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013: 雨 ~捨てた故郷を思い出す~



 今日は朝から雨。

 しかも土砂降り中の土砂降り。豪雨。

 雨が屋根や、窓や、通りやらに当たってすさまじい(うるさ)さだ。


 ざあああああ、というより、ずどどどどどどどどど――という音に近い。


 朝はまだ、ここまでひどくなかった。


 前の通りは、雨で視界が悪いせいか誰も歩いていない。当然このギルド内も関係者以外すっからかん。

 現在私は、入り口横にある掲示板で、国内外関係なく交通や情勢についての最新情報を貼っている。メロディーさんには依頼書が貼ってある掲示板のほうをお願いしていた。


 ――――この感じ、二年前にギルドを再始動したときを思い出すなぁ。


 私は当時、豊かで住みやすい国に定住を希望していた。

 フォレスター王国は自由があって、いろんな人たちが住んでいる国。そう聞いて、小さい頃からずっと興味があったのだ。


 そんな国のアーリズの町に来たのは、ダンジョンの中階層まで行くパーティーを探そうかな、と思っていたから。


 そしてこのギルドを訪れた。

 そしたら…………ひどかった。


 査定のできない査定担当(後のポーション泥棒)。好みの男にランクポイントを不正に稼がせようとする受付嬢。極めつけは高価な壺に心を奪われ、よからぬことを企んでいた前ギルドマスター。――びっくりした。


 そして、いろいろあってその前ギルドマスターを捕まえる手助けをした。その(ほう)()のような形で手に入れた移住の権利。


 私は喜びでいっぱいだったけど、ギルドは夜逃げ同然に空っぽ。正確には夜逃げもいたけど、前ギルドマスターと同じく捕まった人が多かった。


 職員が不足した(かん)(さん)としたギルド。私は、これはよい機会とばかりに職員に立候補した。

 前世のこととはいえ私には事務経験があったし、冒険者だったから依頼を受けていたこともあるので業務内容もわかっている。人手もほしかったようなので、少し渋られたけどその後はすんなり入職した。

 そして、かなりの少人数でギルドが再開した。

 最初はわたわたしていたけど、仕事に慣れてくると今度はギルドを使う人が少なすぎて暇になった。


 利用する冒険者たちも、再開当初は近寄らなかったのだ。

 まぁ、運営が怪しいギルドには、あまり行きたくないだろうから仕方ない。

 その後、真っ先に明るく改装して、女性や子供も入りやすいギルドを皆で目指した。今では列ができるほどになったのが成功した証だ。




 ピラッ。

 ――そのとき、ふとある情報を貼ろうとして手が止まった。


『エーリィシ帝国南西で動乱。近くを通る者は気をつけたし。(詳細は随時)』


 詳しくはわからなかった。民衆暴動なのか、南西近くの国と衝突したのか、はたまた革命か。


(――随時更新される予定、か)


 エーリィシ帝国はこの国の西に隣接している国で、国土だけは広い国。いや広かった国。それも年々縮小されている。


 この帝国はフォレスター王国の理念とは反対の、人族至上主義国家。

 当然国交がない。というより、向こうが出入りを嫌う。

 人族以外は畜生であり、人らしい振る舞いは気持ち悪いなどと、平気で言う国。これは人の見た目に比較的近いエルフでも、そういう扱いをされる。エルフは耳が少しとがって美しい容姿が多い以外、人族とそんなに変わらないのに……。


 人族以外は凶暴で知性がなく、不潔で得体が知れない。または(こう)(かつ)で頭から人をばりばり食べる。

 こういった嘘を、さも事実であるかのように熱心に教育している国だ。

 だから人族以外の種族を弾圧することは、至高で(すう)(こう)な行為であると、かなり本気で()いていた。

 こう聞けば私の周りの人たちは「まさかぁ」と言うかもしれない。だけど、これは事実。


 なぜこんなに詳しいかというと、私はそのどうしようもない国の出身だから。


 この世界に生まれたとき、(けもの)(みみ)がある人たちや、美人金髪エルフがいないことにがっかりしていた。

 かなり小さいときから前世の記憶があった私は、異世界の風景なのに異種族がいないことが残念だった。

 そして青空学校(ド田舎なので正式な学校などないし、読み書き算数程度)が始まるや否や、差別教育を教え込まれたわけだ。正直耳を疑った。


 当時私はその教えを信じることができず、実際にいろんな種族に会って確かめたいと思っていた。自分もおかしな思考に染まる前に家を出よう、と早い段階で決意していたのだ。


 出国したときの気持ちは、“悲しい”や“後ろ髪を引かれる思い”よりも、早く出られてほっとしたというものだった。


 人族以外は不潔であるとか教えていたけど、実際国の外に出てみたら、自国のほうがよっぽどだった。

 出国どころか出奔した時点で、シャンプーはおろか石鹸も粗悪品しか出回っておらず、そもそも風呂・シャワーがないことが普通だったのだ。食べる物も種類・量ともに少ない。まるで時間が止まったような文化で、貧しさが目立つところだった――。




「シャーロットさん」


「…………っ」


 少し離れた掲示板に依頼書を貼っていたメロディーさんから呼ばれる。考え事をしていたから少し驚いた。


「こちらは終わりましたわ」


「ありがとうございます」


 もうやることないですね、と言いながらカウンターに戻ろうとする。


「ええ。……あら、この情報、私も見ましたわ。でも、隣の国の、かなり向こうの話ですもの。きっともう終息している頃ですわね」


「ええ。そうですね。だいぶ遠い場所ですもんね」


 このフォレスター王国の、西隣の国の、さらに南西の場所の話。

 いくらこの国が他より高い技術力があると言っても、ここに情報を届けるのには馬車や鳥を使う。前世のときのように、リアルタイムで情報を入手できるというわけにはいかない。

 それができそうな魔道具が発明されてもよさそうだけど、今のところはない。


「これをきっかけに、またこちらに飛び火しないといいですわね」


「まぁ、西隣で何かあっても、また追い返してくれますよ」


 この国は兵力がしっかりしている。二年半前のエーリィシ帝国の国境侵犯の際、追い出してさらに領地を獲得していた。


 帝国が侵攻してきた経緯。それは、その国の別の地域で他国と戦争があり、帝国が勝利したためと言われている。勢いに乗って侵攻したらしいのだ。

 だからメロディーさんは、今回の帝国南西の動乱をきっかけに、またこの国に攻めてくるんじゃないかと心配しているみたい。

 だから、心配はいらないと励ました。


「……そうですわね。あら、帝国だけかと思いましたけど、他のところでもいざこざがありますわね。シャーロットさんの故郷は大丈夫ですか?」


 ――――知り合ったばかりのときはよく聞かれる質問だ。だからいつも、焦らずこう返している。


「私、故郷はないんですよ~」


「あら、そうでしたのね。それでは元は旅人さんなのですか」


「ええ。気づいたときには、母と旅をしていました」


 とても普通のことのように、メロディーさんに話す。

『故郷がない』という人は多くはないけど、けして珍しいわけでもない。

 常に移動しているタイプの商人、頻繁に移動する冒険者などに多い。


 商人はいくら移動しているといっても、拠点としている国はある。

 けれども親の考え方によって出身地に重きを置かず、子供も特に気にせず大人になった場合、故郷はないという答えになる。


 冒険者の場合――特に両親とも冒険者の場合は、出産時に一時期定住したとしても、落ち着けば旅に出る。だから、故郷という概念がない人もいる。獣人族などは生まれてすぐ足腰がしっかりするので、小さい子供でも旅ができるからとどまる期間が短い。


 なので、私はこういった故郷を問われる質問に毎回、「故郷はない」と答えている。

 この国で「エーリィシ帝国出身です」と言うと、いじめや迫害は受けないものの、非常に非常に、微妙な顔をされるので絶対言わない。

 せっかく町の人たちにも、好意的に受け入れられてきているのに。


 そもそもあそこは故郷であるという実感が全くない。

 あえて言うなら、生まれ変わってから最初のスタート地点。通り過ぎるだけの国。

 私にとって思い出深い生活は、出国するときに協力してくれた、血の繋がらない母と旅をした生活。それが、異世界に転生して初めての実感ある暮らしなのだ。


 そして今ではこの町が、これからも暮らしていく自分の故郷となるはず。



 ――――気づくと外は晴れて虹が出ていた。

 ちょうど南東のダンジョン付近にかかっていて、とてもきれい。


 そうだ。

 久しぶりに手紙を書こう。



 おかあさんへ


 お元気ですか。私は元気です。

 町にはだいぶ慣れてきました。

 またこちらに遊びに来てください。

 今度はおいしいお菓子屋さんを紹介します。


              シャーロット




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