179: 再戦⑨ ~めりめりめり~
では、いっそ悪役としてオーッホホホと笑っておこうか、……いやいや、悪役だなんて。
とにかく、このままこっちに来られても、私の前に張っている障壁はそう簡単に壊されない。
ファンタズゲシュトル亜種を助けようとしている新種の魔物が、私の障壁を踏み台にし、その体重を思いっきりかけたとしてもだ。それは自信がある。
だけども、もしこっちに来て障壁を壊そうと頭突きをしたら!? ――それは、困る!
新種の魔物の足を止めなくては!
しかし足を止めるということは障壁を張るということ。結局、頭突きされるんじゃ……。
いや、冒険者さんたちも後ろから追ってきている。新種の魔物の進行を少し止めるだけでいい。
それなら地面から身長までの障壁ではなく、胸あるいは首下あたりまでを狙おうか。
新種の魔物は前足も使って全力で向かってきている。あまりに低すぎる障壁だと、つんのめって頭から転んでしまいペリドットを打ってしまう可能性もある。
転ばれないような、頭突きが届かない高さまで――地面から胸までの障壁を作って押し出そう。
私は今、馬車が二台余裕で通れる道端にいる。その道幅ギリギリまでの横幅の障壁を作れば、横に逃げられにくい。
逃げられたら逃げられたで森の中に入られることになるけど、新種の魔物だって動きにくくなる。
横幅と縦幅は決まった。障壁を出そう!
あれ、でも待った。どうも見えにくい……。
(そっか、今私は綺麗なペリドットを守る障壁内にいるけど、その障壁の辺同士がくっついている正面にちょうど新種の魔物が向かってきているんだ。だから障壁に角度がついて見づらい……)
新種の魔物退治はすっかり冒険者の皆さんに任せていたので、今まで障壁の向きはまったく気にしてなかった。
でも見やすくするために障壁を回すより先に、魔物の突撃を押さえないと。
新種の魔物はちょうどその障壁の角に突撃してくるかのように迫っているのだから、まず足止めだ!
私はすぐさま障壁を出し、押し出した――!
これで新種の魔物は胸から足までを障壁にぶつけ、足が止まる、後退する。
後を追っている冒険者たちを巻き込まないよう、障壁は彼らの手前で止めるつもりだ。
そのまま問題なく魔物に攻撃してくれるだろう。
これで一安心だ。
――しかし。
新種の魔物は、私が障壁を出すちょうどその瞬間、飛び上がったようだ。
ジャンプして飛びかかろうとしていたように、一瞬見えた。
そのタイミングが悪かった。
――飛ぶのが遅ければ、それでも狙いどおりに魔物の速度を落とせたかもしれないのに。
――もっと手前から飛んでくれていたら……。障壁を飛び越えられ、こっちに来てしまったかもしれないけど、そのあとの対処もできたはず。
そうすれば、
そうすれば――こんなことにはならなかったはずだ。
私が障壁を作り、押し出した瞬間――。
――その障壁の上辺に、魔物の飛び上がったつま先がぶつかったのだ――。
その現象は一瞬で起きた。
飛び上がった不運の魔物は障壁につま先を引っかけると、速度を緩めることなく、しかし一直線に低空で飛んだ。
途中、地面への着地に失敗し、大きく弾むように回転した。
それでも方向は変わることなく、しかし自身の動きを制御できないまま私に飛びかかり――。
――ッゴンッッ――!!
すさまじい音を立てたのだ。
私はその発生場所を見た。
思わず目をつぶってしまっていたのだろうか。
最初、私はよく……わからなかった。
でも、わかった。……わかってしまった。
この事後の状況を見れば、おのずと何が起こったのか理解できる。
新種の魔物は前転した勢いのまま、空中で急停止させることなどできるはずもなく、私の前に張っている障壁に、大きく頭を打っていたのだ。
障壁の面に、ではない。
私が「辺が合わさって見づらい」と感じていたとおり、私の正面の上には障壁の辺が集まった、角がある。
その角に……、
「頭が、額が……っ、めり、めりっめり……っ」
――めり込んでいる――!
新種の魔物は、障壁の角に頭を直撃していたのだ。
私の障壁の三辺が合わさった頂点に――一番とがった角に、ちょうど突き刺さっていた。
間違いなく、頭蓋骨が陥没している。
障壁に覆いかぶさるように頭が沈んでいる。……だから陰になって暗い。
しかし暗くても激突している額を見間違えようがない。
私の目の前の障壁は透明なのだし、こんなに間近にあるのだから……。
それから魔物の両腕が地面に落ちる音が聞こえた気がするけど、額のペリドットのかけらが障壁にはじかれる音のほうが、よほどはっきり聞こえた。