107: 迫りくるもの④
「はい。カードお返しします。――気をつけて帰ってね」
「あの、お世話になりました……!」
学園生三人が私たち受付に対し礼をする。
こちらの学園パーティーは、ギルドの掲示板で魔物襲来の報を知り、受注していた依頼を取り消しに来たのだ。
この町でお世話になった冒険者たちに挨拶していきたかっただろうに、今ギルドの一階には誰もいない。皆、二階で会議か、今後の戦闘準備に追われているのだ。
少し寂しそうにギルドを去る三人を、私は見送る。
これからしばらく窓口業務はないだろう。
さあ、手すきになったから何をしようか、と考えていると通りから声が聞こえた。
「……ここで帰るなん……それでも学園……!?」
怒っているような声だった。――私のよく知る人物だ。
金髪のおっさんだか、おじちゃんだかの件もあって『探索』スキルも発動していたので、それが誰なのか容易にわかる。
彼女が何を話しているのか、ギルドから出てその方向を見た。
「……逃げる……て、恥ずかしく……っ!?」
はっきりとは聞こえてこないけど、コトちゃんが先ほど用事を済ませたパーティーに怒っているように見える。
ワーシィちゃんとシグナちゃんは近くにいない。『探索』スキルで確認してみたところ、三人とも別行動をしているようだ。
コトちゃんは――コトちゃんたちは、何か企んでいるのではないかな?
というのも今朝の三人は「帰りたくないなぁ」とぼやくわりにがっかりした表情は見せず、決意の宿った目をしていたのだ。
朝食ももりもりと食べていたっけ。……いや、それはいつもどおりだった。
とにかく私はもっとよく聞こえるように近寄るも、コトちゃんに気づかれてしまった。
彼女は三人の学園生たちを光り輝く障壁で一度押し、急かして去っていく。
とても怪しい行動だ。
「ふぅっ」
今は仕事中なのでコトちゃんたちのあとは追えないから、思わずため息が出てしまった。いやいや、考えすぎなのかもしれない。もしかしたら町を出てからの行動を、皆で話し合っているのかも……。
「はあぁぁあ」
ん? 今のため息は私ではない。
「メロ……メロディー……」
メロディーさんの旦那さんであるアルゴーさんだった。私がコトちゃんに気を取られているあいだにギルドの窓に近づいていたようだ。
書類整理中の奥さんの様子を、昨日も覗いていた窓から懲りずに見ている。
「懲りませんね」
「げっ、壁張り! ……見逃せ」
見逃せ、じゃありませんよ。
旦那さんがなぜ悠長に窓を覗いていられるかというと、今日はギルドの守りがそれほど多くないからだ。
今は緊急事態なのだから、町の防衛計画や訓練を強化しているのだろう。だから旦那さんは、ギルドの窓から奥さんを覗き見できている。
しかし騎士の数人は置いてくれているから、大声で呼び出そうかな。――いや、待てよ。
「見逃してもいいですけど、私の質問に答えてください」
「……な、何だ?」
旦那さんはちらりと私を見て、そのあとはメロディーさんだけを見ていた。
「そちらの騎士団に、金髪で、青い目で、弓なり弩なりの矢を使える男性、いますよね。名前を教えてください」
「はあ? 矢……?」
昨日は金髪の冒険者の中から探していたけど、矢を使えるのは冒険者だけではない。
戦える集団といえば騎士団もそうだ。
「そうですよ。早く教えないと大声で叫びます」
「な、待て……。しかし、男の名前だと……? ぱっと思いつかん。そもそも男の名前なんぞいちいち覚えてられん」
……さすがというか、何というか。
「だからといって女の名前をよく覚えているわけではないぞ! メロディーだけだ……なっ、ま、待て待て待て!」
旦那さんに聞いたのが間違いだったので、さっさとご退場願おう――と大きく息を吸った。
「待……あ! 今ぱっと思いついたのがあれだ! イパスン、イパスン・ガツィーコ! あいつは金髪だぞ。目も青い!」
……イパスン……どっかで聞いたような。
「あ、鳥団……騎士団長さんを間違えて撃って怒られたっていう……」
確か新人でかわいいって、女性冒険者さんにキャーキャー言われていた人。
「しかし新人……そんな腕が立たなさそうな人ではなく、もっと弓がうまそうな人ですよ」
私の腕を狙い撃ちしたんだから。
「まったく思いつかん! ……それなら今、訓練場に行けばいい。弓連中が訓練してるんじゃないか?」
……大した情報は引き出せなかったけど、これで今日のお昼の用事は決まった。
「ところで……旦那さんは訓練しなくていいんですか?」
召喚石を破壊するメンバーにいたくらいだ。いくらなんでも町でお留守番になるわけがない。
「訓錬よりもメロディーを見ていたほうが、力が湧いてくるからな!」
「……はああぁ……?」
――いけない、いけない。変な声が出てしまった。旦那さんは放っておいてギルドに戻ろう。
とにかく私はそろそろお昼にでも……。
「おい、ギルドマスターは上か!?」
私がギルドに入ろうとしたところ、大急ぎでやってきた冒険者さんに話しかけられた。
「あ、はい! どうぞ二階へ……」
私が全部話し終わらないうちに、二階へ走っていく。
二階へは、解体カウンターと査定カウンターの間を通る。メロディーさんは足早に上に行く冒険者を見て、不安そうに言った。
「……まさか、もっと多くの魔物が現れたのかしら。怖いですわ……」
実はアーリズに向かっている魔物は、一体ではないことが判明したのだ。
どうも複数でこちらに迫ってきているらしい。だからギルドとしては、学園生を明日の早朝までと言わず、本日昼すぎにでも町から出したいと思っている。
そこに二階からフェリオさんが下りてきた。
「メロディー、その棚にある『魔物図鑑』取って」
「は、はい」
そう言いつつフェリオさんは、自身の羽を使って高い位置にある棚から地図を取っていた。
メロディーさんが渡した『魔物図鑑』は、このギルド内に残っている中でも一番古く刊行された図鑑だ。
『魔物図鑑』は数年から数十年単位で刷り直している。
魔物の情報が増減することがあるからだ。
たとえば新しく発見された魔物や絶滅した魔物が確認されると、その魔物の掲載枠を増やしたり減らしたりする。
ただ、「新種発見」や「絶滅」はさほど頻繁にあるわけではない。
刷り直しでよくあるのは、今まで載っていた魔物の情報に訂正や補足がされる程度だ。
さてそれでは、なぜ『魔物図鑑』が必要なのか。
実はアーリズに向かってきている魔物の中に、種類がはっきりしない魔物がいるらしい。
最近刊行された図鑑では探すことができなかったそうだ。
それが何の種類の魔物なのか特定するために、フェリオさんたちは図鑑をさかのぼって調べている。
新種の魔物が現れるのはかなり稀だそうで、それよりも絶滅した魔物の発見を疑い、古い『魔物図鑑』でそれらしき種類を探しているとのことだ。
「絶滅した魔物が還ってきた!? それともっ、まさかの新種の魔物~!?!? 楽しみだわ~~!! ぐふぐふぐふ、へっへっへ」
タチアナさんも魔物に詳しいから二階で確認作業をしているけど、今まで聞いたことのない笑い声が一階にまで響き、魔物のことより心配になった。