114: 魔物が来る、その前に③ ~騎士見習い~
金髪、青い瞳、若く少しかわいげのある顔立ち――。この騎士見習いイパスン(本名ルレバー・デココ)は、まるで前世で言うところの「王子様」といった外見だった。この国には金髪の王子様はいないから共感されないけど……。とにかく、一介のギルドの受付嬢を突然攻撃するような人には見えなかった。でも、だからといって気は抜かず彼をじっくり見る。
「――その手紙は、指名依頼だ。早急に渡してくれ」
メロディーさんにそう伝える彼に、代わって私が返事をする。
「しっかりとお渡しします。ところで、あなたがイパスンさんなんですね~。――はじめまして」
まず私に対して、彼はどういう反応をするかが気になった。だからにこやかな顔で、ニタァと笑わないようさわやかに……そう、いつもどおりの微笑みを意識して挨拶した。
「……どうも」
それを受けて彼はぽつりと返事をしただけだった。私のほうを見ない。
代わりに彼の両脇にいる女性冒険者二人が反応した。
「壁張り職人は初めて会うんだね~」
「てか、壁張りちゃん、こんな状況なのに余裕の表情だね。さすが!」
私が焦らず、いつもどおりの対応を意識した結果、どうもそのように見えてしまったらしい。
「……いえ、余裕というわけでは……って、その称号名で呼ばないでください」
最近では騎士団以外でもこの称号を言う人が増えてきた。『鑑定』で見える称号名は、知名度が低くなれば消えることもあるのに……これでは一向に消えそうもない。
私は少し女性冒険者たちを睨んだけど、すぐ目を離し、その『鑑定』スキルでイパスン――いや、ルレバー・デココなる人物をさらに詳細に見た。
(スキルは……やっぱり! 『弓術』スキルがある。あと、『探索』と『気配遮断』か……)
隠れて矢で攻撃するにはぴったりのスキルだ。
「それじゃ」
私が彼を見ていたのもつかの間、私の腕に穴を空けたと思われる金髪の見習い騎士は、用は終わったとして、さっと踵を返しギルドを去ろうとする。声をかけてきた女性冒険者たちが呼び止める前に、まるで逃げるようにギルドを出ていった。――私にはそう見えた。
……あとを追いかけたい。
しかしすぐ追いかけては相手も警戒する。ほら、あっちも『探索』スキル持ちだから。
それにこの状況でギルドを出ていくというのは……さて、どうしようかな。何かきっかけでもあれば……。
そんなときメロディーさんは受け取った手紙の宛名を見て、すぐさま私にそれを差し出す。
「あら……シャーロットさんにも、来ていますわ」
どういうことだろうと、メロディーさんの震える指先を見ながらそれを受け取った。
私はそれを少し乱暴に開けて読み、ギルドから出る口実を考えついた。だから震えているメロディーさんには悪いけど、早速実行に移すことにする。
「メロディーさん、すみません! 私、これを見てど~ぉしても聞きたいことができました。ちょっと席を外しますねっ!」
私はまるでその手紙に疑問点があるかのように、ちらりとメロディーさんへ見せつつカウンターから出る。
メロディーさんは戸惑っていたけど、私は謝りながらギルドを出た。
ギルドを出る前にすでに発動させていた『探索』スキルで、あの金髪見習い騎士を少しずつ追いかける。
相手の『探索』スキルの有効範囲がどれくらいか、どの程度の性能か、私が尾けていることが認識できるのかわからない。だから彼を追いかけつつ、違う道に行ったり戻ったりをわざわざ繰り返した。私が走っている通りは、予想以上に早く魔物が来ることで慌しくなっているから、人ごみに紛れ込むことには成功している。
しかし追いかけながら、はたしてどう追い詰めようか考えていた。
(「この人が私に攻撃した金髪です! 誘拐犯です!」――と言うには証拠がないし……。当たり前だけど『鑑定』スキルでお見通しですよ! と言うわけにはいかない……ん、あれ?)
私は夢中で追いかけていたけど、ふと気づいた。
――尾けられている――。
見習い騎士に尾けられ返されているわけではない。
でも私は、私を尾けている人物に興味を持った。それに走っていて疲れたので、なぜ尾けているのか話を聞いてあげてもいいかなと思ったのだ。こっちも文句を言ってもいいし。
だから走る速度を緩めた。
「――壁張り職人、誰を追いかけている」
その人は『鑑定』スキルを使わなくても、声を聞けばわかるくらいの知り合いだった。鎧の音でその職業もわかってしまう。
「何のことですか? というか、私に何の用…………ん?」
その声はメロディーさんの旦那さんであるアルゴーさんだった。海藻みたいな髪が汗で少しぺったりし、大変珍しいことに真面目な表情をしている。
私は「おたくの騎士団の見習いに非常に怪しい人がいるんですけど、そちらはいったい何を考えているんですか?」と言ってやろうと振り返ってアルゴーさんを睨んだ。――のだけど『探索』スキルを使いつつ『鑑定』スキルも使っていた私は、彼を見て気づいてしまった。
いや、とっても驚いてしまったのだ。
アルゴーさんのスキル欄に、今まで見たこともないスキルがあったからだ。いったいいつからそんなスキルを持っていたのかというのも気になったけど、それよりも私の冒険者時代でも見たことのないスキルだったから驚いた。
私が見間違いだろうと目を凝らしても、瞬きしても、アルゴーさんのスキル欄に堂々と載っている。それは――。
『愛のチカラ』
というスキルだった。
……何だろう、これ。
アルゴーさん、あなた……変なスキルがついてますよ?