136: 学園生vs雑巾(東側⑦ ~大人はズルイっす!~
――えっ、今、なんて言ったの?
「ど、どういう意味っすか? ボ、ボクたち、『アーリズの町には』戻るっす!!」
「それはできない。知ってのとおりこの町は、未知の魔物に大勢で攻め込まれているかなり危険な状態だ。君たちはこのまま北東の町へ行き、迂回して学園都市ジェイミに帰ってもらう」
サブマスターさんは皆の顔を一人ひとり見ながら、決定事項のように説明したよ。
それからあらかじめ決めていたかのように、一緒に連れてきた冒険者さんたちを改めて紹介したんだ。
「彼らには、北東から王都付近の町を通る北回りの道順を伝えている。学園都市まで護衛するよう頼んだから、あとは彼らの言うことをよく聞いて、気をつけて帰ってほしい」
「ま、待ってくださいっす。いきなり帰れって……嫌っす! 無理っす、困るっす!!」
おかしいよっ。
ボクたちはただ、スタンピードで燃えさかる雑巾を倒しに来ただけなのにっ。
どうして帰る流れになっているの??
話を進めて……ボクたちを丸め込もうとしているよ!
だからボクは声を上げたんだ。
皆も思うところがあったのか、ボクに続いたよ。
「まず……荷物を町に置きっぱなしなのですが……」
「大回りで帰るって、長旅になりますよね? 俺たち、スタンピード用の持ち物しか持参してないのですけど……」
「それに、これで『さよなら』ってことですか? それは私も違うと思います……!」
そうだよ。逆に不安だし、こんな状況で学園に帰りたくないよ。
「申し訳ないが、旅支度をさせる時間はあげられない。しかし君たちが町に置いてある荷物は、必ずジェイミに送り届けよう。心配は無用さ。帰るまでの食料や野営道具、資金など旅に必要な物は彼らに持たせた」
そういえば、大人の冒険者さんの中に大容量収納鞄持ちの人がいたんだね。
ここに来るまでのあいだに準備したってこと?
用意周到すぎるよ!
「燃えさかる雑巾の報酬は、のちほど必ず渡るように手配するよ。もちろんスタンピードに参加してくれた分の、一人20のランクポイントも必ず入れるし、火魔石の分の買取代金の支払いも確約する」
燃えさかる雑巾の核の中からは、ちっちゃいけど火魔石が採れるもんね。燃えさかる雑巾はその火魔石によって燃えながら動き回るんだよ……って今はそこじゃなかったよ。
「嫌っす! 帰らな……」
「君がどんなに駄々をこねても、この件は覆らないよ」
むぅ~! ボクがわがままを言う子供みたいに~!
でも、帰れないもっともな言い分はないかな。えーと……。
「あっ、それに、そうっ。冒険者さんたちを信用できないから付いていきたくないっす! 荷物だけ持ってトンずらされたくないっす!」
冒険者さんたちは「悲しいぜ」ってボクを見るけど、無視だもんね。
「それも問題ない。『彼らを信用してくれ』と言うだけでは君たちも不安だと思ったからね、学園には君たち全員を帰すこと、その経緯、同行者、すべてをアーリズの冒険者ギルドとして伝達済みだよ。不審な点があれば捜査が入ることは彼らも承知しているよ」
サブマスターさんはこんな短いあいだにどれだけのことをやっていたの?
ぬかりなさすぎるよ!
「町がこのような状況になって、スタンピード戦に回す人数が不足し、君たちに無理をさせたことはすまないと思っているよ。確かに戦いに参加させるだけさせて、あとはさようならと聞こえるかもしれないが、それはできるだけ早くこの町から離れてほしいからなんだ」
燃えさかる雑巾なんてボクたち軽々と倒せたから、無理をさせられたなんて思ってないよ。
そんなに早く帰らなくたっていいもん。
「燃えさかる雑巾と、西にいる魔物を比較にするのはおかしいっすけど……ボクたちもできることがあると思うっす。だから西に……シャーロットさんのところに応援に行くっす!」
ボクの周りもちらほら参加したいって声が上がるよ。
でもサブマスターさんは「いいかい」って、ボクたちに言い聞かせるようにいったん間を置いたんだ。
ボクはその様子に、何だか嫌な予感が一瞬よぎったよ。
案の定、サブマスターさんの教えてくれたことは信じがたいことだったよ。
「ここに来る前に西からの知らせがあってね。後衛が崩壊の危機だそうだ。西門とは反対側でわかりにくいかもしれないけど――この町は今、危ないんだよ」
そんな。
後衛って、後ろってこと……。
後ろって、この町では城壁を守るってこと……。
シャーロットさんは……、
いつも城壁の防御を担当するって言ってた。
たぶん、今回だって……。
まさかボクが見たシャーロットさん……。
そんな、そんなっ……。
「僕もこのあと西側へ加勢に行かないといけない。急がせるようだけど……」
「い、いやーーーっす! 絶対、絶~っ対、帰らないっす!!!」
ボクはサブマスターさんの声を思いっきり遮ったよ。
だって違うもん。
シャーロットさんは大丈夫だもん。
だから。
「邪魔するなら突破してでも――アーリズに戻るもん!!!」
ボクはこのまま学園には帰らない!
帰るのは「違う」って、ボクの『閃き』スキルが言っているもん。
そうだよ、『閃き』。
何でボクの『閃き』スキルは発動しなかったのかな?
わかっていたらこの町から出なかったのに。
あ、戦闘に参加しなかったら臆病者になっちゃうから……?
そのせいでワーシィやシグナまで悪く言われたら困るし。
ううん、今回の戦闘にはボクたちの力が必要だった……培ったものもあるはずっ。
戦闘に参加しないで町に居残るなんて選択肢は、最初からなかったんだよ。
――うん、そうだよ。
スタンピード戦に参加して、さらにアーリズの町に戻る!
結局これしかないんだよ!!
「コト、さすがにそれは……」
「この状況では難しいわよ。コト」
でもボクの意気込みに反して、ワーシィとシグナには珍しく引き留められちゃった。
二人だけじゃなく、周りにいた皆もボクの意見には反対のようだよ。
「突破って……目の前の人たちと戦うってか? サブマスターさんに盾突くのはまずいだろ」
「後衛がやられたってことは、魔物がだいぶ深く入り込んできている可能性があるよな……?」
「私たちに何ができるっての?」
後衛はやられてないもん。皆どうしてそう弱気になっちゃうの?
「もーーっ、皆の意気地なし! アーリズの人たちが困ってるんだよ? ボクたちこの町の人にお世話になったのに、『見捨てて逃げ帰って』って言われてるんだ! やってみなきゃわかんないのに、悔しくないの?!」
皆はボクの言葉に何か言いたそうな顔をするものの、ぐっとこらえている様子だよ。ボクの言い分にこらえてどうするんだよ。
「もういいよ! ボクは……ボクは! 一人でもアーリズに戻るもん!」
一人でも戦うもん!
だからボクは皆に期待しないで手を前に出したよ。
ボクの行く先を阻む大人がいるからね。
サブマスターさんの近くにいる冒険者さんたちは、「大人の言うことも少しは聞いとけ」とか「サブマスターの気持ちもわかってやれよ」とかなだめてくるけど、ボクはやめないよ。
それにね、結局は二人も手伝ってくれるんだもん。
「……しゃあない、コトがその気ならうちも!」
「まったく……。でもそれが私たちのリーダーだものね」
二人がいれば、百人力だよ!
「――ふぅ、やれやれ……やはりこうなるかい。だから向こうのことは言いたくなかったんだけどね……」
サブマスターさんがため息をついたと思ったら、なんだろう……表情が――ううん、目が、開いたよ。
細目のサブマスターさんの目が緑色に光ったんだ。
「ひえぇっ」
「ひー……っ!」
ボクたちの後ろでつぶれた悲鳴が続いたよ。
そのあと地面に倒れ込んだ音も聞こえたよ。
ボクたち以外の学園生皆が、尻もちをついて震えていたんだ。
「ボ、ボクたちが門を出る前の状況と同じだよ……これ、サブマスターさんの……」
「君たちには十分助けてもらった。だからもう、学園に帰りなさい――いいね?」
サブマスターさんから否と言わせないような圧力が感じられるよ。
「わ、わかってます。帰ります!」
「本当は帰りたくないけど、仕方ない、ですねっ。ひ~」
「さ、最初から帰るつもりでした~!」
だから皆、恐れをなして言われるがまま答えているよ。
でもボクは負けないよ。
「ボ、ボクは帰らないっす!」
足が震えているけど抵抗できるもん……!
「うう、うちもっ!」
「帰り、ません!」
ワーシィもシグナもだよ。
ボクたち三人で互いにしっかり掴まりながら、かろうじて立っているだけだけどがんばるよ!
「その意気やよし。だけど、そのままでどうするんだい? ――ほら、早く縛って連れていってくれ」
サブマスターさんが待っていた冒険者さんたちに合図すると、彼らが縄を持ってボクたちに近づくよ。
縄まで用意していたなんて、こういう状況も想定していたってこと?
本当に準備万端だったんだね。……ど、どうしよう。
「うっす。って、サブマスター……珍しいスキル持ちだったんすね」
「僕の正面からじゃなく脇から近づいて、合図をしたら一気に押さえてくれ。じゃないと巻き込んでしまうからね」
「おっかね。――ほら、そこの元気娘三人、謝ってお別れするなら今のうちだぞ?」
外側からボクたちを縛りに冒険者さんたちがやってくるよ!
こうしちゃいられないよ。
「謝んないし、お別れもしないっす! そっちこそボクの障壁を食らうっす……って、ダメだよ~。出せないよ!」
さっきから魔力不足で魔法が出せなかったじゃん。これじゃ無理だよ~!
うわーん!
何とかならないの~!?
「う、うちがっ“ストロゥベル・ドロップ!”」
「私も、“パリパリ・リボン!”」
こんなボクの代わりに、両隣にいる二人が頑張ってくれたよ。でも……。
「がんばれ、二人ともーっ……!? ぶももももも!?!?」
えっ、何?!?
応援していたらボクの口に、突然何か入ったよ!
すると隣のワーシィがすごく慌てたんだ。
「コトっ、うちの髪食べんといて!」
「か、髪!? ぶへっ、ぺっぺっ! ……えっ、どうしてワーシィの髪の毛がボクの口に?」
口からまとまった髪を吐き出すと、ワーシィとは反対にいるシグナが恥ずかしそうにつぶやいたんだ。
「ごめんなさい。私も魔力が足りなくて……。静電気しか出せないわ」
あ、ワーシィの髪がその静電気で浮いたんだね。
それでちょうど間にいたボクの口に入ったってことだね。
髪長いもんねワーシィ。……まだボクの顔に数本張り付いてる気がするよ。くすぐったいもん。
ワーシィの髪を持ち上げるくらいの静電気はすごいと思うけど、これじゃシグナも満足に戦えないってことだよね。
じゃあ、ワーシィの氷は?
「ぶーーっくくくっ髪が、横……食べて……! ふははっ、おや。何か降ってきたと思ったら……。これなら集めてかき氷はできるね」
「……コト~。うちもこれくらいしかできひん」
ワーシィの攻撃は、なんとかサブマスターさんの真上に氷を落とせたけど、肝心の氷が細かすぎたようだよ。
それもサブマスターさんの頭にうっすら降り積もっただけなんだ。
ボクたち三人とも、さっきの戦いで全力を尽くしすぎちゃったってことだよ!
「ぷふっ、くくくっ。ふふっ、はははっ……」
サブマスターさんはお腹を抱えてまだ笑っているよ。ツボに入っちゃったのかな。
……でも、足の痺れが治まってきたよ!
圧力みたいな、何だか怖い感じがするのは、サブマスターさんが目を開いているときだけなんだ!
よーっし、今なら……! って気合を入れたけど、サブマスターさんもそれがわかったのかすぐ目を開いちゃった。
もっと笑ってくれていてもよかったのに~。
「はははっ、今のは傑作だった。君たちは――特にリーダーの君はギルドでも騒いでいたし、今回も最後まで抵抗すると思ったんだ。その魔法も厄介だったから、封じさせてもらったよ」
「……え。……えぇ……? ――あっ!」
少し考えたら、ボクはあることに思い至ったんだ。
「ま、まさかっ、ボクが前線で燃えさかる雑巾を集めさせられたのって……」
思い出した!
ボクがファンタズゲシュトルを倒したとき、サブマスターさんがボクを見て何か考えていたもんね。
それにボクが元気いっぱい絶好調なことを伝えたら渋い顔をしていたよ。
あれはボクの活躍を期待してのことじゃなくて、ボクの光障壁を危険視していたからなんだ!
「燃えさかる雑巾を多く集めてくれそうなのは、君だと思ったから頼んだんだよ。それは事実さ。実際とても助かったから感謝している。君たちパーティーが倒した魔物の数も評価するよ。その過程で魔力が減ってくれて、こちらも手間がかからなかったということさ」
「ひどーい! 大人はズルイっす!!!」
ボクはただただ町の人たちのために、シャーロットさんたちのために……負担がちょっとでも、ほーんのちょっぴりでもいいから減れば嬉しいなって、頑張ったのに。
「ふふっ、――ずるくて結構。未来ある子供の安全のためだ。罵られようが憎まれようが、一切かまわないよ。……君たちには伸びしろがある。将来が楽しみさ。またいつかこの町に来てくれるのを待っているよ」
なんでそんなに爽やかに笑うの?
ボクは、そんな顔されても、心揺さぶられないもん……!!
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』
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(コピペのお手間をかけます)
おまけ:
熊さん(城壁下から)「お~い、シャーロット!そろそろこっちのターンだそうだぞ!」
シャ「…………」
バルカン「……寝てんじゃねぇか?」
シャ「zzzzZ」
マルタ「待ちが長かったとはいえ、よく寝れるね」
王子「壁張り職人殿の居眠りによる後衛の危機ってかwww」