115: 魔物が来る、その前に④ ~とりあえずメロディーさんの名前を出してみた~
喧噪が少しこもって聞こえる路地裏にて、アルゴーさんは焦り気味に近づいてくる。日の届かない細い場所だから暗いけど、彼の焦りに似た表情はちゃんと見えた。周りに人の気配もないことから、彼はそのまま声を張らずに私に聞いた。
「矢で攻撃した相手の顔は見てないのだろう? イパスンは金髪だが、だからといってわざわざ追いかける理由にはならんな」
「私、そのイパスンとかいう見習いさんを追いかけているとは言ってないですよね?」
「あ! ……う……む、そのなんだ……」
アルゴーさんはしまった、という顔をして口をモゴモゴとさせている。これでは、私にあのイパスンという見習い騎士を追いかけてほしくないと言っているようなものだ。
私はその様子を見つつ、彼の持つ『愛のチカラ』とかいうスキルを改めて確認した。
いつから所有していたんだろうなぁこのスキル。全然気づかなかった。どういうスキルなんだろ。
「ということは……あの見習い騎士さんは、誘拐に加担していないという確固たる証拠があるんですね? あの嘘がわかる魔道具でもう潔白が証明されているってことですか?」
イパスンという偽名を名乗る騎士見習いは、今回の件では無関係とされているのだろうか。なるほど、それでは私の早とちりだったのかもしれない。
じゃあ敵対勢力であるデココ家の関係者を入れているのは、下調べされた結果それを承知で、または特殊な理由で入っているかな――と思っていたのだけど。
「んが!? あ……、あぁ、あの魔道具な、そうだな。うん」
アルゴーさんの様子がぎこちない。
「……何か、隠してます?」
今度は私が彼に詰め寄った。彼の後ろに障壁を配置して逃げられないようにし、正面にも障壁を出して前からも後ろからも障壁を狭めていった。
「なっ、魔法を使うのは、町を守るために使うべきでは……ぐふっ!」
彼の背後と正面の障壁をゆっくり狭めていったところから一転、思いっきり素早く狭めた。
これから町を守るのに、背後――あの騎士見習いの動向がいちいち気になっては大変だ。だから、さっさと吐いてもらおう! 早くギルドに戻りたいし。
「ぐへぇっ! ま、待て、ちょ……!」
「話す気になりましたか?」
彼だってこれから町を防衛することになるから、多少は手加減した。しかし前後から勢いよく挟まれたことでアルゴーさんはよろめく。
「い、いくら壁張り職人といえども……ごふぇ!」
「……それでは交換条件として、さっきまでのメロディーさんの様子を聞きたくないですか?」
「メロディーの……! いやそれは……ぬぬぬ、わ、わかった。――内緒だぞ」
私は旦那さんの『愛のチカラ』についての検証も兼ねて奥さんの名前を言ったけど、彼の力や速さの数値は変動しなかった。当たり前か。というか旦那さん、こんな条件で情報を言ってしまっていいのかな……。
「実はな、嘘を見破るあの魔道具は、壊れたのだ」
つぶやくように、でもはっきりと言った旦那さんの話だと、どうも前回のスタンピードでマルデバードに壊されたのは拡声魔道具だけではなく、あの嘘がわかる魔道具まで壊されたらしい。
「それならそうとお知らせくだされば……あ、それはだめですね」
嘘がわかる魔道具が壊れて使えないと知れ渡ったら、魔が差して悪いことをしてしまう人が出るかもしれない。治安を保つのが難しくなってしまう。
アルゴーさんは頷いて続けた。
「現在、例の件で怪しいと思われている人物が、騎士団の中に数人いる。だがそんな事情があるから今は本人たちに内緒で見張り……泳がせているのだ」
私は『探索』スキルで再度確認してみた。確かに二人ほどの騎士が、あの騎士見習いを尾行する動きをしている。
「ということだから、今回壁張りはおとなしく我々騎士団に任せてくれ」
……騎士団の問題に首を突っ込まないでくれということかな。
身内の中に、ずっと敵対していたブゥモー家の味方をする者がいるかもしれない――というのは、確かに騎士団内部で片付けたいことかもしれない。
「まぁ、今のところあの見習いは変わった動きをしていないらしいから、奴ではないかもしれんな。さあ、メロディーのことを教えろ」
そう言うアルゴーさんの楽観的な様子に私は不安になった。あの見習い騎士がデココ家と関係があり、もしかしたらスパイ活動をしているかもしれないのに、騎士団側はそれに気づいてないのだろうか。
騎士団に入団するのに身元調査はすると思うけど、巧妙な手口を使ってアーリズの騎士団にまんまと入団したのだとしたら……。
そう思うと、騎士団にそのまま任せるのは不安だ。あの騎士見習いは『探索』スキルも持っているから尾行に気づいているはず。なかなか尻尾は出さないだろう。かといって町が危機的状態の今、私が騎士見習いをずっと監視するわけにもいかない。
さあどうしたものか。あれ、そういえば……。
「嘘がわかる魔道具が壊れているのはわかりましたけど、今はともかく入団試験のときには使わないんですか?」
そうすれば今、不安になることはなかったのではないか。
しかしそれは否定された。あの魔道具は使用するのに時間などの制限があるらしく、犯罪などの取り調べ以外ではまず使われないらしい。
(さて、どうしようか……)
じゃあよろしく~、などとのんきなことは言えない。町の防衛中にまた矢で攻撃してくる可能性だってないとは言えないのだから。
私は、奥さんのことを聞きたそうに待っているアルゴーさんを横目に考える。
……メロディーさんか、そうだ! こういうのはどうだろう。まずは『演技』スキルを発動させて……。
「――アルゴーさん。そのことなんですけど……実は……ここだけの話ですよ? 私、聞いちゃったんです。イパスンって人……デココ家の関係者じゃないかって思うような、疑わしいことを言ってて……」
私は大変言いにくそうに、困った顔を意識して、アルゴーさんをちらっと見た。
「……デココだと?」
彼は真面目な顔をして一歩近づく。
よかった。名前を覚えないアルゴーさんでも、さすがにデココ家の名前は覚えていたようだ。では続いてこう言ってみよう。
「それに彼、メロディーさんのことをやけに睨んで……あっ、いえ、何でもないです……!」
私は――うっかり言っちゃった――と自分の口をふさぐ動作をした。
アルゴーさんはそれを見て、私の予想どおりの反応をした。
「なっ、メ、メロディーをにら、睨むぅぅう?!?」
「はい……。メロディーさんもその視線に怯えて……」
「怯えて!?」
「震えて足が動かない様子でし……」
「んなああああにぃぃぃ?!?!」
私はアルゴーさんの絶叫を煩く思いながらも、困った表情を続けた。
アルゴーさんを『鑑定』スキルで見ると、彼の「力」の値がどんどん上昇していくのがわかる。
『愛のチカラ』スキルってやっぱり『メロディーさん』が鍵になるんだなぁ。
(……あ、でも力の値だけか。このままでは騎士見習いのところまで走って、ボコボコにするだけで終わってしまう)
それでは何の解決にもならない。時間がないからあの騎士見習いの正体を暴く証拠を見つけることはできないだろうけど、せめて町の防衛時には邪魔されないようにしてもらわないと。
何とかうまく言って、今にも飛び出していきそうな旦那さんを抑えなければ!!
メロディーの旦那ってどんな奴だっけ、と思った方、
初回→021話
珍しく真面目に仕事→053~054話
お家で食事会編→056~059話
持ち場を離れる回→074話
つい最近→104、107話
をご参考くださいませ。