87.予想外に早かった
僕らがエントランスホールへと戻ると、そこにラズベリーが同じタイミングで、ポータルから現れた。
「あっ、ラルさん。こんにちはー」
「こんにちは」
挨拶を済ませると、僕が連れているエリーを見て、ラズベリーの動きが止まる。
「もしかして、妖精さんですか?」
「紫妖精のエリーだよ。邪妖精の迷宮でドロップした卵と契約したんだ」
エリーがよろしくというように、空中でヒラリと一回転をする。
「ウピピ」
「ふふっ、エリーさん。よろしくお願いします」
なぜかラズベリーもその場で一回転しながら話していたけれど、おそらくエリーにつられたのだろう。
なんだかそんなことだけで、ほんわかとした気持ちになった。
「あっ、そうだ。これを見てください」
ラズベリーは何かを思い出したかのように、インベントリから茶色っぽい網目模様が入った塊を取り出した。
「なんとなくメロンっぽいねって……もしかして卵!?」
「はい。これがミニタウロスの卵です!」
エリーと契約したばかりで、まさかのミニタウロスの卵だった。あれだけ倒してもドロップしなかった卵が、僕の目の前にあるのがウソみたいだ。
「すごい。ラズベリー、すごいよ!」
「ありがとうございます」
思えば初めて会ったときには、ラズベリーは100体を討伐するだけで卵を諦めていた。それがいつの間にか粘り強くなり、今では迷宮で卵を手に入れるまでになっている。
(僕も負けていられないな。今後は水中と灼熱のゾーンで戦う可能性があるから、どういう編成を目指すのか、あらためて考えてみよう)
ラズベリーは僕にミニタウロスの卵を差し出してくる。僕もインベントリから、うさぎの卵を取り出した。
「約束どおり、交換しよう」
「はい」
僕はうさぎの卵をラズベリーへと渡し、ミニタウロスの卵を受け取った。
「私はこのまま魔物契約卵部屋で、いろいろ確認してきます」
「あっ、よかったら、僕も一緒に行っていい? ミニタウロスも見てみたいし」
「もちろんです」
僕らは早速、魔物契約卵部屋へと移動した。
--------------------------
僕らが魔物契約卵部屋に入ると、ラズベリーは待ちきれないというように、うさぎの卵をセットする。
半透明のドームの中に、バトルラビットの姿が浮かんだ。
「やっぱり最初は獣エッセンスを最大ですね」
可愛らしい感じに見えるバトルラビットが、二足歩行に変化し、逆に生えている毛が薄れ、顔も精悍になっている。
さっきまでは動物って感じだったけれど、今は人型のビーストって言うのがふさわしい感じがした。
「ふん。我には及ばぬな」
「うーん。逆に体毛がなくなって、顔が怖いです」
キンちゃんの時には、獣エッセンス最大で毛がものすごく伸びて増えていた。だからといって、全ての魔物が、同じ変化をするとは限らない。
「人エッセンスはどうでしょう」
すると僕が見たことがある姿になった。間違いなくラビットチャイルド。やっぱり可愛らしい見た目だから、この施設が追加されたことで、きっと契約する人が増えるだろう。
「あっ、ラビィさんです。人エッセンス最大で生まれるんですね」
「ふん。悪くはないな」
さっきからキンちゃんが評価してくれているみたいだけど、いまいちわかりにくい感じがする。
キンちゃん基準でいくならば、どの魔物も勝てるはずがない。ただ将来性のコメントを言ってくれるならば、少しは参考にできそうだ。
「あとは虫でしょうか」
ラズベリーは常にエッセンスを最大でセットしている。今度は毛がものすごく短くなり、皮膚が甲殻のように黒光りしていた。
もはやうさぎの面影が残っているのは、その長い耳だけだろう。
「きゃっ」
ラズベリーはすぐに設定をリセットした。キンちゃんも何も言わないので、特に評価するべき点がなかったみたいだ。
「やっぱり悩みますね。ラルさんは、どのエッセンスを使ったらいいと思いますか?」
僕としてはどれを使うかと悩むよりも、全部試してみればいいと思っていた。でもせっかく聞いてくれたから、なんとなくだけれど、良さそうだと思うエッセンスを勧めてみる。
「鬼エッセンスでどうかな?」
「はい」
ラズベリーが鬼エッセンスを最大で設定すると、なぜかバトルラビットは丸まってしまった。
マリモを真っ白くした感じで、とてもフサフサ感がある。ただ頭や耳も毛に埋まっているのか、真っ白い毛の塊にしか見えない。
(全然強そうに見えないけれど、あれで戦えるのかな。前衛か後衛かもわからないや)
「ふむ。なかなかに強く、未来が楽しみなやつだ」
「うわぁ、いい毛並みです! ああ、抱きしめたら……きっと最高です!」
その姿にラズベリーは盛り上がっていたけれど、ここで大事な事を思い出した。
「あっ、そうだ。実は高レベルのゾーンで敵を倒すか、魔物の卵屋で銀級になればわかるのだけど、属性のエッセンスというのがあるんだ」
「属性のエッセンスですか?」
僕はロッカテルナ湖でラビィやサクラが泳げなかったことや、火竜山のゾーンの予想などを、ラズベリーに説明した。
「そういうこともあるんですね」
「泳ぐなど容易いことだ。だが我は潜れんぞ」
おそらくキンちゃんは、深い川を泳いで渡るとかはできるのだろう。でも水中へ潜って戦うというのは、さすがにできないらしい。
「だから属性エッセンスを使ったほうが良いよ。せっかく契約したのに、一緒に行動できなくなる可能性があるから。まあ試してみてよ」
僕は持っていたエッセンスを取引ウィンドウに載せた。
「使いそうならエッセンス一つにつき10ウェドだから、気にせず試してよ」
「はい。ありがとうございます」
今まで僕がここで試した属性エッセンスの話を、ラズベリーに説明した。
するとラズベリーが試したのは、まずは鬼エッセンスを50にすることだった。
「おっ、姿が変わらない」
「よかった。これで属性エッセンスを追加すれば、属性持ちで毛並みも楽しみです」
ラズベリーは最初に、火のエッセンスを50セットする。
すると毛の先端に、赤い小さな丸が浮かびはじめた。ピカピカと点滅するので、なんだか派手な電飾みたいになっている。
他の土や風のエッセンスも試していたけれど、あまりピンと来なかったようだ。最後の望みをかけるように、ラズベリーは水のエッセンスをセットした。
「あっ、水がきれいな感じでいいですね」
「良いんじゃないかな。火竜山でどうなるかは未知数だけれど、少なくてもロッカテルナ湖では、確実に活躍してくれるはずだ」
でもなぜか、ラズベリーは悩んでいるようだ。
「どうかしたの?」
「いえ。あの水のベールみたいなのがあったら、毛がビチャビチャになるんじゃないかと、心配なんです」
火竜山ではどうなるのだろうとか、戦えるのかではなく、気にしているのはそこだった。
(ラズベリーらしいと言うべきかな。でもその心配は杞憂だ)
僕は右手を前に伸ばした。
「エリー、座って」
「ウピッ」
僕の近くを飛んでいたエリーが、パタパタと右腕に座った。
「ラズベリー。エリーに触ってみてよ。紫のオーラがあるけど、なにも感じないから。エリーもいいよね?」
「ウピッ」
エリーから拒絶は感じない。ちょっと戸惑っているラズベリーを、僕は目で促してあげる。
ラズベリーはおっかなびっくりな感じで、そっと指をエリーの頭に差し出した。
「あっ、普通に触れます。髪の毛がサラサラですね」
「だから水のベールというか、オーラがあっても、毛がぐっしょりとかにはならないよ」
僕の言葉に、ラズベリーが笑顔になる。
「ありがとうございます。私はこれで契約したいと思います」
「了解。なら500ウェドでよろしく」
取引ウィンドウから、僕は500ウェドと残りのエッセンスを受け取った。
「あっ、進化を目指して、契約とレベル上げを頑張ります。ありがとうございました」
「うん。またね」
「またー」
ラズベリーはそう言いながら、魔物契約卵部屋から出ていった。
ミニタウロスを見たがるかなって思ったけれど、どうやらそれ以上に、契約に興奮していたらしい。
「よし。ミニタウロスの卵をセットだ」
「はいですの」
半透明のドームの中に、迷宮で見たミニタウロスの姿が浮かぶ。
「いいね。ノーマルでも悪くない」
ちょっと顔は怖いけれど、味方になれば頼りがいがありそうだ。
ずっと目標にしてきたタンク候補だし、じっくりと検証していこう。




