011: 同僚③ ~久々の障壁魔法~
「シャーロットさん。大丈夫ですか?」
メロディーさんだけだ。本気で心配してくれるのは。……罪悪感はあるけど。
私の『演技』スキルは、付き合いの浅い人にしか今のところ通じないのかもしれない。
――――バタバタバタバタ。
ガシャガシャガシャガシャ。
複数の足音、鎧の鳴る音が聞こえてくる。
「衛兵さん! こっち。いたいた。やっぱり冒険ギルドさんにいたよ!」
やっとお出ましになった通報者さんと衛兵さんたち。
私は『探索』スキルで、彼らが来るのがわかっていた。だから『演技』スキルの特訓をしながら時間を稼いで待っていたのだ。
「チッ。おい、嬢ちゃんすぐ返せ」
「え~~っとぉ。ちょっと、待ってくださいね~。そーんなにあせらなくても、いいじゃないですか~」
さっきの悲痛が交じる表情と、慌てふためいた『演技』を捨て、ゆったりとしゃべる。なぜなら彼らはもう逃げられないのだから。
「……! 宝石はっ、返してもらうよっ!」
女盗賊は目の前のカウンターに手をかざす……。
――――何も起こらない。
傍目から見たら恥ずかしいポーズだ。
「は?! 収納できない……!!!」
彼女を『鑑定』で見たとき、職業「盗賊」に加えて魔法欄に『収納魔法』を見つけた。なので、彼女たちが売ろうとしていた宝石をこっそり障壁で囲っておいたのだ。
収納魔法でも攻撃魔法でも、そう簡単に私の障壁は通せないし壊せない。
カウンターの内側は、利用者から見たときに死角がある。そこへ大体の宝石を置いて障壁で囲み、一つずつそこから取り出して査定するふりをしていたのだ。
「あー! 受付さん。その人たちね、隣の国から来た盗賊みたいなんだ」
通報者は、記憶が正しければ商人ギルドの宝石査定をやっている人だ。
まさか本当に商人ギルドにも足を運んでいたのか、この三人組。足がつきやすいのに……。慢心していたのだろうか。
「そうだったんですか? 何だか言動がおかしいなぁと思ってたんです」
私は定番のすっとぼけをする。
「ちょっと!! この壁、何なのよ!」
「出せ! コラっっ!!」
「なめてンじゃねェぞ、ごらああぁ!!」
バンバン! ゴンゴン! ゲンゲン!
思い思いに叫んでいてやかましい。
彼女が慌てて収納魔法を使ったとき、宝石の障壁はそのままに、三人を囲う障壁を張ったのだ。
透明の壁ではわかりにくいので、うっすら黄色の障壁にしてある。
盗賊三名の前方、後方、左右、頭上と、全五面で囲んだ。
盗賊は、謎の壁に閉じ込められたことがわかっただろう。衛兵さんたちをはじめ、周りの人たちにも、盗賊たちが障壁魔法で閉じ込められたことが認識された。
「これ、南隣の。伯爵家の紋章……に近い」
フェリオさんが自前の小型ルーペを使って、細かく観察しつぶやいている。
さすがですね。
私の『鑑定』では、『オニキスの指輪:盗品』としか表示されてない。
どうも指輪の裏に薄い紋章痕が残っているらしい。
よくわかりますね、と言ったら「今度、貴族名鑑持ってくる」と言われた。
はい。次のステップなんですね……。
「いやぁ、何だか関わりたくなかったから追い出したんだけど、ちょうどそのあと、盗賊の人相書きと盗品表が回ってきてね」
買い叩くという追い出し技を使った彼は、それを見てすぐ届け出て、衛兵たちと一緒に捜していたらしい。
この町の宝石店にも確認したけど、予約がないから三人組を門前払いしたとのこと。さすが高級店。
宝石店にいないならばここだろうと、冒険者ギルドに来たそうだ。
「壁娘。お手柄だな。宝石はこれで全部か」
――その呼び方はやめてください。定着すると私の「称号」欄に入ってしまいます。
私の障壁を知っている衛兵さんが、わめきちらしている盗賊たちに目もくれないで、宝石の確認をする。肯定しつつ、書類の下に入ってないか再度調べ、『探索』でも確認する。
(宝石類は小さいから紛れがちだけど大丈夫)
「では、すまんが規則だからな。確認させてもらうぞ」
衛兵の一人が、台のようなものを取り出した。表面は大人の手のひら二つ分くらいある広さ。
嘘発見器のような魔道具で、私が嘘をついてないか一応確認するらしい。
「大丈夫なのはわかっているが、一応規則だからな」
念を押して、私の手を台に乗せるよう言う。
私もあらぬ疑いは先に晴らしておいたほうがいいと思うので、笑顔で「どうぞ、どうぞ」と了承する。
この嘘発見器は、手を載せた人自身の魔力で発動するらしい。
「君の身は潔白だな」
「はい」
しーん。
嘘だとぶーっと鳴るとのことだ。
「こいつらがギルドに持ってきたのはこれだけだな」
「そうです」
しーん。
「そちらからは何も売ってはいないな」
「何も売ってないです」
しーん。
これは普通に物を売っていないかの確認よりも、三人に有益なことはしていないかの確認。もちろん取引めいたことはしていない。
「よし、ご協力感謝する。それでは、こちらのギルドでは被害はなかったのだな」
「はい、盗られたものはなかったですよ」
ブーー!
皆ハッとして、一斉に私を見る。
「……いや、ないよ」
魔道具に向かって話す私。
ぶーーっ!
(はて?)
「ゴホン! 君はこいつらを庇い立てするつもりなのかね」
衛兵さんは一つ咳払いをして問いただす。
「いえいえ。全くそのつもりはないですよ」
この人たちは、隣の国の初対面の泥棒ですよ。さっきは『演技』スキルを使って遊んだ……時間を稼いだけど、庇う義理はどこにもない。
シーン。
今度は鳴らなかった。
「なるほど。ではこいつらの手癖が悪いということだな」
この嘘発見器は、対象者の手の魔力から感知するのと、その人の周辺にある大気中から事実を探し出し嘘を教えてくれるらしい。その大気は直近であればあるほど鮮明に感じ取るそうだ。――魔道具に詳しくないのでこの説明が合っているのか自信がないけど。
つまり、私が気づかない間に何か盗られたということ。
はて、何を盗られたんだろう。
このカウンターには泥棒たちが置いた宝石以外、金目の物はなかったはず。
しかも、そんな短時間で盗まれたのに気づかなかった。
私の『探索』では、相手の収納魔法の中まで反応しないから何が盗まれたのかわからない。
『鑑定』と『探索』スキルにはそこそこ自信があったのに、こういう案件には弱いんだなぁ。
――そうだ!
皆、さっきの恥ずかしい『演技』を忘れてくれないかな。このわたわたで。