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119: 会議に参加する③ ~飛んで火に入る夏の騎士見習い~



 青い光が、鐘の音の名残がある空に輝いている。

 西からの魔物を待ち受けているこの町に、スタンピードも起こる事態になってしまったということだ。それも――。


「くそっ、数も多いじゃねぇか!」


 会議室の誰かが叫んだ。

 青い光の数が「数、極めて多し」と伝えていたからだ。


「先にスタンピード戦、次に西からの魔物群戦という流れになるのか!?」

「連戦……そんな都合よく西のやつらが遅れてくるか?」

「ってことは東西に分かれて戦う……か」


 会議室は騒然となった。

 スタンピード戦を先に行い、それから西へ向かい連戦とするか、配置している部隊をスタンピード側に振り分けるのか、と。


 連戦は厳しいものがある。

 アーリズは大きな町だから、東側のスタンピード戦を終えてから西へ向かうのは時間がかかりすぎる。それに、西の魔物群の動きははっきりとわからず、予想以上に早く到着することもありえる。

 残るは西の戦力を東へ分けるということだけど、隣の領を侵略した魔物群相手では人選が難しい。


「失礼します」


 そもそも何の魔物が来るんだ、と情報を待っていたところに一人、金髪の若い騎士見習いが入室した。


「報告。テーブル山ダンジョンからやってくる魔物は――燃えさかる雑巾です」


 その騎士は、恥ずかしげもなく堂々と「燃えさかる雑巾」と報告する。

 燃えさかる雑巾。

 これは別に、普通の雑巾が燃えているわけでも、報告している彼が魔物の名前を忘れたわけでもない。


 実際に魔物名が、“燃えさかる雑巾”というのだ。

 火がついた雑巾に見えることから、その名がついていた。以前町を襲ったマルデバードの名前の由来のように、見た目から名づけられた魔物だ。

 厄介ではあるけど、会議室内の反応はこうだった。


「だから数が多いのか……なるほどこれは、不幸中の幸いか」


 皆、安堵のため息をついたのだ。

 なぜ数多く押しかけてくるのに、希望があるといった反応なのか。

 実はこの“燃えさかる雑巾”という魔物は、上位ランクの冒険者たちががっかりするほど弱いのだ。弱い魔物の区画はもともと数が多いので、スタンピードの際も大勢溢れてくる。

 簡単に倒せるけど戦いがいはなく、数が多くて面倒くさい――とテーブル山ダンジョンのスタンピード戦では、やる気をなくす魔物として有名だ。


「――東は僕が行こう」


 私の隣で何やら考え込んでいたサブマスが手を上げた。

 この魔物を倒すときは、火に気をつけつつ中心の核を壊せばいい。「雑巾」とはいうものの、本物の布ではないから燃え尽きるのを待っていても倒せない。攻撃方法の一つとして、水魔法で水をかけ、再燃する前に核を壊すという方法を取る。


 その点サブマスは水魔法が使える。だから会議の参加者たちが名案だと言い、団長さんは予備戦力の中から幾分かの隊を預けようとした。


「いや、そこまでは必要ないね。あの子たちを連れていくから」


 あの子たちとは……。

 ギルマスがまさか、とつぶやくとサブマスは頷いた。


「そうさ。学園生たちを連れていくよ。全員この町に残ってしまったのだからね。まったく……、今年この町に来たのは、頑固で勇敢な子たちばかりだ」


 会議室はまたもざわついた。


「……帰らせてなかったのですか」


 騎士団長さんは怪訝な顔をした。魔物が町に来るとわかっていながら学園生を町に残していたのか、と。

 ギルマスはついさっきギルドで展開されたことを思い出したのか、渋い顔をする。


「学園生全員にごねられたんだ。……ただ、学園生を連れていくのは悪くない」


 ギルマスは別に、学園生たちの根性を認めてスタンピードに参戦させようと、安易に考えたわけではないはずだ。

 燃えさかる雑巾のスタンピード戦はかなり難易度が低い。いつもはCランク以上の冒険者が参戦することになっているスタンピード戦だけど、この魔物が出てくる場合はEランクの冒険者でも参戦できることになっている。


 アーリズの町に来た学園生たちは、CランクとDランクだ。

 しかもたまたま(・・・・)一人も帰ることなく、全員アーリズに残っている。


「それでは、後方支援部隊を少し東寄りにしましょう」


 団長さんが配置を修正する。

 戦闘時は西の状況を随時、光魔法で知らせるので確認を怠らず、危険であれば即城内へ逃げ込むよう念を押した。


「西では戦えない奴らを東に回そう」


 ギルマスは西側では活躍できそうにないランクの低い冒険者たちを、スタンピード戦に参加させることにした。


(そっか。こういう状況ならコトちゃんたちも戦えるね)


 私はコトちゃんの『閃き』スキルを疑っていたわけではないけど、今回の西門の戦いではとうてい学園生の参戦は難しいと思っていた。

 それでもコトちゃんが「ボクたちも戦うっす!」とはりきっていたので、いったいどうなるのかと少し疑問に思っていたのだ。まさかこういう参戦の流れになりそうだとは。ところで――。


「イパスンさんでしたっけ。何か、私に用でも?」


 私は、先ほどスタンピード情報を伝えに入ってきた若い金髪の騎士見習いに向かって、小さく言った。

 そう。この会議室に入ってきたのは、あのイパスン――本名ルレバー・デココだったのだ。

 すぐ退室するかと思った彼は、ありがたいことに私のほうに近寄ってきてくれた。――いや、実は私が彼に、熱い視線を送っていたからなんだけど。


「そっちこそ……」


 彼も小さくつぶやく。なぜ彼は、のこのこと私のほうへ来たのか。それは私が彼に視線を送りながら、声を出さず口だけでこう言っていたからだ。


 ――あなたの秘密、知ってますよ――


 室内には地獄耳のカイト王子がいる。だから王子には見聞きできないように口元を会議の資料で隠して、騎士見習いに向けて口を動かしたのだ。うまく伝わったようだ。

 燃えさかる雑巾の移動速度は極端に遅い。室内は作戦会議に集中していて、私が彼に小さく話しかけていることは気にされていない。


「おやおや、顔色悪いですねぇ。何か心配事でも? ご家族は避難(・・)されているのでしょう?」


 私は彼の冷静さを剥ぎ取ろうという狙いと、一応の確認のためにこう言ってみた。

 ギルドで初めて彼を見て、すっかりデココ家ゆかりの者だと信じてしまったけど、もしかしたらたまたま同じ名前というだけかもしれないと思い直し、彼に鎌をかけることにしたのだ。


「な……何をっ」


 彼は私を見て、何やら苦虫を噛み潰したような顔をした。

 いい反応だ。これは領を逃げ出したデココの領主と関係ありかな。

 

 実は私は、ただ鎌をかけてもしらを切られるかもしれないと思って、さらに『演技』スキルも使っている。いつもは私がしらばっくれるときに使う『演技』スキルだけど、今回は私に不愉快な感情を抱かせてみようと、とある人物をお手本にしてみた。

 それこそカイト王子だ。

 彼のような何だか腹立たしい、ふてぶてしい雰囲気をまとわせて演技をしているのだ。


「どうしたんです~? ――大丈夫ですよ。私はどんなに矢を浴びても、どこかの領主のように逃げたりしません。ふふん」


 カイト王子のようにニヤニヤと笑ってみた。――と思う。ちょっと鏡を確認したいなぁ。


「そ……れは……っ」


 おお、成功したようだ。彼は動揺しているように見える。

 私は眉毛も意識してみた。カイト王子の腹立たしさは眉毛の動かし方にも表れていたはずだ。

 しかし、なぜ私がこのようなことをやっているのか。

 それは、アルゴーさんのスキルの効果が知りたくていろいろ発破をかけたけど、私が捕まえたっていいじゃないか、と思ったからだ。偶然といえども、せっかく向こうからこの部屋に来てくれたのだし。

 だから私からも仕掛けてみることにしたのだ。


(……でもとりあえず、彼にちょっかいを出すのはここまでにしようかな)


 この会議室では彼も大きな行動には出ないだろう。


(そうだ。こんなのはどうだろ)


 会議が終わって西門に行く道すがら、私が一人になるように歩いてみるのだ。彼にはそんな無防備な私を襲いたくなるだろう。

 私はそれを悠々と待ち受けて、瞬時に彼を障壁で捕えるのだ。


 そのときは適当に「痴漢です」と騎士団に訴え、罰として囮に使う!

 前回のマルデバード戦のタチアナさんのように、この騎士見習いを透明な障壁で囲んで、やってくる魔物のど真ん中に置いて囮作戦を実行するのだ。

 これなら捕縛と矢の仕返しが同時にできていいではないか。

 騎士団も冒険者も戦いやすくなる。


 さあ、――タチアナさんは魔物に囲まれて楽しそうだったけど、あなたはどうですかね――。


 こんなことを考えつつドヤ顔を保っていたら、会議室の前が騒がしいことに気づいた。

 瞬間、その扉は勢いよく開いた。扉の前で誰かが怒鳴る声とともに入ってきたのは――。


「イ~パ~ス~ン~!!!!」


 突然入室した騎士は目当ての人物をすぐ見つけ、走る。

 彼は目を血走らせ、息を上げ、なぜか片手に、どこかの部屋の物だと思われるドアを一枚持っていた。端を握り潰すように掴んで、大声を上げながらこちらに接近してくる。


「俺のメロディーをっ、よくも~~!!!」


 会議室に乱入したのは、アルゴーさんだった。

 彼は私の目の前――いや、金髪の騎士見習いまで大股で駆け寄ると、蝶番が壊れたドアを両手で持ち、勢いよく振り上げた。



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