108: 迫りくるもの⑤
「……この人は違う……? う~ん、見えないなぁ」
私は騎士団の敷地の外をうろうろしていた。
訓練場を覗けそうな場所はないか探し、しかし高く分厚い塀に阻まれ、それでもめげず塀と塀のつなぎ目に柵を見つければそこに近寄り掴み、そのあいだから騎士団の弓部隊の訓練を覗き見ようとがんばった。
私はお昼休みの時間を利用してここに来ていたのだ。
しかしながら外からでは金髪の男どころか、訓練の様子だって見えない。
そもそもここは訓練場を直接覗ける場所でもないのだ。というか直接覗ける場所なんてなかった。
普通、騎士団の訓練が外から易々と見えてはいけないもんね……。
だから見えそうな場所を探しているのだけど、この柵からでは木や草も陰になっていて通りがかる騎士が少ししか見えない。
普段ならこんな怪しい行動をしていたら咎められるだろうけど、魔物が来るとのことで皆さんお忙しいのか、今日は道に見張りがいない。自由にウロチョロさせてもらっている。
忙しいといえば、メロディーさんの旦那さんは、あのあと下りてきたギルマスに見つかってしまった。
しかし「どうせならギルドの前で堂々と警備してろ」とめんどくさそうに言われ、今日だけ冒険者ギルドを――奥さんを警備中だ。
ギルマスは非常に忙しそうだったから、使える者は誰でも使おうと思ったのだろう……。
まぁ、旦那さんはメロディーさんを守れるし、これでメロディーさんは安心だし、私も心置きなく訓練場付近まで来られたのでちょうどよかった。
そんな私は透明な障壁を薄く張って、道のど真ん中を歩いてここまで来ていた。透明な障壁だから、遠目からだと無防備に歩いているように見えるはずだ。
――ほらほら、せっかく私が一人で歩いているんだから攻撃してもいいんだよ? そのときはすぐ『鑑定』と『探索』で確認して、いつまでもどこまでも追いかけるんだから。
……でも攻撃してこない。う~ん。警戒しているのだろうか。
と注意深く『探索』を使っていたら、私のところに向かってくる人がいることに気づいた。
金髪ではなく、青みがかった黒髪の――よく知っている人物だ。
「……覗き見?」
「フェリオさん!」
フェリオさんは自身の羽を使って、まっすぐこちらにやってきた。
「フェリオさんはなぜここに? 空を飛んでいたら矢が飛んできますよ?」
「シャーロットがお昼に行ったから、ついでに頼みたいことがあった。それに、そんなに高く飛んでないから大丈夫」
フェリオさんのお頼み事は、魔物が接近中の件に関係していた。
彼の家に保管してある『とある資料』が必要になったので、ギルドに運ぶことになったそうだ。
量が多いので収納魔法が使える私に手伝ってもらおうと、急いで追いかけてきたらしい。
近くにいるかと思いきや見当たらず、空を飛んでみたところ遠くで挙動不審な私を見つけたので、ここまでやってきたようだ。
「わかりました。お先に行っててください。私、金髪の男の人がいないか、もう少し確認してから行きます」
そうだ、障壁で階段を作って塀を乗り越えよう。そして急いで確認したらフェリオさんの家に向かおう。
「――金髪で青い目の男を見たとして、どうやって犯人だと判断する? 顔、見てないくせに」
「それはですね……」
簡単なことですよ。『鑑定』スキルでその人物を見て、怪しいスキルや怪しい称号がないか確認すれば一発です! 『幼女誘拐犯』などの称号があれば、もうそいつです!
――なんて言えないなぁ。どうしよ。
「…………ん~、たとえばその……」
「うん」
顔を見れば雰囲気でわかります! ――とか? あ、そうだ!
「前に宝石泥棒が来たとき、嘘がわかる魔道具使ったの覚えてます? あれで質問するんです。『私を矢で撃ちましたか』って!」
「なるほど。で、今持ってるの? その魔道具。それに、そういうことはすでに騎士団内でやっているのでは?」
今持ってないんで借りてきます。……貸してくれるのかな。いや無理そう。
それにフェリオさんが言うように、すでに騎士団内で捜査している可能性だってある。ということは、騎士団の中にはいないということに……。
いや、ですが、私は自分の『鑑定』スキルを第一に考えてまして、自分の目で見て確認したいんです――とは言えないし……。
と、いろいろ考えているうちに、弓部隊の訓練が終わってしまったらしい。
建物の中に入っていく様子が『探索』スキルでわかった。
「え~と、あの……、フェリオさんのお家に行きましょうか……」
ひとまず今日はこのへんにしておこう。
「フェリオさんの家って、本当にいっぱい本がありますね~」
私は、この次はどういう方法で金髪のおっさんを捜そうかと考えながら、フェリオさんの家に来た。フェリオさんの家は初めてではないけど、毎回驚いてしまう。
巨大な本棚が――妖精族のフェリオさんのお家ならではの、背の高い本棚があるのだ。
「ぼく、上にあるの取ってくるから、シャーロットは下のお願い」
「はい」
フェリオさんは羽をはたはた動かして、本棚の上へと飛んでいく。
私は下の段を捜すことになった。
「『魔物図鑑』って、こんなに何回も改訂しているんだなぁ」
フェリオさんの家にある資料というのは、『魔物図鑑』のことだった。
現在町に迫ってきている魔物を調べるのに、ギルドにある『魔物図鑑』では調べきれなかったとのことで、かなり前に発行した『魔物図鑑』で調べることになったそうだ。
フェリオさんはギルドにあるよりもずっと古い図鑑も所有しているので、それを集めてギルドに持っていくことになった。
私の収納魔法は、容量にまだ余裕がある。図鑑くらい余裕で入るだろう。
「あれ、これ……」
下の本棚の『魔物図鑑』を一通り集めたところ、隣の本棚が目に入った。
『フォレスター王国記』や『初代王の旅路』など、この国の歴史に関係ある背表紙に興味がわいたのだ。最近ギルドの二階で見つけた初代王の肖像画の件もあってか、少し気になった。
ほんのちょっと開いてみよう、目次だけでも――と手に取る。分厚い本で重い。
私が持っている『人体の図鑑』より本自体大きく、両手というより両腕で抱えながら開いた。本の目次をさらっと見ていると、“勇者現る”“未来の王妃との出会い”“冒険者としての活動”などがあって、建国祭のときに見た劇の内容を思い出した。
「……それ」
「え、あっ、すみません。勝手に読んでしまって……」
上から下りてきたフェリオさんに話しかけられたので、私は急いで本を閉じる。フェリオさんはその様子に、「よければ貸すよ」と言ってきた。
「ぼくの羽、治してくれたお礼」
「そんな~、いいんですよ。あのとき私も…………」
……ん? …………ん???
「――あの時は、ありがとう。お礼言ってなかった」
私は本から目を離してフェリオさんを見た。
真剣なジト目の――いつもより人の表情を窺う目をしたフェリオさんが、私のことをじぃっと見ていた。
宝石泥棒がやってきてウソ発見器を使った話は011話、
フェリオの家は025話に載っています。