129: アーリズ防衛戦(西側⑥ ~興奮する治療院さん~
押し出された魔物たちが、懲りずにこちらにやってくる。
あのとき魔物を箱障壁で閉じ込めず障壁で押し出したのは、時間がたりなかったからだ。
箱障壁を作るのに時間はそれほどかからないけど、私たちを正気に戻そうと味方が叩きに来る状況では、壁一枚で押し出すほかなかった。
まぁでも、再度こちらに来るというなら、今度こそ箱障壁で閉じ込めるだけのことだ。まずは突出してやってきたガーゴイル一匹を囲もう。
「障……」
「――どけ、シャーロット」
障壁を張ろうとしたら、隣から黒い影が割り込んできた。
その人はガーゴイルを待ち構えていたかのように、自身の得物を持ち上げている。
それを見たファッサさんが彼を止めようとした。
「おいっ。ガーゴイル相手にそんな細い鈍器じゃ倒せねえぜ!」
「るせぇ! 頭ン中胸しか考えてねー野郎が。黙って見てろ」
ファッサさんが制止した相手はカイト王子だった。
確かに王子が大容量収納鞄から出した鈍器は細身の形状だ。とてもじゃないけど、石化するガーゴイル相手では柄が折れてしまいそうに見えるだろう。
しかし心配いらない。その戦鎚は召喚石を壊すのが主な目的だと思われる「石特攻付き」の鈍器で、私もぜひ使っているところを見たかった『呪いの戦鎚』だ。
王子が振りかぶったところで身体を石に変化させたガーゴイルは、王子の一振りによって派手な音を立てることになった。
ガッシャーーンッ――!!
先ほどは騎士団の攻撃をはじいていたガーゴイルが、大きな亀裂を作り割れる。
それだけでは終わらず、その亀裂からさらに細かくヒビが入り、全身に広がっていく。その放射状に広がったヒビが、ガーゴイルだった体を粉々にした。
ガーゴイルは、カイト王子による一撃で破壊されてしまったのだ。
「ハハハハ!」
「な……っ、あないに細い鈍器やのに折れへん……しかも倒したやと?」
笑う王子をムキムさんたちが驚愕した顔で見ている。
無理もない。普通の鈍器では大きく割ることも難しいのに、王子の持つ細身の鈍器が予想を大きく上回る破壊力だったのだ。
(これが特効付き武器の威力か~。石に対して三倍の威力を発揮するってこういうことなんだ!)
驚いているのは私や騎士団たちだけではない。
自分の同種が原形をとどめず破壊されたのを見たガーゴイルも、危機を感じたのか、つぶれたような鳴き声を上げて後ずさった。
「おら、来いよ! ビビってんのか~? ……ふん、見てわかっただろ騎士団ども。ガーゴイルはオレに回せ!」
王子は退いたガーゴイルを挑発し、次に騎士団の皆さんに向けて(特にファッサさんとムキムさんにドヤ顔をして)得意げに命令する。
そっか、さっき武器を出したのはファッサさんたちを攻撃するんじゃなくて、向かってくるガーゴイルに気づいたからなんだ。
私ったら、カイト王子が二人に攻撃するのではと勘違いしてしまった。恥ずかしい。
「おっと、このガーゴイルの顔は『パイ好き猫野郎』に、体型は『ケツおっかけ筋肉』そっくりだな~。――オラァァ!! かち割ってスッキリだぜ!!! ハハハハ!」
――と思った矢先に、王子はこんなことを言いながら嬉々として倒していた。せっかくかっこよく破壊しているのだから、二人を挑発しなくていいのに……。
悪口はご本人たちにしっかり届いたようだ。
「ムッカーー! この根暗!」
「ガーゴイル倒したら、わいがぶっ殺したる!!」
お願いだから、王子に向かって物騒なことを言わないでほしい。正体を隠しているのは王子だからまさか不敬罪にしないと思うけど、私がヒヤッとするではないか。
「貴様らっ、それよりもファンタズゲシュトルに注意しなさい!」
また空気が悪くなりつつあったとき、団長さんの声が響いた。彼はゲンチーナさんに、着地の失敗でできた傷を治してもらっている。
私もすっかり王子の戦闘に夢中になっていたことを反省して、すぐに障壁で囲む。
囲んだ瞬間に予想どおり『混乱ボイス』を使われたけど、縫うような鳴き声がこもって聞こえるだけだった。
その後すぐに光魔法が放たれて簡単に消えてしまった。
こっちに来なかったファンタズゲシュトル亜種も、戦場にいる皆が協力し、真っ先に倒している。
(あ、一匹くらい残せばよかった。今回参戦していない人たちに、情報共有したかったなぁ)
障壁で囲んでおけば、混乱ボイスを使われても大丈夫なのだし。
「――壁張りちゃーん、こっち来て~! 避難させるから障壁解いてやって~」
ファッサさんの声で振り返ると、ぶるぶる震えるオレンジ色の髪が目に入った。
タチアナさんが「ヒィィ……っ」と、ファッサさんを見て驚き、私の障壁にぶつかっているところだった。
そうだ、タチアナさんがいるからファンタズゲシュトル亜種は持ち帰れなかったな。
「タチアナさん、もう大丈夫ですよ。すみません放置し……って、あ!!」
タチアナさんが私を見てもぶるぶる震えていたので、不思議に思って『鑑定』スキルで見てみたのだ。すると、なんと恐怖の状態異常になっていた。
私の障壁は『混乱ボイス』さえ届かないのに、なぜ恐怖状態になったのか。
「あ、もしかして……! タ、タチアナさんっ、すみません!! ――“きゅあ”!」
気づいた私は、大慌てで治癒魔法をかけた。
「ん? 壁張りちゃん、彼女どういう状態?」
「私がいけないんです。ずっと閉じ込めていたから……」
恐怖状態になるのは、なにも魔物(や、特定の人物)にスキルを使われるだけとは限らない。
状態異常になるのは、特定の条件下でも起こる。
「……受付さん、私が代わります。あなたは今夜、障壁に集中しないといけないはずですよ」
団長さんの治療が終わったゲンチーナさんが、代わりを申し出てくれた。これは私が引き起こしたようなものなので最後までやるべきだけど、もしものときには私が障壁を出せるほうがいいと判断し交代した。
「これは……『恐怖』状態ですね。聞いたところによると彼女は、私たちが混乱中にずっとこの狭い中から逃げられず、ファンタズゲシュトルに取り囲まれていたようです。あまりにも恐ろしくなり発症してしまったのでしょう」
ゲンチーナさんのご指摘どおり、タチアナさんはあまりの恐怖体験に、自ら『状態異常:恐怖』を発症してしまったのだ。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「どれ、“うおおおお――!!”」
タチアナさんがまたびくっと震え、背面の障壁に背を押しつける。
この吠えているような声は、ゲンチーナさんが治癒魔法を使うときの呪文だ。彼女の呪文は言葉を使わない叫ぶ系の呪文で、直接聞くと勇ましく感じた。
でも周りはゲンチーナさんの声に少しも注意を払わない。
団長さんがそれぞれの部隊の態勢を整えるのに張り上げているし、カイト王子が石を砕く音が大きいからだ。
「こんの、クソ石ころがっ! おかげで野郎に挟まれたじゃねーかっ。むしゃくしゃするから死ね!」
ストレス解消のために倒しているように聞こえて残念だけど……。それに男性二人に挟まれたのはガーゴイルと関係ないし。
「うぅ……、し、新種……見た……い……」
タチアナさんはカタカタ震えていても、好奇心が戻ってきたようだ。
今度からタチアナさんの苦手な魔物が近寄ったら、無理にでも離れてもらうことにしよう。
では私は前方の魔物たちの動きでも観察して……。
「……受付さん、彼女の治療を終えました。障壁を解除していいですよ」
「さすがゲンチーナさん、お早いですね」
ゲンチーナさんはさほど時間をかけることなく治してくれた。ぶつぶつ言うタチアナさんは、すぐ担がれ避難させられた。
「――ところで受付さん、さっき言っていたあの話、興味深くありませんか?」
「何のことですか? ……って、危ないですよ! 身を乗り出さないでください!」
ゲンチーナさんの質問に私も質問で返したら、彼女が突然奇行に走ったのでびっくりした。
前方の胸壁に手をかけて上体を持ち上げ、身を乗り出し、下をのぞき込んでいる。
さっきは私も身を乗り出すどころか上に乗っかったから他人のこと言えないけど、城壁から落ちては大変だから急いで彼女の服を引っ張る。
「うーん、見えない……。受付さん、私たち全員が混乱状態になっていたことは、聞きましたよね?」
「はい……って、もしかして城壁の下に何か落としたんですか? ちょっ、本当に危ないですって!」
さらに城壁の下を探そうと、頭を前に出すゲンチーナさんに、私は声を張り上げた。
また混乱状態になっているのだろうか。『鑑定』で確認…………いや、なってない。
「何も落としてませんよ。さっきのこと、というのはですね、こちらの後方中央部隊はかなりの数がいるのに、いっぺんに治ったという話です。……う~ん、誰もいない」
誰かを探していたのだろうか? やっと胸壁から離れた彼女の顔は、月の光で残念そうであることがよくわかる。
――と思ったけど、彼女の顔がみるみる高揚していく。どうも嫌な予感が……。
「……受付さんっ、ファンタズゲシュトルが私たちを混乱状態にさせた、というのも驚きですが、それよりも『私たちを治した』しかも『いっぺんに治した』と言うのが驚きではありませんか!?」
「え? ちょっと意味が……」
「すみません、私の説明が悪いようですね。騎士団長さんの治療中に伺ったのですが、――これはっ、大変、大っ変! 驚くべきことなのです!!!」
ゲンチーナさんが興奮して話し始める。これは以前ギルドに来たときと同じ興奮の仕方だ。
ここから彼女は息継ぎを忘れたように熱く語り出す。
「この城壁に配置されていた騎士の人たちは、横に並ぶように配置されていたので、当然横に長いですよね!?」
「はぁ、そうですね」
「そして団長さんは上空の高いところをくるくる飛んでいて、城壁の下に待機していた冒険者たちも混乱状態だったそうなのです!」
「へえ……」
「それをっっ! なんと、全員をっ、一瞬でっ! 治したと言うのですよっ!!!」
ぜーはー言っているゲンチーナさんがだんだんと近づいてくるので、私も一歩二歩と下がらざるを得ない。
これは、彼女を一度障壁に閉じ込めたほうがいいのでは?
「ふー、ふー、ふーー!! これは例を見ない治癒魔法ですよ! 広範囲なのに、治す速さが尋常ではありません!!! 治癒のムラもありません。あ、広範囲の治癒は使用者から遠ざかるほど効果が低くなるんですよ。だからいっぺんに治しにくいんです」
広い範囲の状態異常を、一気に治すというのは高度な技術だったのか。『探索』スキルでぱぱっと皆の位置を確認して、遠くの人にも確実に行き渡るように治癒魔法を使っただけなんだけどなぁ。
「だからこれは、もしかしたらゲイルさんを治した『あの方』が、近くにいたのではないかと! 城壁の内側も外側もそれらしい人影はありませんでしたが、可能性は大いにあります!!」
だからさっき城壁の下を覗いていたのか。
ふえーっ、危ない危ない!
恥を忍んでいろいろやっといてよかった~。
「とにかく、落ち着きましょう。私たち、だいぶ北寄りに……」
ゲンチーナさんの勢いで後ろ向きに下がっていたら、いつの間にか元の位置から遠ざかっているではないか。
私は障壁担当なのだから、持ち場から遠ざかることはさせないでほしいものだ。彼女もさっき、障壁に集中してほしいと言っていたのに。
「壁張り職人、どこまで行くのです! ――いけない、魔物が来ます。避けなさい!」
騎士団長さんに怒られたではないか。
前線の魔物がもうこっちに来ていたのか。
胸壁のへこんだところから下を確認する。
しかし――。
(ん? 下にはいませんよ? ま、とりあえず障壁を……)
「うう……っ上です!」
「え、上? ……!」
ゲンチーナさんの視線を追って上を見た。
細長い魔物――グリーンサーペントの大きな口が、真上から降ってきていた。
次回予告
?「やった、やった……! ボクたちも戦えるんだ!!」
?「ほんまに戦えるなんて……」
?「これからよ! 気を抜かないでよね」




