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125: アーリズ防衛戦(西側② ~戦闘不能~


 遠方を見ていたところ、急に後ろを振り返ったものだから遠近感が掴みにくかった。ぼんやりオレンジ色が揺れているのがわかったのもつかの間、至近距離も見やすくなってくる。

 さすがダンジョンで出たハートのメガネ、もとい千里眼メガネ。使用感に驚かされる。

 さて、顔が鼻血とよだれで大変なことになっているこの声の主は――。


「タチアナさん……どこから……?」


 城壁の上までどうやって来たのか?

 城壁の中にも、魔物が侵入したときのために、騎士や冒険者の皆さんが待機されているはずなのに。

 ところがそれも、彼女の後ろに置いてある物に気がついて、どう潜り込んだのかなんとなくわかった。


「タチアナさん、その箱が開いているのって……」

「ポーション入れの箱に隠れるの大変だったのよ~。ポーションがゴツゴツ当たって痛かったんだから!」


 さっきまで蓋を閉めていたポーションを大量に入れている箱が、今は開き、中の瓶が倒れていた。容れ物自体は割れてないようなので、問題ないと言えば問題ないけど……。


「あ、中の本数を減らして入ったわけじゃないから安心して! ギリギリで潜り込めたのよ!」

「……得意になって言うことじゃないですよ。ここは危ないし、皆の迷惑になりますから早く下りてください」


 しかし私がタチアナさんの腕を引っ張っても「固いこと言いっこなしよっ、退きなさい!」と、びくともしない。それどころか、私の腕を振りほどいて邪魔そうにする。

 まぁ、大きな包丁を自在に操るタチアナさんに、力業ではかなわないのは当たり前だ。

 ちなみにいつも持ち歩いている包丁は、箱に入るとき邪魔になったのか置いてきたようだ。

 こうなったら近くの騎士さんに連れ出してもらおうとしたけど、城壁にいる人たち全員が、件の魔物に目が釘づけになっていた。


「内緒で来たんだって~? 新種の魔物なんてそうそう見れるもんじゃないし、ちょっとくらい見ていきなよ。……にしてもデカイな!!」

「せや。ちょうど口やかましい団長も南側の様子見に飛んでることやし。ちょい見ていったらええ」


 ファッサさんとムキムさんはタチアナさんに気づいたけど、大目に見てくれるようだ。

 それを聞いたタチアナさんは堂々と胸壁の前に陣取り、目をキラキラさせる。


「ほらっ、向こうもああ言ってくれてるじゃないの! ここに来るまで厳戒態勢で大変だったんだから、ひと目見るまで帰らないわよ!!」

「討伐されたあとに、じっくり見ればいいのに……。しょうがない、まずは顔でも拭いたらどうですか」


 てこでも動かないタチアナさんに、私は収納魔法からタオルを取り出して貸す。

 う~ん。いくら新種が出たと言っても、今夜はさすがにタチアナさんは来ないと思っていたのになぁ……。


「ありがと! 討伐されたあとより、生で動いてるのを見たいじゃな~い? それにしてもまだまだ遠いわね」


 タチアナさんは顔を拭きながら目だけは一点に集中していた。

 一緒に見ているファッサさん、ムキムさん、ゲンチーナさんも食い入るように胸壁の側に立つ。


「お~! はっきり見えるわけじゃないけど、額のところは光ってんね~。あれがペリドットってことは、かなりの大きさじゃね?」

「わいはそこまで見えへん……が、腕は長めやな」

「腕を振り回してる……のでしょうか?」


 きっとこの戦闘に参加している皆が、新種の魔物を倒すため、かすかな動作でも見ようと目を凝らしているに違いない。


「早くこっち来ないかしらっ!?」

「タチアナさん……、こっちに来る前に倒してもらった方がいいんですからね! あ、月が隠れちゃいましたね。さっ、もう下りて戻ったほうがいいですよ!」


 遠くを見ていたら前方――北西側から影が出てきて森や、この城壁を覆い隠したのだ。

 これでは「アレ」が活発になってしまう。

 私はタチアナさんの腕をまた引っ張った。


「何言ってんのよ! ウチはあの新種を間近で見るのよ!」

「タチアナさん、騎士団長さんもこっちに戻ってきそうですし、あの魔物(・・・・)が出るのに本当にここにとどまるつもりですか? 私が知らないあいだにとうとう克服したんですか?」


 新種の魔物という存在は、タチアナさんをこんなに勇気づけるものなのだろうか。

 いつもなら私を盾にしてでも一目散に逃げ出して、完全に殲滅されるまで絶対に隠れているのに。

 あ、団長さんもお怒りぎみに飛んで帰ってきた。タチアナさんの頭が突っつかれないうちに早く下りてもらおう。


「はあ? あの魔物(・・・・)って何よ?」

「え? ファンタズゲシュトルですよ! タチアナさんがこの世で大嫌いな魔物です! ……知ってて来たんじゃないんですか?」

「ふぁ………………ファッ?!! な、なっ、ななななな何ですっ……て??」


 タチアナさんは顔面蒼白になってしまい、手も足もががたがた震え出した。

 どうもおかしい。


「え……。今日の昼過ぎにはすでにあった情報ですけど、聞いてません……?」

「きっ、聞いてないわよ! って、あ、あ…………!!!」


 そのときタチアナさんは、私の斜め後ろへ目を見開いて凝視し、絶句した。

 ファンタズゲシュトル――ちょっとカッコよさげなこの名前、実は冒険者どころか一般人にも呼ばれている別名がある。それは――。


「――ファーーーー!!! おばっ、オバッ、オバ……“オバケ”よ~~!!!!」


 光に弱く、闇の中ではボウッと姿を現し、半透明の状態で宙に浮かぶ。

 その形はまるで大きな火の玉で、それ自体が人の顔のように見える。私が両腕を使って大きくまぁるく円を描くくらいの大きな顔だ。

 それがファンタズゲシュトル。大昔から確認されている魔物だ。

 タチアナさんのように「オバケ」と呼ぶ人も多く、生理的に苦手とする人もいる。


 そのオバケことファンタズゲシュトルは、月明かりでこちらが視認できないあいだに城壁まで近づいていたようだ。

 今、私たちの目の前に一匹浮いている。

『魔物図鑑』には「生首が浮き上がっているかのような姿」と載っていて、実際私の目には、にやにや笑うおっさんのような顔が浮かんでいるのだ。


「え~、ファンタズゲシュトル怖いの? かわいぃね~」

「女の子の怖がる姿も、なかなかええな」


 カップルの騎士二人はタチアナさんを茶化すけど、私はタチアナさんのこのあとの行動が予想できて急いで腕を前に出した。


「ギャャャ!!! 助けて~~~! ……うっぶ!!!」


 私は、踵を返してそのまま真後ろに走り去ろうとするタチアナさんを、底を抜かした直方体の障壁で急いで囲った。


「イヤ~~!! 出しなさいよっっ!」

「タチアナさん、ごめんなさい。でも落ち着いてください。後ろに走ったら真っ逆さまですからね? ここ、城壁の上なんですから」


 普通に階段に向かって走ったとしても、こんなに焦った状態では足を踏み外しかねない。だから落ち着くまで障壁の中でおとなしくしていてもらおう。まぁ、ちょっと狭い障壁になってしまったけども……。


 しかしながら、なぜ魔物が来たというのにタチアナさん以外誰も焦っていないのか。

 それはこの魔物が、他の魔物と比べて恐れるに足りないからだ。一部の(タチアナさんのような)人以外は、ファンタズゲシュトルが単体でふらふらしていても邪魔だなぁと思うくらいなのだ。


 ファンタズゲシュトルは闇に紛れて現れるといっても、特に攻撃をしかけてくるわけではない。

 闇の中、半透明の姿で浮き、人を馬鹿にしたような笑い声(または鳴き声)を発し、若干腐ったような臭いがする。それくらいの存在だ。


 ただ、他の魔物と一緒に出てきた場合は注意が必要だ。

 半透明なので視界をうろつかれると邪魔であり、鳴き声を発せられて他の魔物に気取られることもあり、獣人族など嗅覚がするどい人たちは自分の鼻を頼りにできなくなる。

 それでも攻撃されることはないので、脅威とまでは言えない魔物だ。

 戦うにしても物理攻撃は一切効かない。

 ではどう倒すのか。

 そこに騎士の一人が杖をかざして合図した。


「目に気をつけて! “すべての闇よ、暖かい光に包まれよ”!」


 その騎士が呪文を唱えると、ファンタズゲシュトルが輝いて「グィィヤアアア――!!」と叫んで消えた。

 ファンタズゲシュトルは光に弱い、すなわち光魔法で倒せるのだ。

 だから光魔法使いさんたちは、今回の戦いでは現場を明るく照らすよりも魔力を温存し、オバケ対策要員となっていた。

 私たちは光魔法で目を傷めないよう注意するだけだ。

 ちなみに火魔法や雷魔法も明かりが十分あればファンタズゲシュトルを倒すことができる。でもこんな至近距離で火や雷を使われては危ないので、光魔法使いさん中心にがんばってもらうのだ。


「ひいいいい!!! 断末魔の叫びよっ!! イヤアアァァ~~!!!」


 タチアナさんは、せっかく倒してくれたというのに相変わらず大騒ぎしている。

 断末魔とは、先ほどファンタズゲシュトルを倒したときの叫びのことに違いない。

 実は一部の人から、ファンタズゲシュトルという魔物についてはこう考えられている。


『人が死後、仄暗い思念を持って変化したのがファンタズゲシュトルで、その声は怨念のこもった断末魔の叫びであり、生前の腐った肉体の臭いが染みついているから少し臭う』と……。

 だからファンタズゲシュトルは魔物というより、幽霊やオバケの類である――と信じている人もいるとか。

『鑑定』スキルを持つ私としては、オバケではなく「魔物」で間違いないと断言できるけどね。


「シャ、シャーロット! 早くここから出しなさいよ! な、なぁんでウチが閉じ込められなきゃ……って、ぎゃああああ! また来たじゃないの~~ぉ!!!」


 せっかく倒されて静かになったというのに、タチアナさんがまたギャースカ騒いだせいでもう一匹寄ってきてしまった。


「ちょっと邪魔だけど、大丈夫、だーいじょうぶ!」

「せや。静かに待っとったらええ」


 さすがにタチアナさんをかまうのが面倒になったのか、やかましさに辟易したのか、ファッサさんとムキムさんは新種の魔物鑑賞に専念している。

 そう。ファンタズゲシュトルが出たとしても、害がないから光魔法が使える人たちに任せる。たったそれだけでいいのだ。


「――グゥフォォォオおオおオおオおオ――」


 そのとき、ファンタズゲシュトルがやけに大きく叫んだ。何だか地面でも揺れそうな鳴き声だ。


(ファンタズゲシュトルって、こんな声も出すっけ?)


「ぎゃあああああ! もう嫌~~!! 帰るぅぅぅ!!!」


 私が不思議に思うあいだも、タチアナさんはファンタズゲシュトルと声で競い合っているのかのごとく叫ぶ。


「タチアナさん、またオバケが来ちゃいますよ。少し静かにしていてください」


 そう言ってはみたものの、彼女には私の言葉は届かないようで、叫んで泣きつづけている。


(……あれ? だいぶ待ったけど、光魔法は? まだ詠唱中かな?)


 私がファンタズゲシュトルのことを光魔法使いさんに任せて、タチアナさんの様子に注意していたけど、一向に魔法が放たれないことに気づいた。

 そのときちょうどカタンと音が鳴り、私は振り向く。

 先ほどファンタズゲシュトルを消してくれた騎士さんが、杖を落とした音だった。


「……は、はは、は……お、おもしろ、い……」

「……え!? あの、どうかしたんですか……?」


 その人は何やらうつろな目をして、膝をついて笑っていた。

 さっきは何も問題なく倒していたのにどうしたというのだろう。

 不思議に思っていたら、今度はぶつぶつとつぶやく声が聞こえたので横を見た。


「……あぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ゲンチーナさんが誰もいないところに向かって謝っている。

 彼女まで、いったい……?


「む、むね~~」

「しり、しり……」


 カップル騎士二人も何やらつぶやいている。

 すると頭上を風が走った気がしたので見上げてみると、なんと騎士団長さんが上空をグルグルと回って飛んでいるのだ。

 皆さんの異常な行動に、私は動揺を隠しきれない。


「え??? 皆さん?? 何がどういうこと?」


 他の人たちもだ。

 周囲を見渡すと、全員が謎の言葉を言ったり、くずおれたりしている。


「――ムフォフォフォフォ――!」


 ファンタズゲシュトルが勝ち誇ったような気味の悪い声を響かせる。

 城壁の上は、私以外の全員がまともに行動できない――いわば戦闘不能状態に陥った。




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