117: 会議に参加する① ~ハートのメガネ~
「――シャーロット、やったわね。千里眼メガネ……だったかしら。このダンジョンで稀に出てくるとても珍しいお宝よ」
本当だ。遠くまで見渡せるメガネって『鑑定』でも確認できるよ。
でもね、正確には稀に出てくるんじゃなくて、精神の値を10000以上持つ人が、このボスの領域にいると出現するみたいだよ。
「へぇ、条件が揃うと出るお宝なのね。『鑑定』スキルってそんなこともわかるの。精神が10000以上……、ようはシャーロットのおかげってことね。じゃあ、それはあなたが持ってなさい」
うん。でも……このメガネ結構派手だね。ハート形で色も真っ赤だよ。使うとしても皆に注目される覚悟でつけないと。
「ぁーと形? アース物語ではそう言うのね。どちらにしても私には使えないようだからシャーロットの物よ。とりあえず収納魔法にぽいって入れておきなさい」
うん。何かで必要になったら使ってみるよ。入れっぱなしにして忘れちゃいそうだけど。
「いつか使……ゃ……」
ん? どうしたの?
「……と……シャ……ゃ、まさか…………い?」
あれ、聞こえないよ――。
「なぁに、おかあさん……?」
「……誰が『おかあさん』だい」
「…………えっ」
私がその声で目を開けると、前方に何十人も囲める大きなテーブルがあった。空気は少し張りつめていて、慌しく会議の用意をしている騎士が目に入る。
横からサブマスの呆れた声が聞こえた。
「まったく。真剣に読んでいると思ったら、まさか寝ていたとはね」
そうだ、町に来襲する魔物のことで、騎士団と冒険者とで合同の会議をするんだった。
魔物の集団は、夜に町に着くということで、空が藍色になりかかっている現在、会議前に資料を先に読んでおくように言われていた。対処の仕方を思い描いていたところ……私は少し寝てしまっていたってことかな。寝言で「おかあさん」とは恥ずかしい。
「サブマス……まだ会議始まってないですよね」
「そろそろ始まりそうだから声をかけたんだよ」
珍しく彼が笑ってないということは、私はよだれを垂らしてなかったということだ。よかったよかった。
「……サブマスの戦闘用の装備って、なかなか見ないから新鮮ですね~」
私は恥ずかしさから、おかあさんの髪と似た色を持つサブマスに、ごまかすように話す。
サブマスの戦闘服はギルドの制服と似た色味だから、それほど印象は変わらない。しかし動きやすそうで、以前から愛用している物のようだった。「魔力」と「知力」が主に上がっている。
さて、サブマスはなぜここにいるのか。ギルマスのように指名依頼が来たわけではない。珍しく戦闘要員として会議に出席するのだ。水魔法が使えるから今回は後方で参加するらしい。
もしかしたら昔は冒険者などをやっていたのかもしれない。サブマスの職業欄は、冒険者ギルドの職員であることしか記載がないけど、『鑑定』スキルの職業欄というのは、日が経つと以前就いていた職業名が消えるのだ。
(あ、サブマスの装備で思い出した)
私は自分の収納魔法から、縁がハート型のメガネを取り出した。
さっき見た夢――冒険者時代にダンジョンで出てきた、千里眼メガネだ。
ずっと収納魔法に入れっぱなしにしていたから忘れていた。たぶんアルゴーさんの『愛のチカラ』スキルで思い出したんだろうなぁ。愛=ハートといった単純な理由ではあるけど。
そのメガネをかけてみた。
これは「千里眼メガネ」と言うだけあって遠くの様子が見える。
ためしにメガネ越しから窓の外を見てみると、広い演習場の小山になっている頂上で、光魔法使いさんたちが準備をしている様子が窺えた。手元の杖までしっかり見て取れるのだ。これがなければ人がコメ粒くらいにしか見えないだろう。
彼らは拡声魔道具が使えない今、光魔法の色や量などで方角や規模を伝達することになっている。光を空高く飛ばして町全体に広く、できるだけ詳細な情報を伝えるため待機しているのだ。
「――ぷっ。寝てると思ったら今度は変な物出しやがった。……それ、千里眼メガネってやつだろ?」
「あ……カイトさん」
片眉と一緒に口の端も上げて話しかけてきたのは、私の席の斜め向かいに座っていたカイト王子だった。
先刻はギルドに無断で入ってきた彼は、私が居眠りしているあいだにこの会議室に来ていたらしい。
「そうですよ。おかあさんと旅をしていたときに手に入れた物なんです」
私はそのメガネをつけたまま答える。
王子は「ふぅん」と、興味があるのかないのか、わからない表情で鼻を鳴らした。
王子にも席が設けられているようだけど、まさか一緒に戦ってくれるわけではないだろう。王都に重要参考人を連れていくから、この町の防衛について聞きたいといったところかな。
「ぶくくくっ」
隣ではサブマスが吹き出しているけど、こちらはいつものことなので気にしない。
今夜は晴れた満月の夜といっても、日中とは比べ物にならないほど暗い状態で戦闘が行われるのだ。私には、カイト王子が持つ『遠視』スキルなどがないから、遠くが見える装備があると状況を把握しやすいはずだ。
(それにこのメガネは「運」も上がる。戦闘中はいい方向に流れが来るかも!)
私は、まだ小刻みに揺れているテーブルをあまり気にしないようにして、手元の読みかけの資料に目を通す。町に進行している魔物の資料だ。……って、メガネをかけると字が読みにくいから、頭の上にかけておこう。
さて資料には、タチアナさんが興奮ぎみに話していた魔物についても記載してあった。
新種の魔物と言うから、私は以前見た『お菓子な魔物(正式名称が決まってないのだから、とりあえずそう呼ぶ)』と関係あるのでは、と思わないでもなかった。けどこちらの資料と、ギルドで見た資料の両方を確認したことから、その不安を少し解消させる。
それというのも、その魔物は毛が生えていて、猿に似ている大型の魔物だったからだ。
例の『お菓子な魔物』は、毛が生えておらず、身体は光っていて首のない姿だった。今まで見たことがなく、かなり異質な魔物だったことを比べると、今回町にやってくる魔物は、古い『魔物図鑑』を調べてみようと思うくらいには、姿かたちになじみがあった。
それではなぜ今回、その魔物を新種か否か調べるに至ったのか。それは猿の魔物にしては体長が大きすぎたからだ。
猿系の魔物はいろんな種類がいても、大体は体格が小さく、大きくても大型の獣人族より少し大きいくらい。ところが今回は、その獣人族の二~三人分ほどの背格好で、その額は少し光っていたらしいのだ。
確かにそのような魔物は『魔物図鑑』に載っていない。
「――さて、では始めましょうか」
資料に集中していたら、鳥人族の騎士団長さんが入ってきた。この会議室の出入り口は天井が高く、扉も大きい。団長さんは堂々と入室する。
各々席に着く音が響く。
スタンピードのときにいつもお世話になっている魔物討伐隊長さんはもちろん、それぞれの部隊の隊長さんたちや、指名依頼でやってきた私たち冒険者(パーティーであればリーダーのみ出席)が座る。
「早速ですが……」
「おぅ待て。その前に、この指名依頼をなんで俺たちに出したのか説明しろ」
騎士団長さんが本題に入ろうとしたところ、バルカンさんが例の指名依頼の手紙を軽く掲げて遮った。
おまけ。
今回のと、コミック版のchapter9(https://www.yomonga.com/title/883)で、
おかあさんについてピーンとくるかも??