116: 魔物が来る、その前に⑤ ~『愛のチカラ』の実験だ!~
「愛」も「殺」も出てくる摩訶不思議な回
妻が震えていたと聞いたアルゴーさんは叫んだ。
「メロディーを慰めねば! いやっまず先に、あいつを――ぶっ殺す――!!」
この行動が少し予想できていた私は、今にもあの騎士見習いを追おうとするアルゴーさんの正面を障壁でふさいだ。
「まぁまぁ、落ち着いてください。アルゴーさん、例の犯人の関係者は王都に引き渡すんでしょう?」
「メロディーに害を成すものは万死に値する!!」
害って……メロディーさんが震えていただけじゃないですか。それに本当はあの騎士見習いのせいじゃなくて、魔物が町に来ることに対してだし。
とにかく、あの騎士見習いは、今回王都で起きた事件の重要参考人となる可能性がある。カイト王子も王都に連れていくと言っていた。
「でも……メロディーさんは血にまみれた旦那さんを見たいと思うでしょうか。それこそメロディーさんに避けられかねないですよ」
「……むぐっ……。メロディー……メロディーは繊細だからな」
はいはい。思いとどまってくれてよかったです。
「ふむ。……それで壁張り、そもそもどういう経緯でそんなことがわかったのだ」
アルゴーさんのその質問で彼が冷静になったと判断した私は、即席で考えた嘘八百をつらつらと語った。
「あの……私、そのときたまたまギルドの二階にいて窓の外を見ていたんです」
緊張感のある表情を維持して、重要なことを話す雰囲気を心がける。
「そこに騎士の人の鎧らしき陰が見えました。またアルゴーさんかな、と思って障壁の用意をしたんです。脅かしてやろうと思って」
「む……」
アルゴーさんは少し複雑そうな顔をするけど、私は続けた。
「そのとき小さくて聞き取りづらかったですけど、こう聞こえました……」
――ルーアデ・ブゥモー様に依頼を受けさせないからこんなことに……。デココ家のために自分が何とかしなければ――。
「その人物はそれから窓を離れて、ギルドの入り口に移動しました。金髪だったことも気になって、すぐ一階に下りたんです。それがあの騎士見習いの人でした」
……即席で考えたにしては、まあまあの出来じゃないかな。たぶん。
二階で見たことにすればアルゴーさんがあとでメロディーさんに確認を取っても、ずっと一階にいた彼女には知りようがない。
まぁ、あの金髪騎士見習いが捕まったら、私の嘘がバレる可能性があるんだけど……。それはそのとき、なんとかしてごまかそう。
「旦那さんもご存じかもしれませんが、あのルーアデ・ブゥモーは冒険者ギルドにて堂々と規則違反をしようとメロディーさんのカウンターに訪れました。しかし、彼女に見破られ追い出されたのです。あの騎士見習いさんはデココ家の関係者として、それを逆恨みしたのかもしれません」
こんなにペラペラと言えるなんて、『演技』スキルの精度が上がったのかな。
そんなことを思いながら彼の「力」の値を観察する。上がったままで下がる様子はない。彼の気持ちが冷静になったからといって、すぐに戻るわけではないようだ。
今日のアルゴーさんは、メロディーさんを見ると力が湧いてくると言っていた。あのときはたわ言だと思ったけど、スキルの力だったんだろうなぁ。
彼の愛が溢れて「力」が上がっている、ということだろうか……って私は何を言っているのだ。あ、それならこれはどうかな。
「そこでですよ、アルゴーさん。メロディーさんは、こういった難しい問題に知恵を使って解決する旦那さんを見て、新たな一面にますます心ときめくかもしれませんよ?」
「心……ときめく……」
アルゴーさんの目が輝いたけど、私としては『心ときめく』という言葉で自分の口が曲がらないか心配だった。
でもこれはスキルの実験……もとい、初めて見るスキルを活かしてあの見習い騎士の正体を明らかにするのが一番大事なことだ。
それをするのはアルゴーさんでは心配だけど、というか矢のお返しをしたいから私がやりたいところだけど、時間がない。それに騎士という職業柄、彼のほうがいろいろ立ち回れるはずだ。
「王太子様暗殺未遂の関係者を、頭を使って解決するアルゴーさん……それはきっとメロディーさんの目にはかっこよく見えることでしょう!」
私はますます口が曲がりそうだったけど、何とかこらえた。
それに加えて、メロディーさんには避難してもらうのだからあの騎士見習いに襲われる危険はない、と心置きなく調査するよう言う。
そんなことをしながらアルゴーさんの力以外の能力値を観察してみたものの、特に変化は見られなかった。「知恵」や「頭を使って」という言葉を使ったから「知力」などが上がるかな、と期待したけど難しいようだ。
でも彼の内側からはやる気があふれ出ているのがわかる。
「壁張り、俺はやるぞ! メロディーからもっと愛される男になる!!」
がんばってください……。
私は少し不安に思いつつも、堂々と歩き去るアルゴーさんを見送った。
まぁ彼がすぐに解決できなくても、彼の口から上の人に報告してくれればいいのだ。……報告、してくれるかな。
いや、もうあとは任せて私は早く戻らなくては。なぜなら『探索』スキルで確認すると、ギルマスがギルドの一階で待ち構えているのだから……。
「こら、シャーロット! こんなときにどこほっつき歩いてるんだ!!」
案の定叱られた。
「すみません! ……あ、メロディーさんもすみません。本当に申し訳ないと思っています……」
私はギルマスに続き、彼の陰にいたメロディーさんにも謝った。いきなりギルドを出てしまったことと、彼女の夫であるアルゴーさんでスキル実験をしていたからだ。
ゲイルさんのような冒険者さんたちで実験したことはあるけど、まさか騎士にまで手を広げてしまうとは。反省が必要だろうか……。
「いえ、よっぽど大事なことをお聞きになりたかったのでしょう? ……それで、お話は聞けましたの?」
ん? 話? ……そうだ忘れてた! あの騎士見習いが持ってきた手紙の内容に質問があるからと、ギルドを出たんだった。
「えっとぉ、追いかけたんですけど、見失ってしまって……」
口実に使ったとはいえ、確かにこの手紙には疑問に思う点がある。
だから私のこの返事を聞いて、近くにいた冒険者さんも不愉快そうに私のもとへ近づいてくる。もちろん私のことが不愉快なのではない。私がもらった手紙と同じ内容のそれを渡され、怒りを表しているのだ。
「確かにこの内容には説明がほしいところだよなぁ? シャーロット」
「わかるぞ」と手紙をくしゃりとつぶしたのは、例の『魔力を力に変換』スキルで実験させていただいたゲイルさんのパーティー――『羊の闘志』のリーダーであるバルカンさんだった。
「この内容……騎士団は俺たちを馬鹿にしてんのか? と言いてぇよな」
バルカンさんは、その内容を「馬鹿にした」と捉えたようだ。なぜなら肝心の手紙には、こう書かれているからだ。
『指名依頼をする旨を伝える。
ここアーリズに魔物が大群で侵攻しているのは周知の事実である。
ついては、我々騎士団とともに参戦くださるよう依頼するものである。』
この手紙には他に、早急に会議を行うので参加することや、かなりの報酬額が記載されている。それでもかなり簡潔な内容だった。まるで急いで必要なことのみを書いたかのようだ。
バルカンさんの手紙も同じ内容が書かれているのだろう。「指名依頼を出さねぇと、俺たちが逃げるとでも思ってんのか?」と彼は少し怒っていた。
スタンピードの際、必ず冒険者たちも参加する。
今回、いくらスタンピード戦よりも強い魔物が襲来し、しかもスタンピード戦とは反対方向から来るとしても、わざわざ指名依頼を出してもらうほどのことではないはずだ。
これでは『報酬をたんまりをあげるから、頼むから逃げないで、町を一緒に守ってください』と言っているようなものだ。冒険者たちが弱腰になっているのではないか、と危惧しているようにも受け取れた。
「よし、シャーロットも戻ったことだし、あっちで聞くとしようや」
ギルドマスターであるギルマスはもちろん会議に出席する。すでに戦闘準備をして、他の冒険者の人たちと私を待っていたようだ。
(申し訳な……ん? ギルマスもあの手紙をもらっているみたいだ)
ギルマスも持っていたことで、他に誰が手紙をもらっているのか気になったけど、それより先に私の正面に人が立った。
「シャーロット……」
フェリオさんだった。
……そっか、例の約束!
「フェリオさん、任せてください。魔物は一匹たりとも町に入れませんよ!」
フェリオさんの元から堅い口を、さらに堅くするために私はがんばります!
「うん」
フェリオさんは満足げに頷いた。
このやりとりでメロディーさんとも目が合ったので、彼女には私から助言をした。
「メロディーさん。もし出撃までに旦那さんと話す機会があれば、彼に言葉をかけるといいですよ。『がんばって』と言うだけでも違うと思います!」
メロディーさんからの声かけで、旦那さんの能力値がどう変わるのか気になったものだからそんなことを言ったけど、メロディーさんは真剣な顔だ。
「シャーロットさん……ええ、そうしますわ。でも私はシャーロットさんも、皆さんもご無事に帰ってきてほしいと思っていますの」
「メ、メロディーさん……」
真正面から真摯な目を向けられた私は、邪な考えに申し訳なく思ってしまう。
そして、そんな真剣な様子はメロディーさんだけではない。
騎士団との会議に向かう冒険者さんたちと一緒にギルドを出ると、それを通りで見ていた人々が声を張る。
「がんばってくれよ~!」
「信じてるぞ~!!」
これから戦闘に出る冒険者たちを、皆が応援していたのだ。
通りを歩いていた人は立ち止まり、去ろうとした人もわざわざ振り返り、二階にいる人は窓から声援を送る。
「壁張りの嬢ちゃんもがんばれ~!」
「壁張り職人ーー! 城壁を頼んだぞ!」
という声援も聞こえた。「その呼び方はやめてください」とは言っても聞こえなさそうだし、誰が言っているかもわからないので、仕方なく周りを睨んでみる。
「うおおお! やる気十分だなー!!」
「頼もしいぜ~!!」
逆効果だった……。
しかしこの声援で、私たちは気を引き締めたのだった。