93.プレイヤーの不満
急いで移動したので、なんとか2分以内に到着することができた。
ちょっと息を乱しながらも、僕はしっかりと挨拶をする。
「おまたせ」
「ううん。いま来たところよ」
笑顔でそういうハイズに向けて、嘘つけとかデートかよ、とか言う勇気はまだでなかった。
なので全力スルーして、僕は森の中へと歩きだす。
「ぎりぎりだったから、まずは鬼の村へ行こう」
「鬼の村?」
ネタをスルーしたことよりも、そっちに引っかかってくれたらしい。僕は鬼の村の説明をしてあげた。
「いわゆる鬼と仲良くなるルートなのね」
「そうだね。村長装備を誰かに売ってもらえれば、黒騎士の修練場にも行けるだろうし、鬼と仲良くなるルートのほうが、得だと思うんだよね。詳しくは知らないけれど」
村長装備は誰でも持っているという認識なのか、そもそもプレイヤーが販売しているのを見たことがない。もしかしたら妖精装備とかと同じように、一度装備するとロックが掛かるのかもしれないけれど、未装備ならば売れるはずだから、需要がないとも言える。
でもそれ以前に、もう村長ファームを卒業した人ばかりだからかもしれない。サブキャラに渡した可能性もあるけれどって考えたところで、もう良いやって思ってきた。
「レアの槍があるらしいじゃない。今は剣だけど、そんな槍が手に入ったら、槍スキルを鍛えても良いかも」
「職業は剣士でも、スキルでいろいろ使えるものね。あれはかなり強そうだし、アタッカーにはいいよね」
とか話しているところで、鬼の村にたどり着いた。
なぜか森狼に出会わなかったけれど、クエストを受ける前だから、ある意味でちょうどよかった。
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鬼の村でクエストを受けながら、僕は久しぶりに鬼のお店に来てみた。
ここで買えるものは一通り見た気がするし、最近はご無沙汰だったのだ。
「鬼のお店なんてあるのね。この前手に入れた石貨で買える、って、見たことないのが多いんだね」
ハイズがそんなことを言っているが、僕の目はあるレシピに釘付けになっていた。それは『裁縫レシピ:着物2』という、初めての着物レシピだった。
僕はすぐに1000石貨でレシピを購入する。ここで見逃せば消えてしまうという恐怖が、購入できたことで安堵に変わった。
「やった。レアレシピゲット」
「何のレシピかわからないけど、とにかくおめでとう」
「ありがとう」
必要レベルは予想通りの裁縫レベル6だった。そこはいいのだけれど、着物2というのが気にかかる。
この村に来るまでの間に、どこかで着物1を手に入れる機会があるのだろうか。
「装備を直接とかは売っていないみたいね。レシピはあるけれど、生産はやっていないしなぁ」
「そうなんだ」
リストを調べていったけれど、魔法の方は持っているものばかりだし、めぼしいレシピもなかった。
でも着物2が手に入ったから、大当たりだと言えるだろう。
「よし。それじゃ森狼を狩りに行こうか」
「そうしますか」
僕らは鬼の村を出て、森の奥へと向かった。
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ハイズとの森狼狩りは、数日続ける事になった。ただずっとログインしているわけでもないし、時間で考えれば、森狼狩りはそれほど長くないかもしれない。
でもレベルが11になり、スキルの方も大体8まで上がっていた。ここまでくれば後はレベルを重視して、次の進化を目指していこう。
そして当然のように、ルードは斧スキル5で秘伝を身に着けていた。
それはサークルアタックと言う名前で、アタッカーによくある技な気がするけれど、武器を構えながらぐるぐる回転することで、範囲攻撃を行う技だった。
ルードはタンク系のはずだけど、覚えている秘伝はアタッカー系な気がする。レベル8ではなにも覚えなかったので、次の秘伝はまだ先になりそうだ。
エリーにはマーミンが主力にしていたファイアショットを覚えてもらったし、アクアランスも取得してもらった。
このあたりまで覚えれば、スキル上げに苦労することはないはずだ。
「大分と整ってきた気がする」
「いい感じですの」
僕はクランハウスのエントランスホールのソファで、ラビィと座りながら考えていた。当初はもっと苦労するかと思ったけれど、意外と順調に戦力が整い始めている。
ロッカテルナ湖の攻略をする時には、おそらくエリーしか出せないと思うけれど、最終目標である火竜と戦う時にも、やっぱり全員を同時には召喚できない。
だけど問題なく火竜山へは行けるはずだ。
「やっほー」
聞き慣れた声に顔を上げると、マーミンがログインしてきたところだった。
「いよぉ」
いつものノリで挨拶をするが、なんとなく悩んでいる感じがでてしまったようだ。
「あれ。なにか問題でもあるの? 良かったら聞くわよ」
正確に言えば問題は特にない。ロッカテルナ湖の攻略に向けて、準備をしていくだけだ。
「んー、特にこれって問題があるわけじゃないんだ。ロッカテルナ湖攻略に向けて、いろいろやることがあるなって、漠然と不安になったんだ」
「攻略ね。だとするとまずはレベルかしら。そう言えば召喚獣が入れ替わっているけれど、いつの間にか増えているのね」
第一にレベルが必要は当然だろう。そして水中に潜れるようになるクエストのクリア。魔導書クエストによる魔法の充実。できれば新しい鉱石を見つけて、もっといい装備を作成したい。とか不確定要素を含めて、いろいろやりたいことはある。
「ラビィやサクラが泳げなかったんだ。だから新しく卵を探して、契約して鍛えているところさ」
「すぐに見つかってよかったじゃない。召喚師が召喚しないで戦うとか、魔法使いに魔法を使うなって言ってるのと一緒よね」
確かに近いものがあるが、本職に敵わないとは言え、召喚師はそこそこ戦える。魔法使いが魔法を使えないと言うほど、何もできなくなることはないだろう。
でもだからといって、召喚しなくてもいいかと言われれば、それは絶対に避けたいところだ。
「ルードとエリーって言うんだ。会話はできないと思うけれど、よろしくね」
「もちろん。一緒に戦うときが楽しみだわ」
マーミンは僕の向かいへ座ると、『あっ』と小さく声を上げた。
「そういえば知ってる? 召喚師の掲示板で、不平不満が爆発しているのよ」
「不平不満?」
何が不満なのか、ピンとこなくて、オウム返しで尋ねてしまった。
「最初はね。経験値を分割したら、レベルが上がらないとか、卵が手に入らないって文句だったわけよ。でもアップデートで改善されたでしょ?」
「そうだね。経験値は普通のプレイヤーと変わらないし、魔物の卵屋もできたよ」
そうそうという感じで、マーミンが二度ほど頷いた。
もともと僕は、それを不遇だとは思っていない。未来を考えれば、間違いなく召喚師は強くなる可能性を秘めていた。
そこに至る道筋が大変だからって、不遇だ不遇だというのは、間違っているとすら思っている。
「そしたらね。今度は卵を買ったらすぐレベルマックスになって、進化もできなかったとか、召喚獣がパーティメンバーになったから、固定パーティで遊べなくなった、とかで盛り上がってるわ」
わからなくもない話ではあるけれど、修正を望んだ多くのプレイヤーの声から、運営が対応してくれたわけだ。
固定パーティで遊べないは問題だと思うけれど、戦士、剣士、魔法使い、斥候、召喚師と5種類しか職業がない中で、6人まで組めるのだから、あまり問題になるケースは少ないようにも思えた。
まあガチガチで攻略するとすれば、この修正は大問題になるだろう。ただ自分以外のケースが思いつかないので、なんとなく別にいいじゃないと思えてしまう。
しかもそこに文句を言うということは、召喚獣はパーティとしてカウントせず、経験値は他のプレイヤーと一緒で、卵も簡単にドロップしてほしいってことだ。
いろいろ楽になるだろうけれど、なんだかすぐに飽きそうな気がしてしまう。
「あまりに声が多ければ、また修正するかもね。望む方向とは限らないけど」
「かもね。まあ今回は召喚師関連の修正が多かったけれど、他の職業からも不満がでてるのよね」
自分で作成した理想のゲームでなければ、なにかしら不満は抱くものだろう。
「どういう感じなの?」
「戦士は防御力が上がるだけの固有技能は地味とか、剣士は技のリキャストタイムが長すぎてだるいとか、斥候は戦闘でも活躍したいだし、まあ難しいよね」
戦士の防御力上昇は、タンクをやるなら重要だし、地味かもしれないけれど重要なスキルだ。剣士のリキャストタイムは知らないけれど、あまり攻撃できるようだと、タンクから魔物を引き剥がしてしまうだろう。
斥候が戦闘で役に立ちたいという気持ちはわかるけれど、斥候にしかほぼできないアドバンテージもあるし、そこそこ戦えるなら、それで良い気がする。
「魔法使いも?」
「そうね。覚えたい魔法が多すぎて、スキル枠が足りないとか、回復重視でスキルをとったのに、魔法使いって言う名前のせいで、火力が求められるとか」
スキル枠が足りないはどうにもならなさそうだけど、後半は回復重視ですとでも言えば良い気がする。
自動でパーティを組むシステムがあるけれど、そこを考慮していないって話なら理解できた。
「実際にスキル枠って足りなくなるの?」
「私の場合は、アロイ・ガライのクエストと40レベルを越えているおかげで、スキルは15枠あるのよ。覚えているなになに魔法のスキルは、火、水、風、土、無、補助、爆裂の7つだから、別に困ってはいないわね」
それだけあれば、いろいろな状況に耐えられるだろう。でもスキル枠が足りないって言う人がいる以上、他にも魔法があるのかもしれない。
「今の所、存在が確認されていながら、取得方法がわからない魔法があるの。それは定番の雷と氷、そして光と闇ね。後は魔法の特化方法があるから、色々取得すると、特化できなくなる事はわかっているわ」
おそらく僕の無魔法を虚無魔法にするというのが、いわゆる特化なのだろう。火が烈火とかになるとして、水を鍛えていたらダメとか、そんな制限なのかもしれない。
「そのへんは魔法使い学校で教えてもらえるから、一般常識ってやつよね」
「そんな学校があるんだ」
んっと言う感じで、マーミンが僕を見る。
「そうね。レベル30になれば、その職業に関係する施設へ招待されるの。ラルと話しているとレベルが気にならなくなるから、そこを忘れていたわ」
長くプレイしているけれど、まだまだ知らないことも多そうだ。
「また話は変わるけれど、公式ホームページを見たら、ドロップ率上昇イベントをやるみたいよ」
「えっ、卵も?」
「卵もって言うか、全部のドロップを一定期間上昇させるみたいね。ドロップの神様のドロッピーが誕生した事を祝って、って言う設定みたい」
ドロッピーという名前に、ちょっとだけ、かなり引っかかるけれど、単純に一定期間ドロップ率上昇させますというよりは、理由がある方が受け入れやすい。
「あー、あんまり行かないところで、良さそうな卵のドロップを狙おうかな」
「混むでしょうけどね。普段は見かけない召喚師祭りになるかもよ」
それを想像するだけで、ちょっとワクワクしてきた。召喚獣は数種類しか見ていないし、ここぞとばかりに召喚師が集まってくるだろう。
骸骨とかもいるかもしれないし、ラビィのような可愛い系もいるかもしれない。
「それっていつからなの?」
「明後日よ。その間にどこを狙うか決めておいたほうが良いかもね。ドロップ率が上昇するのは、卵だけじゃないから」
今のところ興味があるのは、骸骨と岩石人形だ。どちらも無生物っぽいから、どこでも連れていける汎用性がある気がする。
ただどちらも迷宮なので、場所がかぶることがないかわりに、アタックできるチャンスは限られている。そこ以外でも狙う場所を決めておかないと、もったいないことになりそうだ。
「あっと、ヘルプが来たから、ロッカテルナ湖に行ってくるわ。またね」
「またね」
マーミンがポータルに触れると、スゥッと姿を消した。ロッカテルナ湖は人気なのか、赤さんもよく行っている場所だ。
フィールドで手に入れていない卵は、森狼系とドラクル系だ。水トカゲや大蛇、土サソリもいるけれど、今の僕には手強いし、あんまり食指が動かない。
「ドラクルを狙って、ドラゴン系と契約できるか、試してみようかな」
「頑張るですの」
「ウピィ」
「ガモォ」
迷宮に入れなくなった後は、ドラクル系を狙うことに決めた。




