014: 魔おぅ……いえ、お久しぶりです
最近私は勧誘されている。
「シャーロットちゃん! 当日は俺と踊ってくれ!」
「すみません」
しかし、笑顔ですかさずお断りをする。
「シャーロット殿、俺と……」
「それ、そこの武器屋さんと、宿屋の娘さんにも言ってましたよね」
女子の情報網を甘く見てはいけない。
「シャーロットお……」
「当日はお相手できません」
断るのはもう慣れた。
これで何人目だろう。
別にモテ期でも、何かの罰ゲームで、私に告白させられているわけでもない。
単に彼らがあぶれているだけなのだ。
ダンスの相手に。
近々この国の建国祭があり、その日は国民の休日となる。
屋台などの食べ物屋さんや、ここぞとばかりに出す店以外は休み。もちろんギルドも休み。
一日中酒を飲み、食べ、夜は広場でダンスを踊る。
そのときのパートナーを探し、まだ見つかってない人たちが、「さぁ次、次」と余りものに声をかけているのだ。
「きっぱり断ってんな」
たまたま一階に用事があったギルマスは楽しそうだ。
ギルマスはもう結婚しているのでパートナーを探す必要はない。
私にはすでにダンスの相手がいるわけではないけど、特に踊りたいとは思わないし、余りで誘われても困る。
今回の祭でうっかり踊りでもしたら、周りがくっつけようとおせっかいをするかもしれない。今は特定の相手を作りたいとも思わないので、そんな危険なことは回避するに限る。
せっかく生まれ変わって現在まだ十七歳。
この年で結婚している女性だっているだろうけど、私はまだいい。
「…………!」
のんきにしていたギルマスが、突然、何かを察知したかのように背筋をピンっと固くする。
「っ、おっと、まだ仕事残してたな!」
逃げるようにして、二階の部屋に上っていった。
この逃げ方は……と思っていると案の定――。
コツコツ、コツコツコツ。
硬質な靴音が響く。
つやのある漆黒の髪、エメラルドの瞳、頭に二本のツノ。軽装で、どちらかというと魔法使いと思われる格好。若い見た目なのに重厚感あふれる雰囲気。
冒険者ギルドSランク登録者。仲間を持たず、単独で依頼を受注している通称ルシェフさん。どこからどう見ても魔族。
別に魔族がこのギルドに来ることはおかしくない。
魔王様の国とは同盟を結んでいて良好な関係だし、ギルドにも大勢登録しているのでよく見る種族だ。
ただ、こちらの通称ルシェフさん。
なぜ通称か。『鑑定』の結果でわかる。
ルシェフ
年齢:■■■■
種族:○○
職業:ディ●テーレ魔国 魔王
ディステーレ魔国冒険者ギ◎ド ▲本部Sラン○登○者
体力:◆■□◇●○
魔力:■■9■■9
力:■◆■□■ ◇●
知力:■●■ ◎◆◆●
速さ:○● ■◇ ◆■■
集中:◆■◇●■□
耐久:◎● ●● ●● ●●
精神:■□■□■□■□
運:●●
これは私の『鑑定』が壊れているわけではなく、相手の力が強すぎてきちんと結果が表示されないのだ。
数値の代わりに記号や図形が表示され、それが黒く点滅したり、移動したり、突然現れたりと目がチカチカする。要するに文字化けしているのだ。
お名前の「ルシェフ」だけはっきりくっきりと見える。次に職業がぼんやりと、でも『魔王』と記されているのがわかる。
ところどころ見えにくいけど、冒険者ギルドのSランク登録者だということもわかる。
――――おそらく唯一、私と同じ『鑑定』スキルを持っている人。
そして、たぶん『詐称』系のスキルを使って『鑑定』の名前部分をごまかしている。
名前の「ルシェフ」だけはっきり見えて、職業がぼんやりしているというのは、名前のほうをわざと見せているように感じるからだ。
初めて会ったとき、一瞬長い名前が見えた気がしたのに、次の瞬間に「ルシェフ」とはっきり見させられた。
たぶん私が『鑑定』持ちなのに気づいて、隠したのだと思う。
魔王様の職業欄がぼんやりとでも見えるのは、……うぬぼれかもしれないけど私の『鑑定』スキルが職業欄には強いから……じゃないかな…………。
最初はその職業も詐称だと思った。だけど、嘘をついて『魔王』と記しておくのは、本物の魔王様にあったら確実に死亡案件だろう。それはないと思った。
それをふまえて考えてみる。能力値の数値が見えないのに、偽名がはっきり見えていること。だけど職業欄が薄ぼんやり見えるということは――真実味がある。
前の宝石泥棒のときのように、人となりが一発でわかるのは、職業・称号欄。この項目だけははっきり見えるよう無意識に鍛えていたのかも。
そう、『鑑定』スキルは鍛えればまだまだ精度が増す。
フェリオさんに査定を教えてもらって、『鑑定』に伸び代があるのを発見したのは大きかった。
『鑑定』を鍛えるには、自分より強い人物や、魔物の能力値を見破ろうとする努力が必要だ。それによって『鑑定』力が上げられる。
そこで魔王様がここのギルドに現れたときは、遠目からじっと見て、数値をはっきり見ることができないか、目を鍛えているのだ。
今回でやっと、魔力値(魔法を使うとき消費する)が六~七桁くらいかなぁと判別がつくようになった。最初に会ったときは、もっと複雑な表示にしか見えなかったから少し進歩したようだ。
しかし、六桁以上かぁ。大きな魔法を制限なく使えそう。
そういえばディステーレ魔国東端の火山が噴火寸前だったときに、『魔王が噴火を止めた』という情報が出回ったなぁ。
ギルマスが毎回逃げるのも、仕方がない。
ギルマスがすぐ逃げるのは、彼のスキルに『本能』『気配察知』があるせいだと思う。
おそらく、無意識に『本能』で「どうあっても勝てない」と感じるのだ。そして『気配察知』で察して、一定の距離まで来たら離れようとするのだろう。
――パサッ。
「いつもの。五つとも」
さて魔王様の用件は、すごく珍しいものだった。しかし、ここに来れば毎回同じことを頼むので、彼にとっては“いつものこと”だ。
それは、ランクポイントを減らす用件だった。
ランクポイントは増やしてなんぼ、というのが冒険者として常識だ。ランクポイントが増えれば、ランクが上がるのだから。
ランクポイントは、依頼達成、魔物の討伐、薬草採取などによって増える。
皆ランクを上げたいから必死だ。
逆にランクポイントを減らすというのは、冒険者として避けたいこと。
なぜならランクポイントを減らすということは、依頼を達成できなかったということだから。
でも、それを魔王様だけは、ここのギルドで積極的にやる。
確かにマニュアルには、ランクポイントをわざと減らすなとは書いていない。むしろ、ランクが上がりすぎて困っている方にお勧めできるとさえ書いてある。
このマニュアルに入っているということは、少なくとも過去にランクが上がりすぎて困った人がいたのだろう。だからランクポイントを減らさざるを得なくなって、正式にマニュアルに載った。
しかし、ランクポイントを下げる必要があるケースとは、どのような場合だろう。
たとえばパーティーに加わっていて、そのパーティーランクが自分の実力に見合わないほど上がってしまったときに起こり得る。
パーティーランクとは、文字どおり、単独のランクではなくパーティーを組んだときのランクだ。
パーティーランクは、メンバーのそれぞれのランクを、数字に変えた平均値で決まる。
SSが9、Sが8、Aが7、Bが6、Cが5、Dが4、Eが3、Fが2、Gが1とする。
例えば、アーリズ支部の有名パーティー『羊の闘志』の場合。
Aランク五名とBランク一名のパーティー。
(A×五名)+(B×一名) これを人数で割る。
計算すると
(7×5)+(6×1)=41
41÷6=6.8333……
小数点以下四捨五入で「7」。
よってパーティーはAランクとなる。
パーティーは「ランクが近いもの同士で組まねばならない」という決まりはない。だから、SSとGランクが組むことも問題ない。
SSランク一人とGランク一人のパーティーなら(9+1)÷2で5。よってCランクパーティーとして、D〜Bランクの依頼を受けられる。
ここでGランクとCランクの、依頼完遂後の平均獲得ポイントを見てみる。
Gランク依頼→一件につき一人平均1ポイント獲得。
Cランク依頼→一件につき一人平均20ポイント獲得。
Gランク冒険者は、一人で依頼をちまちま達成するより、高いランクの人と組んで、上のランクの依頼を達成すれば早くランクが上がる(腕が立つなら魔物退治するほうが早いけど、今回は除外して考える)。
自身の力が未熟のままランクが上がってしまっても、仲間が手助けをしてくれるのならば問題ない。
しかし、突然パーティーが解散になるなど、一人になってしまった場合はどうなるだろうか。
また誰かとパーティーを組めるならばいい。けど、一人で依頼を受けなくてはならなくなったら……。
極端な例だけど、もしSSランクの冒険者に子供がいて、その子が十歳になったので冒険者登録をし、二人でパーティーを組むことになったとする。
SSランクの親一人と、Gランクの子供一人のパーティーだ。
初めて冒険者登録をする際は、全員Gランクから始まる。なぜなら強さを測る魔道具が発明されていないから。どこの町で一番の勇士だとか、どこの領地で騎士をやっていたなど主張されても、その言葉を数値化する術はないし、いまいち信頼性にかける。
身分はさらに関係ない。身分がいくら高くても、たとえ王族でもGランクから始まる。
例外としては、強さを万単位の人に目撃されたならば、高ランクスタートはあり得るけど、そんな人はまず冒険者にならない。
さて話を戻すと、そのGランクの子供がSSランクの親と、Cランク依頼を完遂させると一件平均20ポイントもランクポイントが増える。Fランクになるには、100ポイント必要なので、五件こなせばFランクに上がる計算だ。
その後もとんとん拍子にランクが上がり、気づいたらAランクになっていたとする。
毎回仕事は親が中心になって遂行し、子供が成長していなかったとしたら……。
もし、あるとき親から「大人になったから独り立ちしなさい」と言われてしまっても、とてもランクに見合う依頼は受けられない。Gランクの仕事すら危ういだろう。
――もしかしたら、それに近いことがあったのかもしれない。
そこでギルドは救済措置として、ランクポイントを減らし、依頼を達成しやすいランクに落とすことにした。
これは特別な書類はいらない。「依頼を受けて達成できなかった」という書類を作り、ランクポイントを減らす。それだけだ。
契約不履行にするのだ。
契約不履行とは、依頼を受けたのにも拘らず継続が難しくなって、完遂できなくなったことを指す。魔物討伐失敗、護衛依頼でトラブルを起こすという案件ではよく起こることだ。この場合、ランクポイントが入る予定だった分の倍減る。契約内容によっては違約金も発生する。
この規則を利用して適当な依頼を受注し、その場で「依頼達成不可能につき契約不履行」と冒険者カードに登録する。事務側では、支部の控えと本部に送る書類に、『ランク下げ案件』と入れる。
もちろん、違約金が発生しない依頼を選ぶ。
これでランクを下げて、晴れて自分の力に見合った依頼を受けられるという寸法だ。
さて、肝心の魔王様の場合は、力が足りないからランクを下げるのではない。
SSランクにならないように、ランクポイントを減らして調整しているのだとか……。他の人たちが知ったら、妬まれること間違いなし。
国によるけれど、高ランクになると本部の指示で動く「専属」になることがあるらしい。それに、最高ランクはほぼ有名人扱い。
ディステーレ魔国の事情はわからないけれど、SSランクになると何か困ることがあるのだろう。目立ちたくないのかもしれないし。
「ルシェフさん、それではこの五つの依頼受けたことにしますね」
仕事で呼ぶときは『Sランク登録者のルシェフさん』と呼んでいる。心の中で呼ぶときには、偽名とわかっている名前を言うのもあれなので『魔王様』。
魔王様がわざわざこの支部でそれをやるのは、私がポイント減少作業に理解を示してコツを教えたからだと思う。
たぶん、すんなり作業するギルドはここくらい、私くらいなものだから。
冒険者の中で、好き好んでランクポイントを下げる人はいない。前述のように力不足のままAランクとなるのはかなり稀だ。
パーティーを組むときは大抵、同程度の実力者同士で組む。それに、自分より低いランクの者を引き入れたとしても、何もしない人のランクを上げたくはないだろう。そして冒険者にとって、ランクポイントを減らす行為は嫌悪されるものなのだ。
大体の人がしないということは、ギルド職員がそのような案件に当たることがないということ。
ランクポイントを減らしたい、と聞くとまず止めるだろう。
相談しようと言うだろうし、SSランクになりたくないと知ったら「何て贅沢な悩み」と怒る人もいるかもしれない。
かく言う私も、別の人が「一人だと依頼を受けられない。ランクを落としたい」と訴えてきたとしたら、まず相談すると思う。見合ったパーティーへの加入を勧めるとか、向いてそうな依頼を勧めるだろう。
これまで魔王様はそういった非協力的な受付で、ランクポイントを減らす作業をしていたらしい。他人の迷惑にならなそうな依頼を受け、数日してから依頼を断念。違約金がかかっていたら払う。ということを続けていたようだ。
――そしてある日、私が担当する。
私は登録者カードで履歴を確認し契約不履行が続いている項目を見て、ポイントを減らしたいのか聞いてみた、という流れだった。
事情がわかったらあとは簡単。
「もっと簡単に、違約金も不要で、受付も気づかない方法がありますよ」と教えた。
それからは、この支部にてランクポイントを減らすようになった。
方法といっても大層なものではない。どこのギルドでもある常時依頼を使う。
大抵は低ランク向けの内容だけど、必ずG〜SSのオールランク依頼として出している。
常時依頼は、「低級の魔物だけど多いからついでに狩ってほしい」とか、「使用頻度が多い薬草を、通りがかったら採ってきてほしい」というようなもの。高ランク冒険者にとってはついで要素が強い案件。
誰でも受けられるということは、一人が受注して失敗しても、忘れても、困らないということ。
さらに常時依頼は、達成報酬ではなく、現物買取でのみ報酬が入るので、依頼を失敗しても違約金がかからない。
ならば、依頼を受けて忘れてしまったことにする。
常時依頼は受けても途中キャンセルが可能な代わりに、十日放置するとその時点で依頼未達成となり、ランクポイントが減るようになっているのだ。
ちなみに常時依頼だけではなくどの依頼にも達成期限があり、依頼受注後、期限(依頼により日数はまちまち。期限がない場合もあり)が過ぎると契約不履行となる。
重要なのは、本命の依頼を受注する際、常時依頼も一緒に受けてしまうこと。すると、受付もあまり不審に思わない。
そして十日以上経ったあと受付に指摘されても、うっかり忘れたと言えば追求されにくい。そもそも、人によっては履歴を見ない人も多いのだ。
――かくして魔王様のSSランク回避計画は、スムーズに行われるようになった。
魔王様が、なぜ冒険者をやっているのかはわからない。聞く気もないけど、これで快適な冒険者生活を送ってくれればいいな。
そして、魔王様は用件を済ませて颯爽と去っていった。
「ふふ。シャーロットさん、そんなに彼のこと見つめて。もしかしてダンスを断り続けているのも……?」
魔王様が去ったあと、聞いてきたメロディーさん。私の『鑑定』特訓を勘違いしたようだ。
周りの男性数名もこちらを気にしている。
(……これは!)
都合がいい、というには大変失礼だけど、声をかけてくる人数を減らせるのはちょうどいい。
私は心の中で謝りつつ、そっと微笑んで「えへへ」と言ってみせた。
男性たちが落胆した声を出しているのを聞いて成功を確信した。
何を考えているのかわからない魔王様は、
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スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
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