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124: アーリズ防衛戦(西側① ~来たんですか?~



 満月の夜空の下で、鐘が四回連続して響く。


 普段は日に一度も鳴らないことさえあるのに、本日二回目となるこの四の鐘は、ビギヌーの森に染み渡るような音だった。

 今度こそ魔物の大群がこの町にやってきた――と森の木々が風で揺れてざわめいている。

 眼下に広がるその森と、丘へと続く街道が、月の照らす光で容易に見渡せるからそう感じられるのかもしれない。

 さっきまで城壁を明るくしていた松明は、魔物からの集中攻撃を避けるために消していて、今は前線付近が煌々としている。


 さて、魔物たちが丘を越えてくるはずだ。

 私はよく見ようと、頭の上に置いていたハートのメガネを目の位置まで下ろす。

 丘のほうを見たけど、まだはっきりとした姿は確認できない。


 それならば城壁の下の様子を見てみようと思い立つ。

 冒険者や騎士の皆さんの鎧や武器が月の光に反射していることで位置がよくわかり、仲間と話し合っている冒険者たちの様子や、整然と立っている騎士の人たちの様子が窺えた。


 バルカンさんたち『羊の闘志』は城壁寄りの中央の道、ビギヌーの森側にはギルマスがいる。

 騎士の皆さんは、扱う武器によってそれぞれ配置されていた。

 特にアルゴーさんは、例の事件で壊してしまったドアの関係か(もちろん実力もあるけど)前線よりの配置になっている。


「丘の動きはどうかな? ん~、まだはっきり見えないなぁ。背の低い魔物の動きは少しあるけど……あれは蛇……? あ、ガーゴイル発見!」

「あそこの丘は背の高い木も生えていますから、飛ぶ魔物は見えても、地を歩くような魔物はまだ見えにくいようですね」

「あ、団長さん。はい、そのようです」


 団長さんの言うように、鐘は鳴ったものの丘の草木のせいで、ハートのメガネで見てもまだ魔物群の全貌は確認できない。

 でも新種と思われる魔物は巨体という情報があるから、丘を歩いていても比較的簡単に見えるはず。今はまだ後ろを進行中なのかもしれない。


「――へぇ、その変なメガネで見える範囲はそれくらいか」


 すぐ後ろから声が聞こえた。この声はとても聞き覚えがある。


「そうです。って、カイトおっ、さん!」


 振り向くと、やはりカイト王子だった。


「アンタ……、また『おっさん』って言わなかったか?」

「えっ、やだ、まさかっ! 急に後ろに現れたからびっくりしましたけど、おっさんだなんて……!」


 月明かりだけでも青筋を立てているとはっきりわかる王子相手に、「そんな恐ろしいことは言えない、喉がつっかえてしまっただけ」と、『演技』スキルを使って弁解した。

 そう、――もちろん今回は意識して口を滑らせたのだ。

 声ですぐわかったから、間違えたように言ってみたのだ。ちょっとした八つ当たりだ。まぁ、はっきり「おっさん」と言ってしまったかもしれないけど。


 とにかく王子に睨まれても、目を潤ませ足もプルプル震わせ、しらを切り通すことにした。

 これでちょっとは私の気分が晴れたかな、と内心いい気分になっていたけど、そこは王子である彼。余裕を取り戻し反撃された。


「そういえば壁張り職人殿は、例の犯人の手掛かりを見つけたのに横から取られたんだったな~。『くやぢぃ!』と叫んで喉を痛めたのかね。お大事にしてくれ。はははっ!」


 また私の口真似をする王子にいけしゃあしゃあと笑われ、今度は私のほっぺが引きつりそうだった。


「……それよりもカイトさん、わざわざお越しくださったということは一緒に戦ってくれるってことですか?」

「んなワケねーだろ。こっちの立場として、新種の魔物らしきヤツをこの目で見ておかないといけないだけだ」


 先ほどの爽快な笑顔をすぐ消した王子は丘を睨む。

 まなざしをきつくしてそれ以上言わない彼を見た私は、「王子は『未知の魔物』と聞いて、建国祭で現れた不思議な魔物――召喚石に関わりのある魔物――と関係があるのかないのか、直に確認しに来たのでは」と思った。


 でも一緒に戦う気がないなんて……。

 カイト王子の持っている呪いの戦鎚は、石に特攻効果がある。さっきちらりと見えたガーゴイルは、こちらが攻撃すると自身を石に変え防御する魔物だ。

 だからカイト王子が参戦してくれると頼もしいんだけど……。


 そうだ! 今、王子を障壁で閉じ込めて足止めするのはどうだろ?

 ガーゴイルがこっちに来たとき解放したら、さすがに戦ってくれるのでは?

 いや待てよ。当初あの金髪騎士見習いにやる予定だった『障壁に閉じ込めて魔物の引き付け役にしてやろう作戦』を王子にやってもらうのは……。

 いやいや、あとで怒られるだけじゃ済まない。何たって王子様だし。「危険な状況に追い込んだ罪で連行する!」とか言われたら大変だ。

 そもそも王子を閉じ込めたとしても、『隠匿』スキルで気配を消されたら魔物が気づかなくて引き付け役にならない。


(まぁ、王子云々というより、例の武器の「石特攻」がどういうものか見たいだけなんだけど)


 石特攻の効果を見る機会がなさそうでがっかりする私だけど、その後ろから冷たい声で王子を追い出す声がした。


「これから戦闘ですので、戦う気のない王都の方は離れてください。邪魔ですよ」

「おっと、アーリズの騎士団長殿。これは失礼。ブゥモーの坊ちゃんたちはこっちに任せて、ぜひ戦闘に専念してくれたまえ」


 騎士団長に邪険にされた王子は、全く気にしないどころか挑発するように離れていく。ゆったりと、でも城壁から下りることなく北側へ歩いていった。

 城壁の上にいる騎士さんたちも、不愉快そうな目で王子を追う。

 あれ? 団長さんを始め騎士団の皆さんのこの反応、もしかしてカイト王子は騎士団にご自身の身分を明かしてないのだろうか。


「――壁張り職人! 貴女、以前お願いしたことを覚えてないのですか!? 王都から来た男とずいぶん仲がよさそうですね?」


 王子が去れば団長さんの気が済むと思っていたら、今度は私が注意されてしまった。

 というか団長さんの邪険に思っている素振り……これは本当に知らないのかもしれない。

 王子は元々この町に召喚石の件で来たから、完全に身分を隠しているようだ。


「って団長さん、何をそんなに怒って……あっ、例の引き抜きがどうのという件ですか?」


 そうだった。

 以前、「王都への引き抜きの話が来たら断れ」って言われてたっけ。それなら心配ない。


「引き抜きの話は一切出てないですから、安心してください。それに、彼と仲はよくないです」


 王子は引き抜くつもりは全くないのではないかな。私の障壁魔法にはあまり興味がないようだし。

 それよりも、王族と仲良しなんて恐れ多いからやめてほしい。

 それに王都への引き抜きの話があったとして、私にとって不都合な魔道具がある都なんて行きたいはずがない。


「……いいでしょう。ところで貴女が刺されたという矢。まだ見つからないのですが、貴女が持っているのではないでしょうね?」


 ――ぎく。


「私の腕から抜いた矢ですか? いいえ。あのときも言いましたが、持ってません。矢を抜いてもらって、そのまま捨ててあの貴族の人を追いかけました!」

「ふむ。捕まえた日にもそう証言していましたね。……大事な証拠になりますから、見つけ次第騎士団にご連絡くださいね」


 ……よかった。ドキッとしたけど、カイト王子とのやりとりで『演技』スキルを発動したままにしていたから、怪しまれてないようだ。

 実はあの伯爵家の四男が捕まったあと、当然私たちは騎士団に話を聞かれた。

 矢で攻撃されたことは話したけど、例の矢は拾わずに四男を追いかけたと証言をしたのだ。私は犯人に矢をプスっと刺し返したかったからね。

 そういえばあのときは「いつもの嘘発見器魔道具使わないんだ」と思っていたけど、壊れていたからだったんだ。よかった~。


「さ、え~っと、他の魔物来たかな~……」


 私は、もうこの話は終わりと、ハートのメガネで遠くの丘に集中する。


「あっ、グリーンべアやグリーンサーペントがすでに丘を下りてきているのが見えます! グラスアミメサーペントも一匹いるようです」


 王子と話しているあいだに、魔物が進行してきていた。

 グリーンベアは緑の毛の熊で、グリーンサーペントとグラスアミメサーペントはどちらも緑色の蛇だ。グラスアミメサーペントのほうが大きく凶暴なのに、皮の模様が細い草で編んだかのような繊細な美しさがある。皮は両方高値で売れるけど、模様の美しさと倒しにくさでグラスアミメサーペントのほうが高額で取引されていた。

 団長さんは続いて私にこう聞いてきた。


「ファンタズゲシュトルは確認できますか?」


「それらしいのがいますけど、丘の木々のあいだから透けて見える程度です」

「今夜は満月という明るい状況であることから、多少の利がこちらにあります。が、上空は風が強く、雲がこちらに流れて月を隠すと奴らは活発化しますからね。蛇や熊よりはずっと楽な相手ですが、気を抜かないように」

「はい!」


 ファンタズゲシュトル――この魔物は、先ほど『羊の闘志』さんたちと話題になったあの(・・)タチアナさんが逃げ出す数少ない魔物だ。

 その形態は……おっ、その前に――。


「新種の魔物が見えました!」

 タチアナさんが本当は直に見たかったに違いないあの魔物を、メガネ越しに発見した。


「……情報どおり、いえ、それ以上に背が高いです。そして全体的な姿は猿に近いように感じます。動きは……巨体な分、緩慢なようです」


 実は、この遠視ができるハートのメガネを使いつつ『鑑定』スキルも使用していた。ハートのメガネで魔物をある程度視認できれば、『鑑定』で詳細がわかるのだ。

 だから会議で言われていた魔物の特徴をさらに補足できる。


「額にも目があるらしいということでしたが、違います。額に大きなペリドットが付いています! これは、本当に新種ですよ! ……あ、新種の可能性が極めて高いですね……」


 新種の魔物です――と断言してしまったのをその後すぐに濁したけど、『鑑定』スキルで見た私には新種の魔物であると断定できる。

 その根拠は、魔物の種類を『鑑定』するとこう表示されるからだ。



『種類:    』



 魔物の種類の欄が、ぽっかりと空白になっているのだ。

 建国祭のときに出現した未知の魔物は、種類の項目自体なかったけど、今回は魔物の種類の項目はちゃんと存在している。

 魔王様の能力値を見るときのようにおかしな記号にもなってないし、体力や力などの値はちゃんとわかるから、強すぎて見えないというわけではない。


(まるで「新しい魔物の種類を決めてください」とでも言っているかのよう! ご丁寧に空欄にしてくれてる感じ!!)


 団長さんが件の魔物の特徴を、他の部隊や冒険者たちにも伝えるよう指示を出している。


 周囲が沸き立っていると、突然後ろからもっと興奮した女性の声が聞こえた。


「うひょおおお!!! 額にペリドットがついた猿型の魔物ですって~~!? サイッコーー! 絶対に新種よっ、し・ん・しゅ~~!!!!」

「ですよ、ね……? ……え…………あ!!」


 私が後ろを振り返ると、よく知る女性が目を輝かせ、涎も鼻血も垂らして立っていた。




おまけ

カイトの持つ呪いの戦鎚についてはこちら

→087: 呪いの絵画④ ~呪いの戦鎚~


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