137: 町を守る!① ~駆けつけた者たち~
アーリズの南東から西へと囲むように広がる森は、ビギヌーの森と言われている。
月の光が照らすこの森は、普段の夜ならばとても静かなところだ。
風の音で木々のざわめきが起こり、その音に隠れて夜行性のものたちが狩りをする。そのような普通の森となんら変わらないからである。
しかし、今夜は聞き慣れない騒音で騒々しかった。
特に先ほどまで、城門からの奇妙な笑い声や叫び声が森に響き、とある六人がその下に駆けつけていた。
現場に着いた頃、ちょうど彼女の独り舞台が始まり、終わると同時に他の兵たちも元の状態へと戻ったのだ。
「城壁のガーゴイルどもは何とかやっているようだな。――大したことにならねぇでひとまずよかった」
六人のうちの一人、『羊の闘志』リーダーのバルカンは、降ってきた石の破片を手で払いながら安堵した。
この場に援護に来ていた六人が見上げる先には、もうファンタズゲシュトルは消え、夜空をぐるぐると回る騎士団長もいない。
代わりに若い男性の高笑いが響き、ガーゴイルが砕かれる様が見えた。
共に駆けつけたアトラス・アレクトスは、その笑い声を邪魔そうにしながら耳をそばだてる。
「……どうやら、タチアナもやっと連れ戻されたようだ。よし、戻るぞ」
アトラスが城壁に背を向けて歩き出し、『羊の闘志』たちも「どうなるかと思った……」と同じ方向へ足を運んだ。
城壁の下まで援護に来ていたのは、アトラスと『羊の闘志』たちの計六人だった。
城壁担当たちが持ち直したのを見届けたから、自分たちの持ち場へと戻ることにした。
「タチアナへの処分はどうするか……。『ファンタズゲシュトルも出るから来るな』と言ったのにわざわざ来るとは……」
独り言をつぶやくアトラスに、共に歩くバルカンは意外そうな顔をした。
「そうなのか? タチアナのやつ、ファンタズゲシュトルが出る戦場にのこのこ来るから、知らねぇでやってきたのかと思ったぜ」
「当然だ。周りに迷惑かけると思ったから直接言ったぞ、俺は。……待てよ、今考えてみると、タチアナのあの『わかってるわよ~』は、生返事だったような気もしなくもない……。俺も忙しくて一度しか声をかけていなかったが……」
アトラスは、もっとしつこく注意しておくべきだったと反省する。
「それにしてもあのファンタズゲシュトル……いいやそうじゃないね、ファンタズゲシュトルらしきものは何だったんだろうね?」
『羊の闘志』のマルタが疑問を抱く。
経験の長い冒険者にとって、今夜ファンタズゲシュトルが戦いに交じっていても、いつもどおり「邪魔」としか考えないものだ。
大した攻撃をしないし、朝になれば大かた消えるだろう、と。
新種の魔物のほうが、注意すべき存在だったこともある。
それがこんな厄介なことをする魔物だったとは。
「この戦いが終わったら調べたいところだが、捕縛は難しいから調査というより、証言を集めるだけしかなさそうか……」
ギルドマスターであるアトラスは、もちろん詳細に情報を手に入れたいが、ファンタズゲシュトルを倒さず捕まえておくのは非常に困難だ。
檻に入れても、実体のない魔物だからすり抜けられてしまう。
「そうじゃのう。シャーロットに障壁で捕えてもらえればよかったかもしれ……いや、それでも朝になればファンタズゲシュトルは消えてしまうのぅ」
『羊の闘志』の男性魔法使いは、いい案だと思うも光に弱い生態から難しいとして取り下げた。
「ってぇかよ、シャーロットのあれ。『キラキラ』……の真似、結構ハマってたんじゃねぇか?」
「ちょいとリーダー。『キラキラ・ストロゥベル・リボン』だよ」
シャーロットの話題に移り変わったことで、彼らはさきほどのあの奇行を思い出していた。
その動きはバルカンたちにとって大変見覚えがあったのだ。
マルタはそのパーティー名を正す。
「パーティー名をはっきり言わねぇのは失礼だ……が、俺のツラでは言いにくい」
そのパーティー名は、孤児院の子どもたちに「おじちゃん」と言われるほどの年齢のバルカンではどうも詰まってしまうようだ。
「かわいいパーティー名よね。こっちも『モコモコ・ひつじ・たたかうぞ♡』に変更してみるのもアリだと思ったわ。フフフ」
『羊の闘志』の女性魔法使いがからかうように提案した。
バルカンは「全員、んなツラしてねぇだろ」と呆れる。
今、彼らは多少穏やかに話をしながら歩いているが、先ほどまで大忙しであった。
ちょうど援護に来たすぐに、シャーロットが胸壁の上によじ登り始めたからだ。
そのときはアトラスが『完全獣化』スキルを使い急いで城壁の真下に移動し、彼女が落ちても受け止められるようにと、クッションの役割として待機していたのだ。
ただファンタズゲシュトルの攻撃範囲に入るため耳を押さえなければならず、『羊の闘志』たちに範囲外から合図してもらって位置を調整するという連携を取っていた。
「――コトたちと言やぁ、本当に学園に帰ると思うか?」
バルカンたち『羊の闘志』は、アトラスから今回のスタンピード戦と『そのあとのこと』について聞かされていた。
「燃えさかる雑巾がいかに多く迫ってきても、カラクがいれば大丈夫だろう?」
アトラスは何も問題ないと返す。
しかしバルカンはそうではない、スタンピードでの戦い自体はあまり心配していないと言う。
「そっちじゃなくてだなぁ、学園生が“素直に”帰るのかってぇ話だ」
「この状況だぞ? 普通帰るだろ」
「甘ぇな。夕方の騒動を思い出してみろ。特に先導していた例の三人、厄介だぞ。ゲイルのほうがまだ素直に見えるくらいだぜ」
夕方の騒動とは、ギルドに学園生全員が直談判にやってきたことだ。
ギルド二階の廊下にずらりと並んで、「ボクたちは帰らな~~い!」と叫んでいたあの光景だ。
アトラスはそれを思い出し頭を抱える。
「……今頃カラクにごねているかもしれないが、……いや、それでも帰るだろ」
アトラスはそれでもサブマスターに勝算があると考えていた。
「押し切って居残るに違ぇねぇと思うがな」
断言するバルカンに、彼の仲間たちは「確かにアーリズに戻ってきそう」と納得したり、「さすがに今回は帰るだろう」と言う者がいたり、「子守りを担当したサブマスター殿には頑張ってもらいたい」と応援したりしていた。
しまいには、コトたちは帰るか帰らないかで賭けまでし始めたのだ。
「お前ら、ここ戦場だぞ? 緊張感が足りな……おい、来るぞ!」
彼らの前方に巨体が立ちふさがったのをアトラスが見つけた。
「グリーンベアか!」
先ほどの緩かった雰囲気はすぐに消え、六人全員が魔物に意識を向ける。
先に動いたのはアトラスだ。
「相手に――――ナッテヤロウ」
前傾姿勢となり、そのまま自身も対峙する巨体と似た姿になる。
アトラスと対峙するグリーンベアに、『羊の闘志』たちが隙を見て援護しようと構えた。
そこに奇妙な音が遠くから聞こえてくる。
――…………ヒューーー……。
「何だ……!?」
バルカンが訝し気な声を上げると、彼らは何が起こったのかすぐわかった。
月の光で長細くてらてら光る物体が、アトラスや『羊の闘志』たちの斜め上空を飛び越えていったのだ。
おまけ:
シャ「よーし、ひっさしぶりに出番!」
熊さん「シャーロット、居眠り中に一話分終わったぞ?」
バル「代わりに出といたからよ」
シャ「Σ(゜ロ゜;)」