017: 低級スタンピード② ~一人で修業~
「突撃ぃぃぃぃ!!」
号令により前衛の剣士部隊が突撃していく。
進行方向にいる、まだ息のあるワイルドウルフを盾ではじいたり、剣で急所を突き刺したりして抜き去り、門外へ突撃していく。
主目的は門外のワイルドウルフ。
立ち止まって致命傷を与えるのではなく、まず無傷で魔物の群れに取りつくことが大事。
前衛騎士が走り去った瞬間、第二攻撃を構えていた弓使いと魔法使いが、まだ息のあった魔物に致命傷を与えた。
騎士たちが次々に城門から飛び出していく中で、 一連の様子を男の子たちが陰からこっそり見ている。
「今のかっこよかったなぁ」
「父さんもこれに参加しているんだ」
「俺も将来騎士になるんだ!」
どこの国でもどこの町でも、子供はこういった出撃の光景にあこがれるようだ。
私も近くで見ていて興奮気味。
しかし、かっこいい場面を見ていたのもつかの間。子供がいないことに気づいた母親たちが、我が子を叱りとばして乱暴に手を引いて帰っていった。避難指示を無視して外に出たことに怒り心頭だ。
そして、そろそろ冒険者チームの出陣も迫っている。
冒険者チームが固まっているあたりまでなら、離れても充分障壁を維持できる距離なので、私は集団の中にいるギルマスに小走りで近寄った。
騎士たちが出撃するまで、冒険者たちのスタンドプレイを許さず見張っていたギルマスに、今回も普通の低級スタンピードの流れであることを伝えた。
ギルマスは短く応と答える。
サブマスは城壁内で仕事。解体作業をするメンバーを連れて、狩ってきたウルフを解体する場所を確保してくれているはず。
一斉に町でウルフ肉が振る舞われるのが楽しみだ。
門前の冒険者たちに目を向けてみる。彼らは騎士みたく整然と、とはいかない。個人または、パーティーごとに固まっている。
「ラピスウルフ盗られちゃうじゃんかー」
ぼやいているパーティーもいるけど大丈夫。
近づいてきた魔物から順次倒すのが、ここの騎士団の基本。自分たちの町も、他の町の平和も脅かしてはいけないから、目の前の魔物から倒す。放置して他の魔物から倒すようなことはない。奥にいる(さっき『探索』スキルでちらっと確認した)ラピスラズリウルフは、まだ相手にしてないだろう。
(門から出たら一目散に奥に向かってください)
そう思っていたら、ぼやいていたのは『羊の闘志』の唯一Bランクである彼。ゲイルさんだった。
六名全員いる。男性四人、女性二人のメンバー構成だ。
「もうちょっとでAランクなのにさー」
あともう少しでAランクになるとやきもきしているゲイルさん。
「バカだね。その辺のウルフ倒しても、ラピスのほう倒しても、今回一律20ポイントだよ」
獣人の血が混じっているからか、軽々と斧を振り回せるマルタさん(発音はマルタ)。男性より女性から人気を集めている背の高いカッコイイ女性だ。
スタンピードでも低級、中級、上級の程度によってランクポイントが変わる。今回は低級のスタンピードだから、参加者全員仲良く一人20ポイントとなっていた。
ただし、お金の面では倒した魔物をギルドで買い取るので、それに応じた報酬が入る。まぁ、大量に仕入れることになるから値崩れはするけど。
「なー、シャーロットー。高ランクの魔物がたまたまいても、20ポイントなのか?」
「今この状況で、たまたま大物が出た場合ですか? どの程度の高ランクの魔物かによりますけど。スタンピードの余波で、出てきてしまったというなら、加算されないですよ」
「ふーん。ま、いーや。出てきたやつ、ぶっつぶせばいーんだもんな」
まだ二年しか参加してないけど、低級スタンピードで上級の魔物も一緒に出たということはない。わざわざ低級の魔物で溢れているところに来ないのではないかな。
「いい加減にしろ。そんな浮かれていたら失敗するぞ」
そんな軽口を言っていたゲイルさんに、怒りが交じった声で叱り付ける『羊の闘志』のリーダー。
「お前ぇみたいに、そろそろAランクになりそうなやつがな、油断して取り返しのつかねぇことになるんだ」
「…………」
言葉の重みが伝わり、ゲイルさんは黙りこくった。周りにいる他のパーティーも、空気を感じ取り静かになった。
出撃前に少し重い空気が漂う中、一人が割って入る。
「ああ。『羊の闘志』のリーダーの言うとおりだな。――お前ら! 今回もいつもどおりだと油断しないで、確実に魔物をしとめてくれ!」
「……お、おお!!」
ギルマスがこの重い雰囲気を一気に戦意に変える。
これで、そろそろランクアップ間近な人たちも、いつもどおりの出撃で少しだれていた人たちも、気を引き締めたことだろう。
リーダーが出撃前にすまないとギルマスに謝り、ギルマスは何でもないことのように手を振った。
「おっしゃ、出るぞ! お前ら!」
「うおおおおおぉぉぉ!!」
次々に私の障壁を通って、門外へ出る冒険者たち。
冒険者が外に出るときは、ランクが高い人たちが先に出る。それが暗黙の了解になっていた。
それでも私は最後に障壁を消す作業があるため、門の脇で待機だ。
(そういえば、魔王様見なかったな)
参加しないつもりなのかな。
魔王様の『隠匿』系スキル(だと思う)で、私には『探索』を使っても位置が認識できない。
(……あとで探してみようかな。戦っているところを見れればいいな)
高ランク(と言うのもはばかられるけど)の人の戦い方は、見ていて参考になるし。
冒険者たちが全員出たあと、私も城門から外に出る。
城門前には、お馬鹿な魔物が転がっていた。障壁があることに気づけなかったのだろう。全力で走って、障壁に阻まれて激突し、鼻や顔面がすさまじく痛かったんじゃないかな。このとき死んでなくても、騎士部隊の出撃時の攻撃で結局は絶命した。
全員出たあとは、衛兵さんたちがそれらの魔物を引っぱり込み、門が閉まる。
城門が完全に閉まってから、私は門にある障壁を消した。
(さて城門も閉まったし、冒険者たちも前方に行った)
比較的人目につかない場所に来た私は、やっと自分の武器を収納魔法から取り出した。
『普通の包丁』
名前がとても普通だけど変わった効果がある、というわけではない。
何の変哲もない、特に解体するときに使う包丁だ。
近接戦闘に使おうと思う人は稀だろうし、ギルドの解体チームに見られたら怒られるに決まっている。
だからギルドにいたとき出さなかった。
しかし私にとっては、唯一の近接戦闘用の武器。今日はこれで戦う。
今まで収納から出さなかったのは、門前にいっぱい人がいたからだ。包丁が人に刺さったら大変。それに、魔法使いが包丁を持ってうろうろしていたら絶対怪しまれる。
ではなぜ、人目に付かないところに来たのか。
――これから一人でひっそりと戦おうと思ったから。
なぜ包丁で戦おうとしているのか。
――自分の「力」と「耐久」の値を上げるため!
なぜ一人で戦うのか。
――見つかったら「余計なことを考えず、自分のできることをしろ」と怒られるから(正論ではある)。
そう。今回のスタンピードの個人目標は、この包丁を使って私の能力値で一番低い「耐久」と二番目に低い「力」を上げることだ。
自身の魔法をさらに強化すればいい、と思うかもしれない。魔法特化型なのだから、元々持っている障壁や治癒を強化するほうが有益だと思うだろう。けれどもこういう低級スタンピードだからこそ、最底辺の能力値を上げる絶好の機会。
能力値を全部均等にしようとしたら、器用貧乏になるかもしれない。もちろんそこまでするつもりはない。ただ、低すぎる値を少しでも上げておきたいのだ。
ちなみになぜ、剣や槍ではなく包丁なのか。
――剣だと重すぎて使えなかった。
槍はさらに重く長さもあるので、振り回そうとしたら槍に振り回された。
斧なんて重すぎて論外だし、ハンマー系も同じ理由。
ならば包丁に近い短剣は?
短剣を買うなら他に用途がある包丁のほうがいいよね、ということで節約のため包丁にした。
さて、もう夜だ。
ここは人目に付かず、光魔法で視界が利く。一匹のはぐれワイルドウルフがいた。というか『探索』で確認して近寄った。
当然向こうも気づく。こっちに猛スピードでやってきた。
私を傍から見ると、小柄で細めでおいしくはなさそうだけど一噛みで殺せそうだ、と魔物は思うらしい。
弱そうなものから殺すのは当然だろう。
脇目も振らず走ってきた。
ここで障壁魔法は使わない。我慢すれば耐久値が上がるかも!
たたっ――――ダダダダダッ。
さぁ。我慢だ!
怪我しても自分で治せばいい。
――――ダダっダダダダダダダ。
もう、あと少し。
包丁で受ける!
ギリギリまで踏ん張れ私。
しかし、いやい……や……や…………。
「ぃやっぱり、無理」
ばいーん!
結局、私は障壁を出してしまった。前後左右と真上。足元以外は隙間なく自分を囲う。
それによってワイルドウルフがはじかれた。
やっぱり無理だよ。
致命傷になったらどうする。近くに誰もいないんだし。
――しょうがないから「耐久」はあきらめて「力」を上げる努力をしよう。
障壁にはじかれた衝撃により、すぐに立てないワイルドウルフに近づいて、包丁でとにかく刺す。
障壁はそのまま。内側の私からは攻撃ができて、外側からの攻撃は完全にはじく構造にする。
「ていっ」
さくっ。
私の力が足りないせいか、包丁の先が皮に刺さった程度になってしまった。
ぐおおおおお!!
ちくっと刺さったことでウルフはとても怒っている。爪を立てて襲いかかってきたので、手を障壁内に引っ込めた。障壁の外側がまた、ばいんとウルフをはじいてくれる。
障壁は私を囲むように作っているので、どこから襲われても大丈夫だ。
――――ふう。
(やっぱり自分の障壁内は落ち着くなぁ)
攻撃されても中まで届かないというのがいい。安全安心。
しばらくお茶でも飲んでいたいところだけど、向こうからわざわざ襲いかかってくれたのだ。
私は包丁を掴んだ手を胸元で構え、大きく力を溜めて、一気に突き出した。
この勢いでざくっと刺す予定だったワイルドウルフは、一瞬でさっと避ける。
私の包丁は空振りするかと思いきや、その勢いのまま、すぽーんと自分の手から滑り抜け、放物線を描いて落ちていった。
「……………………」
しょうがないから、落ちた包丁を取りに行く。もちろん、私の歩調に合わせて障壁ごと移動する。
ワイルドウルフは私を殺すために、先に障壁を壊そうとしているようだ。牙や爪を立てて障壁にまとわりつく。唸っているのでやかましいけど、一人と一匹で一緒に包丁のところまで行った。
「あった」
一直線に包丁が飛んでいったのですぐに見つかった。それを拾おうとしゃがみ込む。
もちろん怒り狂っているウルフは、ぐるるるる! と唸りながら、がりがりがりがり、キーーーィ! キ! と障壁を引っかく。
耐え難い音だ。
顔を顰めていたところ、周りの人たちにとうとう見つかってしまった。
「壁張り職人ー! 大丈夫かー!?」
心配した表情で、周辺の見回りをしていた騎士たちがやってきた。
私が包丁を拾うためにしゃがんだからだろう。まるで、襲われて縮こまっているように見えたのかもしれない。不快な音で顔もゆがめていたし。
「このっ」
ザシュッ。
騎士の一人が全く危なげなく、とても軽く見える一撃で、あっさり倒してしまった。
「……すみません」
複雑な気持ちだけど、わざわざ来ていただいて申し訳なかったので謝った。
「なぜこんなところで一人でいる」
じっと見られ問いただされる。
まさか、一人で遊んでいるように見られたのだろうか。ま、全然違いますとは言い難いけど。
「ちょっと見回ってたんですー。で、離れたら……ははは。あ、皆さんに治癒魔法かけときますね」
ごまかしつつ、お礼もかねて治癒魔法をかけた。
「“きゅあ”」
近くにいる全員にかかるようにする。
魔法は決まった呪文はなく、かける人によってイメージしやすい言葉を出すことが一般的。もちろん黙って使う人もいる。気合を入れて使う人なら、「“うおおお”」と呪文を叫んで治癒魔法を使う。
私の場合は、“きゅあ”。
治癒魔法は小さい頃から使っている。まだ前世の記憶が強く残っていたので、回復としてしっくりくる言葉を今も定番の呪文として使っている。前世の言葉で周りには聞きなれない言葉だけど、呪文は自由だ。それに“うおお”“キエェェ”と同じ系統だと思われているのか、特に追及されたことがない。
「それでは、他に怪我している人がいないか回ってきます」
他にも見回るところがあるだろうに、私にかかずらわせては申し訳ないので、早々とここを去る。
「誰かつけよう」
「いえいえ! 人のいるところを回るので、大丈夫ですよ」
戦っている人数の多いところへ走ることにした。
――やっぱり包丁は包丁なんだよね。別の方法を考えよう。
ところで。
「壁張り職人」呼びは、騎士の中で浸透しているのだろうか。もっとかわいい称号がよかった……。
さて、どうせなら奥に行ってみよう。『探索』で魔王様が引っかからないのは残念だけど、奥には怪我人もいるかもしれないし。
「力」と「耐久」の数値改善はもう中止にし、バックアップに回ることにした。
日々のたゆまぬ特訓のほうが、上がるのかもしれないし。
でも毎日腕立て伏せは面倒だなぁ……。
奥へ向かう途中、治癒魔法が足りてなさそうなところに行って“きゅあ”をする。
でも、皆気をつけて戦っていたのだろう。ひどい怪我をしている人はそれほどにはいなかった。
片付けて城門に向かおうとしている人もちらほら見える。
ま、いつもと同じスタンピードだしね。
でも、『探索』によって奥のほうにまだ人がいるのがわかったので向かう。
ザシュッ。
「これで終わりだぜー」
あっという間にラピスラズリウルフを倒して、掃討戦をやってくれていたらしい『羊の闘志』の面々がいた。
「今日はよくお会いしますね」
「おう、シャーロット。こっちに怪我人はいねぇぞ」
よかったよかった。
ゲイルさんは物足りなさそうだったけど、またリーダーに睨まれたくないのか、余計なことは言わず撤収作業に入っている。
私もその辺に何もいないか、確認のため『探索』スキルで確認した。
(さっきも見たからいないと思うけど。……? ……あれ?)
「……まだいる、な」
『羊の闘志』で、一番感覚が鋭いメンバーも気づいたらしい。
さっきまでいなかったはずの場所に何かいる。
『羊の闘志』は皆でその魔物の元へ向かうことにした。
ついでに私も一緒に向かう。
『羊の闘志』たちは、私がAランク冒険者であることも知っているので、「危ないから」などと止められることはなかった。
近くに行くと、今までずっと探していた人物を見つけた。
「あ、ルシェフさん…………。……?!」
魔王様を見つけたのは嬉しかったけど、彼と相対する魔物を見て私はびっくりした。
「何だこいつは――」
とリーダー。
「こんな魔物、見たことないね」
こちらはマルタさん。
メンバー全員その異様な……いや不思議な様相に驚いている。
私はすごく魔物に詳しいわけではない。でも、一応『魔物図鑑』は全頁読んでいる。こんな見た目なら覚えているはずだ――。
その魔物は、実に単純な形をしていた。
何と説明すればいいだろう。
人型のような…………だけど、シンプルすぎる。
この世界にもクッキーに近いお菓子があって、人型をしたものがある。そんな人型クッキーの形の首部分をなくしたような……。なで肩に近いというか……。もちろんクッキーより厚みはあるのだけど。…………形自体はかわいいかな。
そしてずん胴。
手も、あまり複雑な形をしていないように見える。
顔は目のようなものはあっても、鼻と口が見当たらない。耳は……わからない。
さらになぜか身体が青白く発光している。
そして腕から肩、胸にかけて濃い青の模様みたいなものが浮かんでいる。
生きていると思うけど、仁王立ちで動かない。
大きさは、私の部屋のドアくらいの身長。
私の部屋のドアというのはとても普通で、私が立って腕を真上に上げて、爪先立ちで指先が付くくらい。
とりあえずこの見た目ではあまり強そうに見えない。
「よっしゃー、やってやるぜ!」
先行していたゲイルさんが、その得体の知れない魔物に突っ込んでいく。
「……やめろ! 不用意に近づくな!!」
リーダーが止めたけど間に合わなかった。
――敵の肩の模様が青く光ったと思ったら、手のひらの大きさの岩のようなものが突然無数に現れた。そして、こちら目がけて高速で飛来してくる。
それは目にも留まらぬ速さで全員に襲いかかり、数個は私のところにも向かってきた。
いつもどおり、はじ……かずに霧散した。
ずっと張りっぱなしだった私の障壁に届く前に、謎の物体は散ったのだ。
――――粉々に。
「……?」
なぜ粉々に、と不思議に思っている暇はなかった。
「……っが、ぐっがああぁぁぁ、っぅぅぅぅ……!!」
ゲイルさんが、苦痛の叫びと呻き声をあげて、血を流して倒れていたから。
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』のchapter10では、
かっこいいシャーロットや、騎士たちの突撃シーンが見れて、
マルタと謎の魔物の姿も確認できます。
ぜひ、
スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
https://www.yomonga.com/title/883
(コピペのお手間をかけます)
でご覧くださいませ。