128: アーリズ防衛戦(西側⑤ ~おしよきよ!~
大変目立ち、恥ずかしい思いをしてやってみたわけだけど、これはもちろんあの『キラキラ・ストロゥベル・リボン』のコトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃんからお借りしたものだ。
元は、
「きらめきと正義のCランク!」
「美少女冒険者パーティー!」
「キラキラ・ストロゥベル・リボン!」
と、シグナちゃん、ワーシィちゃん、コトちゃんが順に叫ぶセリフで、私は彼女たちがボツにしたネタを申し訳なくも改訂して使わせてもらったのだ。
ボツになったのは、最後のパーティー名をコトちゃんだけが言うのか、全員で言うのか、その場合はコトちゃんだけのセリフがほしい云々……と三人で悩んだ末の結果だ。
とにかく、これなら“私が正気ではない”と周りから疑われないはず。三人に感謝だ。
やってみた感想としては、これは三人でやるから映えるのであって、私一人でやるには立ち位置や声を発するタイミングが難しかった。
あと、足場が狭いところでやるものでもなかったね。城壁から落ちなくてよかった~。
なぜこれらのセリフや動作を覚えているのかというと、毎晩私に見せてくれるからだ。
そういえば、ワーシィちゃんの「美少女冒険者パーティー!」の部分は、即興でやったものだから「美少女」の部分をそのまま言ってしまった。「冒険者」を「受付嬢」に変えられたのに、なぜ「美少女」部分はそのまま言ってしまったのか……大反省している。
しかし、魔物が他に見向きもしないでこっちに来てくれている。これはよい成果と言えるだろう。『キラキラ・ストロゥベル・リボン』のセリフやポーズはそんな効果があったのか。……いや、パーティー名を叫んでいるのだから、本来は冒険者ギルドで挨拶するためのもののはず。
まぁそれは置いておいて、魔物が向かってきてくれるのならば続きをやらなければ!
彼女たちが魔物と対峙したときに言うセリフがあって、そのあとに攻撃するとかっこいい流れになるらしい。
私はそれを使用してさらに正気ではないように見せつつ、結果的に魔物から皆を守るのだ!
「――ブーッ、ふぇフェふぇフェふぇフェふぇフェふぇ――!」
さっきタチアナさんの周りを浮いていたファンタズゲシュトル亜種が、まるで私の行動を嘲笑するかのように『混乱ボイス』を使う。
何笑てんねん。……おっといけない。ムキムさんの口調になってしまった。
そうだ、セリフを言ったらこれも箱障壁にして捕まえちゃおう。
今なら正気に戻っていると思われないだろうし……と考えていたら、私の目の端に光が映った。
「プゥギャアアアーー!!!」
倒してくれたみたいだ。これなら皆を混乱から戻しても大丈夫だ。
「よし、今だ。突撃ーー! 救出しろ!」
げっ、その前に味方にぶたれてしまっては大変だ! 目先の魔物を遠ざけて、皆を元に戻さなくては!
えっと、魔物と遭遇したときのセリフ…………わ、忘れちゃった。空がどうのこうのと言っていたような。
まぁ、それなら適当に言うしかない。
私はガーゴイル三体やファンタズゲシュトル亜種が、こちらに飛び込む勢いなのを冷静に分析しつつ、混乱状態に見えるようなポーズと掛け声を魔物たちに見せつけた。
「……町を襲う魔物たちよ。――満月に代わっておしよきよ!」
珍しくも『演技』スキル発動中に噛んだし、なぜ満月に代わっておしおきするのか、自分でも疑問だけど気にしない。腕を適当に交差して、ばしっと決めた!
だけど障壁を出すために結局また手を前に出して、向かってくる魔物たちの目の前に一匹残らず覆うほどの広い障壁を出す。
三人には悪いけど、戦闘中に決めポーズをするのは、反応が遅れてしまうから私には合わないなぁ。
肝心の障壁は『探索』スキルを駆使して先頭の魔物の位置を確認し、すぐに逃げられないほど間近に出した。するとその瞬間――。
バチーーーーン! ゴチン、ドタドタン――!!
勢いよくやってきた魔物たちが次々に私の障壁に追突した。大変気持ちのいい音が響く。
そのあとは追突したままにせず、城壁の外側へと障壁を勢いよく押し出した。
後続の魔物が障壁に気づいて上に逃げそうになっていても、余すところなく巻き込むことに成功した。
やっていることはギルドのルールを守らない者たちを外に放り出すのと一緒だけど、魔物が束になってこちらに強襲していただけに、音や規模に派手さがあった。
なるほど、コトちゃんたちがなぜ魔物と遭遇したときのセリフにこだわっているのか、毎晩不思議だったけど、こんなに爽快だったとは。
――グゥアアァァァァ――!!
――ギャオオオオォォォォォ――!!
魔物は突然の反撃に絶叫しながら、私の障壁の押し出しによって声が遠のいていく。
私はこのうるさい状況を逃さない。
「 “きゅあ” ……!」
魔物の叫びに合わせるように、治癒魔法の呪文をぽそっと唱えた。
混乱した皆を覆うくらい広い範囲で、団長さんまで届くように上空まで。……あ、私たちの真下も『混乱ボイス』の範囲だったようだ。城壁内に配置されている一部の冒険者たちも混乱状態になっているから、もっと、もっと広い範囲にしなくては……!
そして治しつつ、このような行動をとるのも忘れない。
「あ、頭が~……!」
私は治癒魔法をかけつつ棒読みにならないように呻き、頭を抱えしゃがみ込むと、後ろに倒れるように胸壁の上から落ちた。
「むねぇ……、ぐっ」「しり……、うっ」「……くっ」
私の背中に硬い衝撃が伝わると、男性三人の呻きが同時に発せられた。
私はあまり痛くなかったことに安堵しつつ、そのまま踏みつぶされてはたまらないので少し転がって彼らから離れる。
(よしっ。どうやって下りようかと思ったけど、ちょうどよくこの三人が来てくれたからよかった。ちょっとお尻は打ったけど……)
実は治癒魔法の範囲を確認するとき、ちょうどカイト王子とファッサさんとムキムさんが団子状態で私の後ろを通るようだったので、クッション代わりにさせていただいたのだ。
男性が三人で固まっていたから、私が上からぶつかっても倒れることはなかった。
ちょうどいいから混乱から戻る演技でもやっておこうとしたところ、北から応援に来てくれた一人が、私に向かって片手を上げて接近していた。
「――壁張り職人! すまんっ」
振り上げられた手が私に襲い掛かる。
ばいんっ、と音を立てる私のほっぺ。――しかし、私のほっぺは痛くならなかった。
「か、壁張り!? よかった、落ちた衝撃で戻ったか?」
「ひえっ、と、突然、なんですか? 私、怒られるようなことでもしまし……はっ、あれ? 私はいったい……」
危ない危ない。急いで顔に小さい障壁を張って、ほっぺを守ることができた。今はどういう状況なのか、と周りをキョロキョロ見渡す演技もやっておく。
周囲では、味方に殴られることなく正気に戻った人たちの声があちこちで聞こえた。
治癒すべき範囲が広かったけど、うまくいってよかった。
「ごめんなさい、ごめんなさ…………っ……え? ……な、このタオルは……?」
私のタオルをしっかと握って謝り倒していたゲンチーナさんも、ビンタされる前に戻った。自分が泣いていることに驚いたようだけど、自分の袖でぐいっと拭き、少し考え込んで立ち上がる。
「……っ――無礼者! 近寄るな!!」
先ほど私がクッション代わりにした三人も、もちろん混乱状態から戻った。
しかしその中の一人カイト王子が、ファッサさんとムキムさんを突き放している。
「無礼者」とするっと口から出てくるなんてさすが王族だなぁ……と私は感心してしまったけど、それを聞いた二人は、眉間にしわを寄せて王子をねめつけていた。
「はぁ? このひょろひょろが! なぁにが、“無礼者”だ。さてはお前、どこぞのぼっちゃんだな? お前こそ近ぇんだよ!!」
「何が悲しゅうて男同士で抱き合わなあかん! そっちこそ退け、ぼけぇ!!」
二人は王子の正体を知らないから、暴言や悪口を平気で言い放つ。さっきまで団子状態だった三人は、正気に戻ったとき、お互いの顔が近くて驚いたのかもしれない。
「――あぁ? 何だと……?」
王子はやめとけばいいのに、彼らの言葉に反応して敵意を向ける。
元はといえば王子が恋人たちのあいだに割って入ったのだし、挟まれていたとはいえ今までせっかく守ってくれたのだ。ここは落ちついてくれないだろうか。
いや、だめみたい……。王子は腰にある大容量収納鞄から、自身の武器である呪いの戦鎚まで出している。
混乱状態から戻った途端これとは。今、戦闘中なんですけど。
しょうがないから私が障壁で彼らのあいだに割って入ろうとすると、上から何か落ちてくる音が聞こえた。
一触即発だった彼らの勘は、幸い鈍ってなかったようで三人とも後ろや横に避ける。
ズザザザザ――!
擦る音を立てて落ちてきたのは大きな鳥、もとい騎士団長さんだった。斜めから落ちてきて、上半身を擦りながら不時着した。
真上から落ちたわけではないし、うまいこと城壁の上にたどり着けたようだけど、顔は大丈夫だろうか。
「空から団長が……!?」
「女の子ちゃうんか……」
ファッサさんとムキムさんは空から突然落ちてきた団長に驚いている(ムキムさんはがっかりしているような……)。
北側から応援に来てくれた人たちは、手に持っていた石をその辺に捨てながら駆け寄る。
「団長、今の状況がわかりますか!? 後方中央部隊が全員混乱状態でありました。しかし今、一斉に治ったのであります!」
団長さんを起こして急いで説明する。私はとりあえず「えっ、そんなことが!?」といった表情でもしておこう。
「――中央部隊が全員……かなりの人数がいるのに、いっぺんに治った、ですって??!」
しかしこの説明に大変驚いたのは団長さんではなく、ゲンチーナさんだった。
タチアナさんの鼻血やよだれがついた私のタオルを、ぽいっと投げ捨てて団長さんに駆け寄る。そのタオルは先ほど私がステージのように使っていた胸壁に乗っかって、日干しならぬ月光干し状態となった。
タチアナさんといいゲンチーナさんといい、タオルは放り出すものではないんですけど。
団長さんはというと、その説明に耳を貸していたものの前方――城壁に迫りくる影に反応していた。
「――! 前方に集中しなさい! ガーゴイルどもが来ますよ!」
そうだった。さっきは押し寄せる魔物を閉じ込めず、押し戻しただけだったから、結局こっちに来てしまったのだ。