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018: 低級スタンピード③ ~彼を助けよう~



「……っぐ、ぐっぅぅぅぅっ!!」



 ただ事ではない呻き声に、私も皆さんと一緒にゲイルさんのもとへ走る。

 私はたどり着いて絶句した。

 彼の左腕上腕が、先ほどの岩攻撃を受けてえぐれ、皮一枚で繋がっていたから。


「…………!!」


(ぴえぇぇぇ! い、いたいぃ! …………いや、私は痛くないんだけども……!)


「くそっ!! おいっ止血しろ!」

『羊の闘志』のリーダーが、すぐに行動に移す。

 仲間の一人が紐で彼の上腕をきつく結び、止血し始める。

 私は何もせず、ただ突っ立っていた。


「しっかりしなよ! …………腕だけで済んでよかったと言うべき……だね」


 マルタさんの言うとおり、彼は確かに油断してかなり先行していた。正直……即死かな、と思った。でも何とか避けていた。


 あのとき、一直線に岩みたいなものが飛来。

 けれども持ち前の速さと、彼の持つ『体術』『身体強化』スキルが相まって、全力で胴をひねって腕一本で済んだようだった。

 攻撃が速すぎて、障壁魔法を使う余裕もなかった。

 急ぎ『探索』スキルで腕を繋げられそうな治療院の人を探す。


(いるけど……)


 腕のいい治療院の人は、今回も参加していた。けれど、いかんせんスタンピードが終わりに近づいていたせいか、すでに全員城門あたりまで下がっている。

 それに急いでここに来てもらうにしろ、ここから急いで町に戻るにしろ、目の前に得体の知れない魔物がいる。


 この魔物は、まず種類がわからない。私の『鑑定』では種類の項目が消えている。

 現時点で見える数値は――。



 体力:53479

  力:70555

 耐久:89990



 一言で言えば、相当な強さということ。

 今戦うことに意味はないので、逃げることを考える。

 魔物はさっきから動かないから、逃げられるかもしれない。でも、逃げられたとしてもここから町までは遠く、時間がかかる。

 人体の修復は、時間がかかればかかるほど、治りにくくなる。


 ゲイルさんはせっかく致命傷を回避したのに、運は尽きてしまったのだろうか。


 彼をすぐ助けられそうな人なんて、……今、魔物と対峙している魔王様くらいしか…………。

 魔王様を『鑑定』しても相変わらずちかちかした記号の羅列だ。魔法やスキル欄なんて、これっぽっちも見えない。けど、治癒魔法を持ってないはずないし……。


 いや、持っていてもだめだ。この魔物の相手をできるのは魔王様しかいない。

 魔物自体はさっきから動かず直立不動だ。魔王様が何かしているのかなと思ったけど、こちらから窺い知ることができない。


 問題はあの魔物からの攻撃だ。

 ちらりと魔物を見ると、また肩の部分が青く光り出し、さっきと同じ攻撃を仕掛けてきた。


 また攻撃が来る……!

 でも大丈夫。私たちはうっすら白いドーム型の障壁に囲まれているから。

 先ほどと同じように、このドーム障壁のおかげで、投げつけられた物体が粉々に砕ける。


 私の障壁魔法ならば、粉々にならない。はじかれるだけ。

 他の人はこんな魔法使えないから、当然誰が張ったのかわかる。だから魔王様にはそれに集中してほしい。


 じゃあ、他に治癒魔法を使えるのは?

『羊の闘志』のメンバーにもいるけど、治癒魔法をかけていないということは、腕の修復まではできないということなのだろう。


 じゃ、じゃあ。私は?


 年季の入った治癒魔法とは言わないけど、障壁魔法と一緒で長く使ってきた。しかし、…………ほぼ切断状態の腕の修復……。


 これが知らない人なら、住んでいる町じゃなかったら。「私やります」と言って治癒魔法を使い、結局駄目だったとしても、それで負い目を感じればその町から逃げればいい。


 でも、私はこの町に住んでいるし、彼ともよく顔を合わせる。最近は確かに、そろそろAランクに昇格しそうと言って、浮き立っていたかもしれない。でも目標に向かって頑張るのはいいことだし、見ている人だって、私だって応援したくなった。

 彼の明るい雰囲気が、ギルドになくなるのは悲しい。


 しかし、同じ町に住んでいるからこそ、失敗したら彼とは顔を合わせづらい。

 ただ今のままでは、彼の腕は絶対元どおりにはならない。



(私は……………………)



「ルシェフさん!」


 私はこの障壁を張ったであろう、かの魔国の王にお願いした。


「すみません。こちらの障壁しばらく張っていてもらえますか……?」


「片付くまでそこに入っているがいい」


 さっきから一歩も動かない敵と同じく一歩も動かない魔王様は、静かにすばやく応えてくれた。

 私はリーダーに向かって一生懸命に言う。


「……今から治療できる人を探しても、もう皆さん撤収しているはずです。間に合わないです。でも、少しの可能性でもよければ今からやります」


 リーダーどころかゲイルさん以外のメンバー全員、私に注目した。


「私が…………!」


 同時に驚いた顔をした。

 リーダーは、私が腕を修復できるかもしれないことは知らなかっただろう。知っていたらすぐ私に頼んだはずから。

 そして、今まで治癒魔法をかけてほしいと言わなかった理由は簡単。人体に大きく切り離されてしまった部分がある場合、結合できる人以外が治癒魔法をかけると、後にくっつかなくなる危険性があるから。治癒魔法で切断面を蓋してしまう感覚に近い。


 ――――リーダーは、今のこの状況を考えているはず。

 謎の魔物が、岩の雨あられ攻撃を一切やめないこと。ここにいる全員は、その魔物と対峙しているルシェフなる人物が作った障壁に守られていること。


「ただし、たとえ繋げられても結局動かなくなるかも」


 リーダーは私を見ている。


「本当は当人に決めていただくほうがいいんですけど…………」


 私だってこれでも大いに悩んだ。

 堂々と「治せます!」と言える立場じゃないし。

 でも実際ここからではあの魔物がいなくても、全速力で帰ったとしても、腕を治せる人のところまで間に合わない。

 切れかけの腕側が、完治するには時間的に持たない。そう『鑑定』結果が出ているから。


 ――どうしますか。


 ……ゲイルさんの運は攻撃を避けたときに尽きたのかもしれない。

 治療院の人間ではない、ギルドの受付をやっているど素人が、治癒魔法で腕をくっつけることになったのだから――。


 リーダーは『探索』持ちの仲間(『探索』スキルは(せっ)(こう)担当なら基本持っている)に、本当に周りに人がいないか確認し、いないことがわかるとぱっと決断した。


 私は再度、治癒魔法を使っても完全修復が難しいかもしれないことを伝える。リーダーは仲間の顔を見て、そのあとゲイルさんのほうを見ながら私に頼んだのだ。


 治癒魔法をかける前にまず準備。

 それは分厚い『人体の図鑑』一冊。

 私は収納魔法の中からその一冊を取り出した。たぶんこれが必要だと思う。

 急いで腕のページを探す。

 さらに『探索』スキルを彼の腕中心に局所的に使って、『鑑定』スキルももちろんフル活用。


(骨からつなぐべき? 神経? 血管??)


 わからない。わからないのでとにかく同じ骨、同じ血管、同じ神経、同じ筋肉組織同士、『鑑定』スキルと『探索』スキルで全部まとめて一緒に治してみよう。

 私が図鑑をぺらぺらめくっているあいだに、魔法使いさんたちは明かりの準備だ。

 そして、なぜか押さえつけられているゲイルさん。

 ――よくわからないけど、始めてしまおう。

 右手を彼の腕にかざして、いつもの呪文を唱える。


「“きゅあ”……!」



 彼の腕回りが輝き出した。



(お、おぉこれが同じ骨! 血管、神経……なるほどなるほど)


『鑑定』と『探索』の局部使いを初めてやったので、新しい感覚だった。

 同じ骨はどこですかと『探索』で捜して、それはここですよと『鑑定』が教えてくれる。


 雑菌のようなものがあっても、取り除こうと思うだけで治癒魔法がやってくれる。切断前と同じ状態にしたいと思えば、同じ組織同士が、足りない部分を補いつつ元どおりにくっついてくれる。

 なぜ飛び散った肉片なども作り出しているかは謎だけど、そういうものだと納得しとく。


 しかし、神経を繋げ始めたとき――。


「ぅあ゛あああぁぁぁ!」


 彼は激しい痛みに叫び声を上げた。

「痛い」と言えないほど、尋常ではない苦痛なのだろう。悲鳴を聞いていてかわいそうになった。


(麻酔を忘れてしまった……!?)


 麻酔を念頭に置いたとしても、持ってなかったのでどうしようもなかったけども……。

 だけど、このまま治癒魔法を続けていてよいものか。

 治癒魔法を始める前に彼を押さえつけていた面々は、この状況でもしっかりと彼を動かないように固定してくれていた。


(治癒する前に固定していたのって、こうなることがわかっていたからかな……?)


「おい! 動くんじゃねぇ!」


「しっかりしな! 腕とさよならするよりマシだよ! 動かずじっとしてるんだよ!」


 それは難しいのでは……。

 力が強い人たちでゲイルさんの足、手、肩、腹などあらゆる部分を押さえつけている。女性魔法使いさんが「煩いし舌を噛んだら大変」と口に布を突っ込んで静かにさせていた。

 この扱い…………。いや、これで集中して治せるけど。


「麻酔持ってなかったので、悪いことしてしまいました。激痛ですよね……」


 右手を動かさなければ、治癒魔法使用中も話せる。


「ん? ますいって何じゃ」


(え? この国になかったっけ?)


「ビリビリ草から作られる()()にするやつかい? あれだって身体が動かなくなるだけで、痛みは感じるみたいだよ」


「……痛みを感じないようにする薬ってないんですか」


 前世の記憶と混じっちゃったかな。


「聞いたことねぇな」


 ゲイルさんを軽々押さえているかのようなリーダーの声。


「昔から腕でも足でも、くっつけるときは痛いもんじゃ」


 そうなんだ…………。


 ――痛いのは今だけ。

 ――これで腕をなくしたら一生後悔する。

 ――お前より年下の子が度胸を見せたんだ、お前も見せろ。

 ――Aランクになりたいなら我慢しろ。


 仲間から励まされつつも、脂汗とか涙で顔が大変なことになっているゲイルさん。

 彼の名誉のためにあまり見ないでおく。腕に集中しないといけないし。


 とりあえず仲間の皆さんから「痛がらせるんじゃねぇ」と、蹴られることはないみたい。

 私は治癒魔法に集中して何とか早めに終わらせたいけど、これ以上早くは無理。……本当にごめんね。


 しかし、この世界ではそこまで医療は進歩してないのか。やっぱり、まず怪我をしないことが大切なんだな。

 耐久値を上げるためといえど、あのときワイルドウルフの攻撃を受けていたら洒落しゃれにならなかったのかも。


 やめよやめよ。短所を無理に改善するのは。

 やっぱり長所を伸ばすべきだもんね。


 治しているあいだ、リーダーはゲイルさんを押さえつつ状況を説明してくれる。


「彼の障壁もすげぇな。攻撃を受けても粉々にしちまう」


 粉々はすごいですよね。あるいは速さがあるからぶつかった衝撃で砕け散ってしまうのか。

 ――お、神経はもう全部繋がったかな。


「さっきから攻撃もしているのにヤツには効いてねぇようだ。……何だろうな、この違和感。……まさか本気で戦ってねぇとか、言わねぇよな」


 魔王様は、遊んでいるということですか。見た目はかわいいけど凶悪な魔物と。

 …………ありそう。


「しっかし双方動かねぇな」


 この魔物は動けないのだろうか。しっかり立っているように見えるのに。

 ――そもそも、魔王様がさっさと倒さないのが怪しい。もしかして……。


 リーダーが実況中、私も考えを巡らせたけど、大きな治癒魔法のせいか魔力が足りなくなってきていた。

 魔力回復の腕輪があるのに、消費が早すぎて間に合わないみたい。

 気づいてよかった。二割以下になっている。

 腕輪がなかったら、私が気絶していたところだ。

 右手で治癒魔法を継続し、左手で収納魔法を使って魔力回復ポーションを出す。


「すみません。どなたか開けてくれませんか」


 痛みでのたうち回っていたゲイルさんは、気絶したのか静かになっていたので、近くにいた人に蓋を開けてくれるよう頼んだ。

 気絶できるくらい痛みが引いてよかった……。

 顔もきれいに拭いてもらったらしく、先ほどよりさらっとしている。


「これ、ゲイルのだから好きなだけ飲みな」


 そうマルタさんが開けてくれたのは、ゲイルさんの魔力回復ポーションだった。

 そういえば彼、『魔力を力に変換』スキル(自身の魔力を力に変換した分、腕力が高くなるスキル)の練習でたくさん持っているんだっけ。

 自分のポーションを収納し、もらった魔力回復ポーションをありがたくいただく。

 遠慮なく三本をとりあえず飲んだ。


 自分でも驚くほど元に戻っていく彼の腕。

 時間はかかっているけど、かなりきれいに治せているのではなかろうか。



 ――そして、見事彼の腕を修復した。





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