120: 会議に参加する④ ~ぐぬぬ、憎らしいお顔~
ドアが上から降ってくる――。
番号のプレートが一瞬キラッと光ったそのドアを、私はただ見ているだけではなかった。
アルゴーさんの尋常ではない表情がこっちに向かってきたから、条件反射で頭上に障壁を張ったのだ。金髪の彼を除く、私の周辺に。
その瞬間アルゴーさんが壊れたドアを振り下ろし、私は自分の障壁越しに、バゴンと大きな音を聞くことになった。
障壁は私たちが座っている頭上と、自分の正面に張っていたので、そのドアは何にも邪魔されることなく、立っていた騎士見習いの頭を完全に捉えた。
騎士見習いは床に膝をつく。
しかしそれで終わらなかった。
そのあとアルゴーさんは彼の後ろ髪を掴んで、ちょうど目の前の高さにあった私の障壁に、顔面を勢いよく押しつけたのだ。
私は騎士見習いのつぶれた顔を障壁越しに見させられた。女性冒険者たちお気に入りのかわいい顔(?)が台無しだ。
アルゴーさんは私の障壁に恨みでもあるのだろうか。――あ、あるかも。
「……き、貴様っ! 何をやっているのですか!!」
騎士団長さんはこの状況に驚き、「つまみ出しなさい!」と乱入者を捕らえるよう指示する。
アルゴーさんは近くにいた騎士の一人を持っていたドアではたいて、団長さんへと近づいた。ドアを持ってないほうの手には、金髪の騎士見習いの首根っこを掴んでいる。掴まれている彼はピクリともしない。完全に気絶していた。
「団長! こいつは……」
アルゴーさんは団長さんにしか聞こえないようにボソボソと話す。
「…………そうですか。とにかく、貴様はさっさと退室しなさい」
団長さんは最初、訝んだ顔でアルゴーさんの説明を聞き、その後すぐ涼しい顔に戻った。
騎士見習いへと一瞥をくれ、アルゴーさんに退室を促す。近くの騎士さんにも何か指示を出していたようだった。
……まさかアルゴーさん、本当にこんな短時間で証拠を見つけたのだろうか。というか、あのドアはいったい……。
疑問が次から次にわいてきた私だけど、目の端に黒い影が動いたので、そちらに意識を向けた。
それはカイト王子が、自身の部下と思われる黒い装束を着た人に、何か小声で指示を出している動きだった。
指示を出された人は、出ていくアルゴーさんたちを素早く追う。
カイト王子の部下の人が室内にいたことにも驚いたけど、それどころではなかった。
王子が私の視線に気づいて、顎を上げ、得意げな顔をしたからだ。
その顔はこう言っていた。
『アーッハハハ! オレの、勝ちだ――!!』
一番、カチンとくる顔だった。
「……むぅっ!!」
うっかり悔しさが喉から出ていたくらいに。
彼の山なりの眉毛も口元も、片方くいっと上がっている。
――本家本元の腹立たしい顔は、ここまで癪に障る笑顔だったとは……!
カイト王子は『聞き耳』スキルがあるから大変耳がいい。
私はそのドヤ顔で、アルゴーさんが団長さんに、重要な証拠を見つけた報告をしたのだと察した。
(ぐぬぬ。私が、最初に怪しいと気づいたんですけどね~!)
カイト王子と勝負していたわけではないけど、あんな顔をされると何だかくやしい。
それに王子の手に渡ったら、私が知りたかったことが聞けなくなるのではと少し焦りもある。
何とかして、王子に邪魔されずあの騎士見習いと話す機会はないかな……。
マーサちゃんのことや、私に矢を撃ったことについてお話を伺いたいんだけど。あと、矢をぶすっとお返しできればなおよし。
では、私も「ちょっと待ったー!」と割って入っていこう。カイト王子に止められたら、彼の頭に障壁を落として気絶させよう。……いや、それは不敬罪、不敬罪……。
「……シャルちゃん。メロディーちゃん関係で何かあったのかい? ふっくっ……」
「えっ! さ、さあ……??」
サブマスは吹き出しているのだか、空気を読んで我慢しようとしているのだか、この状況を知ろうとしているのか、よくわからない口になっている。
同席している冒険者の皆さんも、疑問の表情でこっちを見ている。
冒険者でも、アルゴーさんの顔を知っている人は多いし、彼がメロディーさんの名前を叫んだこともあって、まさか彼が伯爵家四男の仲間をとっ捕まえたとは思いつかないようだった。
いや、ギルマスは耳がいいのでもしかしたら聞こえたのかもしれない。部屋を追い出されるアルゴーさんたちと私を交互に見て、首をひねっていた。
「ん゛っほん! ――失礼しました。こんなときに内輪のもめ事で騒がせましたね」
団長さんは咳払いのあと、あたかも騎士団だけの問題であるという態度で話す。会議も簡潔にまとめて締めくくった。
会議が終わるようなので、私はとにかくあの騎士見習いのことを考えた。
(『探索』スキルで場所はわかるし、私もこっそりついて行こうか……)
という考えをまるで読んだかのように、団長さんは最後にこう言った。
「今回も期待していますよ。壁張り職人殿」
団長さんの目がキラリと光った気がした。
釘を刺されたのだろうか……。
しかし。しかし! 諦めない。
私は団長さんに真面目な顔で返事をしつつ、このあとの行動を考えた。
会議が終わって皆が足早に退室するなか、私も冷静な表情で立つ。
カイト王子が颯爽と出口に向かうのを見た。
(よしよし……)
王子は『隠匿』スキルを持っているから、私の『探索』スキルで追うことはできない。けど金髪の騎士見習いへ向かっているはずだ。
私はすました顔で、頭の上に乗せていたハートのメガネを落とす素振りをした。
テーブルの奥に落ちてしまったかのように、テーブルの下に入り込む。それから『気配遮断』スキルを使った。
テーブルの下でじっとして、会議室をあとにする人たちの足元を確認する。
会議室にいた皆さんは先ほどの出来事が気になっているだろうし、何より魔物が押し寄せてくるのだから、誰も私に注意を向けない。
隣の席にいたサブマスでさえも、素早く退室していった。冒険者さんたちもだ。
皆、私がテーブルの下にいるとは気づかずに出入り口へ向かった。
会議室の出入り口のドアが閉まる。
バタン、と扉が閉まった音を聞いた私は、静かにテーブルの下から這い出た。
(さあ、では私も行こう。――あの金髪騎士見習いの元へ!)
これから戦闘だけど、ほんの少しでいいから彼の様子を見たっていいじゃないか。ついでに質問できればなおよし。
でも、出口の先の廊下にはまだ他の騎士がいるようだ。
私はさっと周りを確認し、一点を見て思いつき、しかしちょっと躊躇した。
だけどやっぱりそこしかないと近寄る。
そう、窓を静か~に開けたのだ。
大変行儀が悪いけど、この窓から出て中庭を通り、目的の場所に向かおう。一階でよかった。
窓の前方中庭には誰もいない。『探索』スキルでも反応なし。
薄暗いから周囲からも見えにくいし、私が中庭を駆け抜けても気づかれにくいはずだ。
そんなことを考えながら窓をまたがり、なるべく音を立てずに着地した。
これなら誰も気づいてな……
「おや~? 窓からおかしな女が出てきたな~」
「……げっ!」
カイト王子――!
「な、な、何でここに……!?」
会議が終わるなりすぐ退室していったのに!
「それはこっちが聞きたいっつーの。会議室からなかなか出ないから何やってんのかと外から覗こうとしたら、なんと窓から出やがるからな! くっそウケるわ~」
先ほど私に見せたドヤ顔でけらけら笑う。
ぐぬぬっ、やっぱり『気配遮断』スキルではカイト王子の『探索』スキルを出し抜けないのか……。
「どうせ、あの金髪の見習いを追いかけようと思ったんだろ? フッハハハハ!! 残念ながら、オレんところが押さえたからな~。近づけると思うなよー?」
王子の挑戦的な顔に、――やっぱりここで、カイト王子の頭上から障壁を落として気絶させようかな、いやいやまずは交渉か――と思ったのもつかの間……。
「壁張り職人、何してる。迷ったのか!?」
「――え! あ、いやぁ、そのぉ……」
近くを通った見張りらしき騎士さんたちに見つかってしまった。
悲しいかな、これによりニヤニヤ顔の王子に見送られながらその場を去ることになった……。
それにしてもおかしいなぁ。
ハートのメガネで運が上がっているはずなのに……あ、テーブルに潜ったあと、収納にしまっていたみたいだ……がっくり。
おまけ。
暗くなりつつある中庭沿いを、一人の騎士がゆらりと歩く。
メロディーの旦那アルゴーだ。
ドアを持って、とある人物を探していた。
シャーロットは気づかなかったが、アルゴーの甲冑の中に、とある証拠書類も入っている。
「あ~い~つ~! いけしゃあしゃあと騎士団に潜り込んで~! しかも、メロディーを脅すとはっ。万死に値する!!」
記憶がねじ曲がってしまった男は、とある一室に目を移す。
会議室だった。
外は暗いが、会議室は魔道具のおかげで煌々としていたので中の様子がわかった。
アルゴーが別の方向へ行こうとしたとき、彼の目にそれが映る。
シャーロットの近くにキンキラと輝いている頭が見えたのだ。
横顔は、アルゴーが先ほどドアをぶち破った部屋の主のものだった。
実は、シャーロットが王子の顔マネをして呼び寄せたとき、ちょうどアルゴーの立っている角度から見えていたのだ。
「見つけたぞ……! 殺す! いや、メロディーが怖がる……だから捕らえる。俺はメロディーを愛す! メロディーから、もっと愛される~~!!」
彼は会議室へ猛ダッシュで走っていった。