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110: 迫りくるもの⑦



「お待たせしました~!」


 フェリオさんから逃げるかのように大急ぎでギルドに戻ってきた私は、待機していた冒険者たちに、フェリオさんの『魔物図鑑』を収納魔法から出して渡す。皆は何十冊もあるそれをかき集めて、二階へ持っていった。


「シャ~~()ット~! んぶふふふ、魔物が来るのよ~♡」

「姐さんそんな興奮して……あとは俺らが確認するんで、休んでたらどうっすか。フェリオさんの本が血まみれになったらまずいっすよ」


 ギルド(うち)の解体メンバーもそれを手伝っている。

 タチアナさんはというと、鼻の両穴に栓をしていた。……鼻血を出してしまったようだ。


「ぎ……ぎっと、新゛種よっ、新種の魔物よ~!!」

「きっと新種の魔物よ」――と言いたいんだろうけど、鼻が詰まっているので先ほどから鼻声だ。


「……“きゅあ”。――また興奮すると出ますからね」


 しょうがないから治癒魔法で治してあげると、タチアナさんは「さあさあ、確認よ~!」と跳ねるように二階へ上がっていった。


「シャ、シャーロットさん……。だ、大丈夫ですわよね。この町が……、い、いえ、そんな弱気なことを言っては、私、いけませんわよね……」


 メロディーさんは、タチアナさんとは反対に泣きそうな顔だ。いや、普通はこういう反応だろう。

 旦那さんはもうギルドにはいなかったので、私がメロディーさんを慰める。


「大丈夫ですよ。私が守りますし、旦那さんも(きっと)勇ましく戦ってくれますよ!」

「ええ……ええ! そうですわね」


 メロディーさんの目尻がきらりと光る。旦那さんがいなくてよかった。私が泣かせたと思われたら面倒だ。

 一階にいた人たちが全員二階へ上がると、今度はギルマスが下りてきた。二階への階段はギルマスが余裕で通れるけど、二階へ図鑑を運ぶ人たちを優先していたようだ。


「シャーロット、お前も二階へ来い」

「はい!」


 ギルマスはそれだけ言ってすぐまた二階へ戻る。私もそれを追うように二階への階段を踏み出した。

 魔物の数や進路など、今後の流れを共有したいのだろう。

 私は今の今まで危機感が薄かった。フェリオさんや冒険者たち、メロディーさんの反応を見て、町の人たちの多くはきっと恐怖を感じているはずと思うことができた。

 そろそろしっかりと覚悟を持たなければ。

 そう、今まさに目の端が暗く、先が見えない状態だけど私は恐怖を感じていな……ん?


「――あ!」


 私は二階に上がる途中で黒い物――いや、黒い人がななめ後ろにいることに気づいた。


「カイトおぅ……さん」

 全身黒ずくめのカイト王子だった。


「アンタ……今、『おっさん』って言わなかったか?」


 私は「カイト王子」と言いかけて、一階や二階の人たちに聞かれてはいけないと、途中から「カイトさん」と言おうとしたのだけど、聞きようによっては確かに「おっさん」に……いやいや。


「い、言ってないですよ、そんな失礼なこと……! 急に後ろにいるからびっくりして……というか、何、自然に入ってきてるんですか」


 二階に上がる階段は、解体カウンターと査定カウンターのあいだを通らないといけないから、すぐ誰かに止められるはずなのに。

 確かに今日も、昨日に続いて二階に上がる人が多いから、王子が入ってきても気にされなかったのかもしれない。しかし、それ以上に『隠匿』スキルを活用させて、こっそり入ってきたに違いないのだ。


「魔物が襲ってくるって情報は、冒険者ギルドにも集まってくるからな。今後の動きを教えてもらおうってワケ」


 教えてもらうというより、勝手に情報収集しようとしていたのではなかろうか……。


「王都に帰らなかったんですね……あ、まだ犯人が捕まってないからですか」

「そうそ。アンタの腕を矢で撃ったっていう奴な。はははっ」


 王子に陽気な声で笑われたので、私は横目で彼を軽く睨んだ。

 ルーアデ・ブゥモーの父親が、カイト王子のお兄さんである王太子殿下を暗殺しようとしたのだ。早く王都に帰りたいだろうに、そのブゥモー家に味方しているだろう金髪に青い目の男も捕まえて、一緒に王都に連れていかないといけない。


「王太子様が襲われて心配ですね。早く帰れるように、私もできるかぎりお手伝いしますよ」

 私は金髪の男を探すことに意欲を見せたけど、カイト王子は意外な部分に反応した。


「あんなぁ、兄う……王太子殿下は実に頑丈で暗殺とは無縁のお方だ。むしろこの町から送られるあの坊ちゃんたちを、楽しみに待ち受けてるに違いないワケ。それより、この町に魔物が襲ってきて、どさくさに紛れてあいつらが逃げるような事態になってみろ」


 王都に帰れねー。と、小さい声だけど力強く言われた。何となく力関係がわかって面白い。――あ、王太子殿下はSSランクの実力者だっけ。


「そんなわけだから、アンタが金髪の犯人見つけても殺すなよ。確か『仕返ししてやりますぅ!』って言ってたよな」

 カイト王子が言った『仕返ししてやりますぅ』は、高い声でからかう口調だった。私のマネだろうか。腹立たしいので、また睨んで返事をした。


「殺しませんよ。ちょっとプスっとお返ししたいんです。そのあとは治癒魔法で治しますし」

「お~こわ。仕返ししてから治癒魔法ねー。……そういえば、アンタのあの呪文、どっから発想を得たワケ?」

「え。……どこからと言われても……」


 私が治癒魔法を使うときに言っている“きゅあ”という呪文か……。

 前世の記憶から治癒に似合う言葉を使っております。――とは言えない。というか、タチアナさんの鼻血を治したあたりからギルド内にいたのかな。気づかなかった。


「……私の呪文は雰囲気から来るものですよ。気づいたらこんな呪文になってたんです」


 呪文は皆それぞれだし、“うおおお!”と言う人だっているのだ。“きゅあ”なんて、とてもかわいいではないか。


「ふぅん」

 ちょうど会議室を前にした王子は、鼻を鳴らしてするりと入っていく。二階で一番大きい部屋を会議室にしているその部屋のドアは、本日は人の出入りが激しいことから開けっ放しにしていた。


「失礼します――」


 私もその部屋に入ると、いつもは同じ向きに揃えている机が八脚くらいで固めて置かれていた。その中央に地図を広げ、皆必死の表情で各々の意見を述べている。

 奥でギルマスが手招きした。サブマスや『羊の闘志』のバルカンさんもいて、眉を寄せた難しい顔をしている。


「シャーロット、こっちだ。――デココ家が治めている領地の村が襲われたのは、フェリオから聞いたな。その村は一番西に位置していて、今はデココ家の住む町に向かっているらしい。正直そこで止まってほしいんだがな……」


 デココ家……、以前フェリオさんから聞いたなぁ。

 さっき話題に上がっていたルーアデ・ブゥモーと、姻戚関係にある家の名前だっけ。

 そこが治めている領地は、私たちが住む領地と隣接している。皆、何とかそこで食い止めてほしいと思っているのだけども――。


「シャーロット、気をしっかり持って聞けよ。ま、お前は大丈夫か。実はな、やってきている魔物の数は、低ランクから高ランク――合わせて数十匹いるらしい」

「えっ、そんなにですか??!」


 今まで森などに潜んでいてはっきりとわからなかったけど、村の襲撃でようやく明らかになったようだ。

 だから皆難しい顔で地図を睨んでいるのか。スタンピード戦よりも数が少ないとはいえ高ランクの魔物がいるし、その中に未確認の魔物までいる。隣の領はスタンピード戦にも慣れていないから、突破されてしまいこの町で戦う可能性が高いと考えているのだ。

 

 私はその内容を知って、やっと危機的状況を把握した。

 これはもう、早くコトちゃんたちには町から出て北に向かってもらわないと。彼女たちを逃がすにはまだ時間がありそうだ。

 そう考えていると、廊下からがやがやと音が聞こえた。


「お、来たか」

 耳がいいギルマスが様子を音で捕えたようで、廊下へ出ていく。私もそれについていった。彼女たち学園生全員と、最後の挨拶をするためだ。


「――全員揃っているな。……せっかくこの町に来てもらったのに、こんな状況で帰ってもらうことになっちまったけどな、皆気をつけて帰るんだぞ」


 ギルマスは、廊下にぎゅうぎゅう詰めに並んだ学園の生徒たちに向けて別れを言う。

 このギルドの廊下はギルマスが余裕で通れるくらい広いけど、学園生に全員並ばれるととても狭く感じてしまう。それに、なぜそんな真剣な顔で横に整列しているのだろうか。別れの挨拶に来たようには見えない。全員、荷物も持ってないし。

 特に『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の三人は何か覚悟を決めた目で……ん?


「ボ、ボクたちは……」


 先頭の中心に立っていたコトちゃんが口を開く。次には息を大きく吸った。



「――っ、ボクたちは!! 帰らないっす! この町で、ボクたちも、戦うっす~~!!!」



 がに股になって力強く叫ぶコトちゃんの声は、ギルドの廊下にそれはそれは大きく響いた。




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