98.厄介な人
なんどかログアウトして休憩しながら、僕はロードラクル狩りを続けていた。ドロップ率上昇とか言っているけれど、いまだに卵ドロップはない。
ルードの雄叫びで集められなくなったら、移動してまた集めるを繰り返しているのに、それでも卵のドロップはなかったのだ。
「出る時は出るのにな……」
思わず当たり前の事をつぶやいてしまう。
「そのうち出ますの」
ラビィが僕の肩を叩く。小鬼の卵の時も、ラビィに励まされた記憶がある。レアハントは大変ではあるけれど、決して孤独ではないのだ。
「よし。がんばろう」
ラズベリー:こんにちはー
そんな時、ラズベリーからメッセージが届いた。火竜山にある迷宮に挑戦しているはずだけれど、突然どうしたのか気になった。
ラル:こんにちは
ラズベリー:聞いてください! ついにやりました!
僕はそれだけで、全てを理解した。おそらく狙っていたチキンヘッドの卵を、ドロップしたのだろう。
ラル:えっ、何をやったの?
でも違ってたら嫌なので、僕は当たり障りのない返事をする。
ラズベリー:チキンヘッドさんです。チキンヘッドさんの卵をドロップしました!
ラル:おお。やったね。おめでとう
思った通りの出来事に、僕も嬉しくなってくる。
ラズベリー:はい。最初にラルさんに伝えたくて、思わずメッセージを送りました。
ラル:ありがとう。僕も頑張るよ
ラズベリー:応援してます。私も頑張ります。またー
ラル:またね
ドロップ率上昇の恩恵はあるみたいだ。ラズベリーが卵をドロップしたみたいだし、僕も勢いでドロップしよう。
「見つけたぞ!」
今から狩りだと気持ちが入ったのに、背後からいきなり声がする。
「えっ?」
僕はどこかで聞いた声に驚きながらも振り向いた。
「よくもやってくれたな! 俺の獲物を横取りしやがって」
あの黒ローブの男だった。でもキックスの姿は見えない。
「横取りなんてしてないよ。ドロップも僕にきたし、なんで横取りになるのさ」
と言いながら、まともに話しても無駄だよなって、ちょっとゲンナリしてしまう。これで『そうだよな、変なこと言って悪かった』とかなるのなら、最初からこんなことにはならないだろう。
「お前が来たせいで負けたんだ。どうしてくれるんだよ!」
横取りの話が、僕が近づいたのが悪いみたいな話になっていた。つまりは負けたのが納得いかなくて、難癖をつけているようにしか思えない。
「ビーストを敵に回すのか?」
黙っていたら、勝手に話が進んでいた。
「ビースト?」
「俺たちのクランだよ! それぐらい知っとけ」
僕は他のクランのことなんて、全くと言っていいほど知識はない。そもそも興味もないし、10分もしないで忘れる自信がある。
「それで?」
「それでじゃねぇよ! 横取りしてすいませんでしたって謝れよ!」
今度の要求は謝れだった。それでことが済むのなら、謝っても良さそうだけれど、この手の人が相手の場合、もっと面倒なことになる。
(理解できない人は、どこにでもいるからな)
やってもいない罪で、謝るのは意味がない。でもこの人にとっては、あれで横取りになるのだろう。
つまり、こいつには何を言っても無駄ってことだ。
どう対応しようかと考えていたら、黒ローブの男の後ろから、暗い青色のローブを着た人が近づいてきた。
「こんにちは」
声の質から考えると、きっと女性だろう。
「こんにちは」
それが誰であろうと、ちゃんと挨拶してくれた人には、挨拶を返すのが普通だ。僕はペコリと頭を下げながら、後ろの人に挨拶をした。
「うちのバッドが迷惑かけてるみたいね」
「名前がバッドって言うんですか? 初めて聞きました」
アロイ・ガライの館で出会ってから、一度も自己紹介されていない。もちろん僕も名乗っていないけれど、そこは別に気にならなかった。
「で、お前の名前は?」
「ラルだ」
ちょっと不機嫌に名乗ってしまう。ノリのいい人が相手なら、レアハンターのラルさ、くらいはするけれど、とてもそんな気分にはなれなかった。
「私はゼフィー。ビーストのサブリーダーをしているわ」
バッドと同じクランの人だったらしい。とすれば、バッドがここに呼んだ可能性がある。
「あらためて僕はラル。レアハンターズのクランリーダーです」
「やっぱり……」
僕が名乗った後、はっきりとは聞こえなかったけれど、ゼフィーはそう言った気がした。
(やっぱり? 最近エリーを連れているから、そのあたりで目立っているのかもしれない。でもクランには加入済みだから、余計な勧誘とかはないはずだ)
「バッドから話を聞いた時には、困ったものだと思ったわ。余計な手間をかけさせて、ごめんなさいね」
「ゼフィー、何を言ってる?」
バッドがゼフィーを睨みつける。フードでよく見えないけれど、そんな雰囲気が伝わってきた。
「バッドの話を聞いただけでも、横取りなんてないのがわかる。うちのクランは獣を愛するクランなの。むしろバッドのほうが問題でしょう?」
「うるせぇ。こいつは俺の召喚獣を倒し、魔物との戦闘を邪魔しやがったんだ」
冷静ではないのか、バッドはあり得ない話をしている。いわゆるPKがないゲームなのに、僕らが他人の召喚獣を攻撃できるはずもない。
「爆裂のペンダントっていうアイテムで、召喚獣もろとも、魔物に攻撃してました。召喚師だなんて認めたくない人ですね」
「ゲームの仕様を考えれば、ラルさんを信用するしかないですね。バッドの日頃の態度を見れば、ありそうな話だもの」
「ゼフィー。お前、あいつの味方をするのかよ」
ゼフィーはフードの奥で、顔を左右に振っているみたいだ。
「ラルさんの味方じゃない。召喚獣を愛せないバッドには、クランを抜けてもらう」
いきなりの衝撃発言だった。と言うか、そういう話は僕がいないところでやってほしい。ここでされたら、確実に僕が逆恨みされるだろう。
「てめぇ。ああ、上等だよ。こんなクラン、俺の方から抜けてやるぜ! お前も覚えてろよ!」
バッドは木々の間に消えていく。『覚えてろよ』なんて、言われる機会もめったにないだろう。ちょっと笑いそうになったけれど、さすがにそれは我慢する。
「ごめんなさいね」
「ああいう人って、どこにでもいますよね」
謝られても困るので、ちょっと話を変えてみた。
「ビーストは召喚獣、特に獣タイプを愛するクランなの。バッドは違ったみたいだけど、できればクラン自体は誤解しないでほしいわ」
「気にしてないです」
クラン迷宮なら気になるけれど、他のクランの事は、特に興味も生まれない。どんなクランがあったとしても、迷惑にならないならば、それは自由が一番いい。
「では狩りがあるので」
「困ったことがあったら、いつでも相談して」
『じゃあね』と言いながら、ゼフィーは手を振って僕らから離れていった。
顔は見えなかったけれど、って言うか顔見せてよって感じだけれど、話し方からすると、20代のお姉さんって気がした。
「ちょっと余計な時間を取られたけど、ここからは狩りまくるよ!」
「おまかせですの!」
「ウピィ」
「ガモォ」
僕らは森の中を、ちょっと奥へと移動する。




