた。
おそらく頭に刺した剣を抜いたのだ。それに付いた血を払う動作が窺える。男性はグラスアミメサーペントの頭から下りる。
この一連の動作は、この道に十分な光が届いていないことで、なんだか不気味に映った。
私の周囲もそのような得体のしれない何かを感じたのか、息を呑む様子が伝わった。