132: 学園生vs雑巾(東側③ ~ばちーん!~
ファンタズゲシュトルは近くにいても邪魔なだけで脅威ではないよね――。
あの魔物はそう認識されているから、ほとんどの人がもう注意を払わなくなっちゃった。
しかもボクたちのほうから少し離れてしまったからなおさらだよ。
でもすっかり離れたわけではないからかな。ボクは嫌な予感を覚えるんだ。
隣のワーシィもイライラしているもんね。
「嫌やわ~。うちアレ好かん! もっと遠くに行かへんかな。戦いの最中に、真ん前に来て邪魔されるのが特に嫌や!」
ワーシィがむっとして自分の杖を握っていたよ。
ワーシィの杖は、自分で魔石くずを張り付けて加工した杖なんだ。たまにはがれてないか確認しているんだよね。
だからボクはそんなにぎゅっと掴んで大丈夫かなと思ったけど、ワーシィの顔が面白くてそっちに目が行っちゃった。
眉間と顎に、縦のしわができているよ。
「ワーシィの顔、変~! あはは……ちょっと、ボクを盾にしないでよ」
ワーシィを笑っていたらボクの後ろに回られたよ。
ボクを前に突き出してくるんだ。
ファンタズゲシュトルのこと、気にしない人もいればめちゃくちゃ嫌いな人もいるんだよね。
見かけた途端、悲鳴を上げる人もいるほどだよ。
ここにいる皆は、ワーシィも含めてそこまでじゃないからよかったね。
「あ、あいつ、ニタニタ笑うてる!」
本当だ。
さっきはふよふよ浮いて移動していただけなのに、今はこっちを見ているよ。
でも近づきもしないし、下りてもこないね。
遠くから見下ろして、ボクたちをバカにした顔で見ているよ。
「そうだ! ボクがちょっと脅かしたら向こうに行くかも。やってみるね」
これ以上黙って待つのは、何だか違うって予感がするもんね。
とにかく今のうちに、――ボクたちに近寄って何かする前に、ここに光魔法が使えるボクの存在を示したほうがよさそうなんだ。
あ、ファンタズゲシュトルが嫌いな人たちも、ボクに期待した目で訴えてくるよ。
よし、ささっとやろう。
ボクは空飛ぶファンタズゲシュトルの真下まで走ったよ。
ボクの力量じゃ城壁の上まで届かないから倒せないけど、少しでもファンタズゲシュトルを怯ませられるように、できるだけ近くで魔法を放とうと思ったんだ。
「“キラキラ・リン……♪”」
ボクは両手をファンタズゲシュトルがいる真上に向けた。右手と左手のあいだにファンタズゲシュトルが見えるよ。
いっぱいいっぱい光が集まるようにイメージして……。
光の障壁をあの魔物にぶつけるつもりで放つんだ……!
「プーーッ、ぷフふフふフふフふフ!!」
ファンタズゲシュトルが「やれるもんならやってみろ!」って言っているみたいに笑うよ。
でもこの鳴き声、変じゃないかな?
ぐわんぐわ~んって、ボクの足元が揺れるよ。
……、
…………。
……あれ~?
ボク……。
――コトちゃん――。
あれ?? シャーロットさんの声が聞こえるよ。隣にいるみたいだ。
シャーロットさん、なんでここにいるっすか??
なんでボクの隣にいるっすか?
でも、でもでも! それならがんばるもんね。
シャーロットさんの障壁みたく四角い障壁で、当たりやすいように広い面積で!
上にいる魔物にぶつけてやるんだ!
「“ボクらを守って~~!”」
――シャラララン……キラキラキラキラキラ☆
ボクの障壁がいつもどおり音を出したよ。
「うわぁーシャーロットさん、見てっす~! いっぱいいっぱい光ってるよ~!」
ボクの手元から出てきた光障壁がいつも以上に輝いている気がする~。
よーっし、そのまま上に、一直線に、押し出すもんね!
ファンタズゲシュトルまで――ううん、もっともっと! ファンタズゲシュトルがお空の向こうまで、雲で隠れている月まで行っちゃうくらいに打ち上げるんだ!!
「フェふぇフェふぇ……フェッ!?!?」
シャーロットさんみたいな四角にはならなかったけど、大きな三角形の光障壁にはなったよ。
それを真上に、思いっきり押し上げる気持ちで動かしたんだ。
そしたらね、ファンタズゲシュトルのちょうど真正面にぶつかったんだよ!
「――ップギュッッ!!」
ばちーん!
って音がして、魔物の顔がひしゃげたと思ったらもう消えちゃったよ。
「変な声出して消えちゃった~。シャーロットさん、見ててくれたっすか~?」
ボクは隣のシャーロットさんの腕を掴もうとしたよ。
……あれあれ、すかすかするよ。
「ワーシィ~、シグナ~。シャーロットさんがここにいるよ~。ふぇふぇふぇ~」
ボクは遠くで見ている二人に手を振ったよ。
でもねー、変なんだ。二人はコソコソと耳打ちしてるんだもん。
なに、なに~?
「「……コト」」
二人とも駆けつけてくれたよー。ゆらゆらしながらね~。
ん? 変な目でボクを見るような……。
ちょっと~、何で片手上げながらこっち来るの~?
「コト、変な物食べたん? 顔がおかしいで!」
「顔がゆるゆるよ。目を覚ましなさい!」
顔が何~? 目をさます~?
「え~? ふぇふぇふぇ……ぇぶっっ!!」
二人はそのまま手を振り下ろしたんだ。「バチーン」って音がして、ボクのほっぺが突然痛くなったよ。
いきなり何が起きたかと思ったら、二人にほっぺを叩かれたんだ。
右と左を同時にだよ。ひどいよ!
だけど不思議なんだよ。さっきまでふわふわ飛んでいるみたいな感覚だったんだけど、それが今はないんだ。
「……いった~! 何するんだよ。シャーロットさんがいる前で……ってあれ? シャーロットさんは?」
さっきまでいたのに。
「シャーロットさんがおるわけあらへんやん。今は西におるで」
「そうよ、縁起でもないこと言わないで」
……確かにそうだよね。
何でボク、シャーロットさんがここにいると思ったんだろう?
まさかシャーロットさん……。ううん!! シャーロットさんは無事だし元気だって、ボクは感じるよ。
例の『閃き』スキルでそう思うから、シャーロットさんは大丈夫だもん。
「てか、何でボクをぶつんだよ!?」
「コトの顔が、前に変なキノコを食べたときと似とったから」
「今日の夕飯に出した干しキノコに交じってたんじゃないかってね」
ボクたちは今日、直談判をしていたから買い物ができなかったんだ。
だから夕飯は、元から非常食で持っていた食材で適当に食べたんだよね。確かに干しキノコもあったけど……。
「それって混乱状態になるキノコを食べたときのこと? ボクそんなの食べてないよ!」
「確かにあのときよりは、変な顔にはなってへんかったな」
「じゃあ、別のにあたったのかしらね? ……まさか、拾い食い……」
拾い食いする時間もなかったじゃん。
それに夕飯を食べてから時間も経っているんだから、今頃症状が出るはずないよ。
じゃあ何だったんだろう……あ、もしかしてあのファンタズゲシュトルが何かしたんじゃないかな?
う~ん、でもあの魔物がそんな攻撃するはずないし……。変なの~。
「あれ? 門の前も騒がしいよ」
門はすっかり開いていて、ボクたちが通るのを待っているんだけど、その真ん前で騒いでいるパーティーがいたんだ。
「誰かが仲間に飛びかかったらしいで」
「緊張でおかしくなったのかしら」
ふーん。
どうも兎の耳をした子が飛びかかったみたいだよ。
仲間の杖で殴られて、頭を押さえていたんだ。
どうしたんだろうね?
さっきまではシャーロットさんが近くにいる感じがしたり、気づいたらファンタズゲシュトルはいなかったり。不思議ー。
ううん、ファンタズゲシュトルはボクが倒したんだよ。
はっきりと覚えてないなんて変だけど、倒したものは倒したんだよ。
「――ほら、早く門から出なさい。……っぶくくく。ファンタ……顔……!」
サブマスターさんはボクたちを門から出そうとしたり、うつむいて口を押さえたり忙しそうだ。
……あれ、ボクのことを見ている? ……気のせいかな。
もしかして、ボクの顔覚えられちゃった? ふふふ~ん。ボク、活躍しちゃったもんね。
あ、違うかも。これからが本番なのにうかれてないか確認しているのかも。
「しゃきっとするっす! って、門の外はやっぱり暗いね。……向こうは少し明るいけど」
門の外はあたり一面暗いけど、ある一点がかすかに光っているんだ。
そのときだよ。
重い音と一緒にボクたちの足元が揺れたんだ。
ズシーーン――って、ボクの後ろで門が閉まったんだよ。
足どころか全身がしびれたよ。
ボクたちは戦闘があるから門から出されたわけだけど……それだけじゃなくて、もう帰ってくるなって閉め出されたように感じたんだ。
変なの。
ボクたちはこのスタンピード戦で勝って、ちゃんと町に帰ってくるのに。
そうだよ!
ボクたちはここで活躍するんだ。
そのあとはシャーロットさんとルイくんたちに、
『パパっと倒してきたっす! 楽勝だったっす!!』
って報告するんだ。
戻ってこれないなんて、――ありえないもん――!
おまけ:学園生が戦場に立った頃の大人の皆さん。
タチアナ「ンギャーー!オバケ~~!」
鳥団長「フフフフ ○○○○(ぐるぐる飛」
胸・尻好きの騎士「むね~」「しり~」
挟まれた王子「ムギューー!!(-“-)」
治療院「しくしくしくしく」
シャーロット「オバケの亜種か~」(←ちょー無事で元気)