96.進化した魔物
振り返ると強そうなうさぎを連れた男がいた。たしかうさぎの名前はキックスとか言っていたけれど、男の名前はわからない。
召喚師本人は黒いローブを着ていてフードも被り、闇の魔導師って感じだった。キックスは動きやすそうな布の服を着ているけれど、武器らしきものは持っていない。
「何か用?」
前からの失礼な態度に、思わず口調が変わってしまう。
「ロードラクルを狩ろうと思ったら、見たことがあるやつがいたからな。声をかけただけだ」
それなら『あっ、この前の』とか『いよぉ、この前ぶりだなぁ』とか言いようはあるはずだ。
あんな声のかけ方をされたら、誰だっていい気分にはならないだろう。
「じゃあな。俺は奥へ行くぜ」
男はそう言うと、そのまま森の奥へと歩いていく。森は広いから狩場がかぶる事はなさそうだけれど、ポップが少し薄いから、多少のニアミスはあるかもしれない。
「できれば関わりたくないなぁ」
ゲームでよくある横殴りと言われる行為は、このゲームでは意味をなさない。レイドボスなどの特殊な魔物を除けば、全てがファーストアタック、つまりFAで決定する。
FAを誰かが決めたなら、その後は誰が殴ろうと倒そうと、FAを決めたものに経験値とドロップが行く。だから誰かが戦っている魔物を、横取りしたりはできないのだ。
(むしろ殴ってくれるなら、早く倒せていいよねって感じだ)
だからニアミスしても、難癖をつけられることはない気がする。あるとすれば、僕がFAを決めたのに、俺の魔物に手を出しやがってみたいな感じだろう。
「まあいいや。その時はその時で、さっさと狩りを始めよう」
「頑張りますの」
僕らはさっきの男とは違う方向を狙って、同じように森の奥へと向かった。
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相変わらず雨が降る中を、僕らはロードラクルを探して戦い続ける。
何体か倒したけれど、その程度で卵がドロップするとは思っていない。実際にドロップはしないし、気にもならないのだけれど、雨のせいかポップが薄いということの方が気になってくる。
「ついてないな」
「いつかは良いことがありますの」
「その通りです。マスターのお心のままに」
そこで大事な事を思い出した。エリーの進化のために召喚しようとしていたのに、男に話しかけられて、そのまま戦闘してしまっていた。
「あっ、ごめん。エリーのレベル上げを……」
「ちくしょう! なんだこいつは!」
サクラに説明している途中で、さっきの男の声がした。
「あっちか?」
「向こうですの!」
いまいちどこからか声がしたのか、僕にはわからなかったけれど、すぐにラビィが方向を教えてくれる。
僕は迷わず、ラビィの指差す方向へと駆け出した。
すると木を避けて10メートルくらい進んだだけで、さっきの男の姿が見えた。ダメージを累積した時のエフェクトはないから、男がダメージを受けているのかはわからない。
でも男の体には、緑の膜が張っていた。
(召喚師本体が毒状態。あいつは、キックスはどこだ?)
その姿はすぐに見つけることができた。黒いローブの男から少し離れたところで、体長1メートルくらいの地をはうトカゲと、キックスが対峙している。
フッとキックスがジャンプをすると、前方に回転するようにして、踵をトカゲに叩き込んだ。
(キックが得意だからキックスなのか? いや、それよりもダメージエフェクトが少ない。しかもあのトカゲ、背中に羽が生えている)
魔物契約卵部屋で見た記憶があった。幻エッセンスを注入すると生まれる、きらびやかな羽を生やしたトカゲで間違いない。
「ゲゲッ」
キックスに向けて、ストーンニードルが飛んで行く。見た目は土属性っぽくはないけれど、土の魔法を使うらしい。
「キックス! さっさと倒してしまえ!」
キックスの顔は、魔法を受けた痛みで歪んでいる。そんな状態の召喚獣へ言っていい言葉ではない気がした。
でもそれで本当に倒せるのだとしたら、召喚獣への信頼からの指示とも言える。
キックスは顔を歪めながらも、バトルラビットも使う突進で、トカゲへと近づいた。
近接に成功すると、さらにキックを連続で叩き込んでいる。
(やっぱりダメージエフェクトが少ない。おそらく物理耐性だ。でも魔法に弱いとも思いにくい。きっと弱点属性があるのだろうけれど……)
僕の思考を遮るように、黒ローブの男が叫んだ。
「引け、キックス。これで終わりだ!」
男はローブの隙間から、大きめの宝石を取り出した。それを確認すると、爆裂のペンダントと見えたので、何かしらの魔法道具なのだろう。
(普通ならアイツのパーティに属していない僕らにダメージはこない。でも、なんだか嫌な予感がする!)
僕は慌てて、みんなに指示を出す。
「僕の後ろに隠れて!」
「喰らえ!」
黒ローブの男が爆裂のペンダントを投げるのと、僕が叫んだのが同時だった。
ラビィとサクラが僕の後ろに隠れたけれど、ルードだけは僕の前にでる。
「ガモォ!」
おそらくタンクとして、僕のかげに隠れるのが嫌だったのだろう。僕は魔法の発動位置を少しづらし、ルードの前方にムーンシールドを展開した。
(キックスが逃げ切れていない?)
キックスも突進のリキャストタイムがなかったら、もっと簡単に離れることができたはずだ。でも爆裂のペンダントがトカゲに当たる時には、2メートル程度しか離れていなかった。
「うわっ!」
爆裂のペンダントから、無数の石つぶてが全方位に発射された。その攻撃は僕のムーンシールドを貫き、ルードの鎧をガンガンと打ち鳴らす。
「ゴッデスヒールですの!」
僕らよりもトカゲに近かったキックスは、背中にいくつのも石つぶてを浴びている。
たくさんのダメージエフェクトをきらめかせながら、キックスは消えてしまった。
「ペンダント代金で大損害だが、これで倒せない魔物はいねぇ!」
爆発の余波はすごく、離れていたはずの男のフードまでもバサリとめくった。男の顔はまだ若く、二十代前半くらいに見える。
自分の召喚獣を巻き添えにしたと言うのに、男はなぜか笑っていた。
「ゲゲッ」
トカゲの声に、男の顔が凍りつく。もやついた煙の中から、ストーンニードルが飛び出した。
それは正確に、男の体を撃ち抜いた。
「ぐえっ、なんで生きてんだよ……」
毒状態でもあったし、ダメージも受けていたのだろう。その攻撃で男も消えてしまった。あとに残ったのは、レアポップっぽいトカゲと、僕らのパーティだけだ。




