72.新たな依頼
湖岸の大蛇はまばらなので、注意していれば襲われることはない。僕らは茂みを抜け出すと、大蛇に注意しながら、湖岸で休憩することにした。
「一般の魔物なのに、かなり強かったね」
「びっくりですの」
「次こそは仕留めてみせます」
サクラは悔しそうにしているが、勝てなかった原因は、きっとレベル差なのだろう。適正レベルが35以上って言われているゾーンで、20にも満たない僕らがまともに戦えるはずもない。
いままで多少上位のところで戦えていたのは、しっかりと強い武器を準備していたというのが大きい。
後は魔法が通用していたので、多少の苦労はあれどクリアはできていた。
「このゾーンでは戦いにくいみたいだし、一度クランハウスへ戻ろうか」
「おまかせですの」
「マスターのお心のままに」
僕に右手をピッと上げて答えるラビィに、恭しく頭を下げて答えるサクラ。システム的に逆らったりはしないのだと思うけれど、不思議と信頼みたいなものが感じられた。
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クランハウスへと戻ると、ソファにマーミンが座っていた。
「やっほー」
軽い感じでマーミンが挨拶をしてくる。
「いよぉ」
僕も同じ感じで挨拶を返した。
「どう。順調?」
「いや、いまロッカテルナ湖に行ってきたんだけど、水トカゲから逃げてきたよ」
マーミンは僕の言葉に驚くことはなく、『へー』と言う感じだった。
「レベル差があるから仕方ないよね。魔導書狙いなら、そのうち出回るだろうし、無理せずレベル上げがいいかもね」
「そうだよね。まだ20にもなってないからな」
いろいろやりたいことが多すぎて、っていうのもあったけれど、ラビィとサクラに早く出会えた分、僕のレベルは上がっていない。
でもそこは修正されたから、いまならどんどんレベルを上げられる気がする。
「そう言えば、火竜山にも行ってきたのよ」
「おっ、どうだった?」
マーミンはニコッとするだけで、話そうとはしない。早く教えてよって思った頃に、やっとその口を開いた。
「1時間くらい山を登るとね、『チキンヘッドの村』っていうインスタンスゾーンに入るのよ。そこでチキンヘッドに意味がわからないことを言われたから、そのまま撤退してきたわ」
魔物言語がなければ会話はできない。でもマーミンはレジェンドクエストの事を知っていたから、素直に撤退したらしい。
「ラルの情報がなかったら、そのまま全滅させていたかもしれない。でもきっとあれ、イベントみたいのが隠れてるのよね」
予想だけれど、レジェンドクエストをクリアすれば、その村に入れる可能性が高い。
「でもレベル35以上のゾーンなのか。クエストを進めすぎているのかな」
「クエストを受けたのは南の森でしょ。適性から考えれば、進めすぎってことはないんじゃないかしら」
ちょっと悩みそうになったけれど、レジェンドクエストをクリアすればわかるだろう。でも一応20レベルまで上げてから、挑戦することにしようかな。
「足手まといになるかもしれないから、せめて20までレベルを上げるよ。って、そうだ」
僕は取引ウィンドウを開く。
「あっ、クラン設立の費用ね」
僕はしっかりと5万ウェドを返した。
「返せて安心したよ」
「まあ借りなければ、クランが設立できなくて、他のメンバーに迷惑がかかるしって借りたんでしょ? 普段、借金なんてしなさそうだから、変に気疲れしたんじゃないの?」
マーミンの言うとおり、お金を借りなければダメならば、僕はそれ自体を諦めるタイプだ。でもあの状況では、僕がお金を作るまでの間は、クラン設立ができなくなる。
そうなると自分だけの話ではなくなるので、マーミンの好意を素直に受け入れた。
ただお金を貯めただけで安心して、借金のことは忘れがちだった気がするけれど、こうしてしっかりと返したら、なんだか気持ちが軽くなった気がする。
「大丈夫。ありがとう、マーミン」
「どういたしまして」
マーミンはにこやかにお辞儀をしてくる。僕もすかさずお辞儀をし返した。
「ふふふっ」
「はははっ」
僕らの笑い声がクランハウスに響いた。
そんな時、エントランスホールにある個室の扉がバタンと開く。
「よぉ。せっかくだから、個室でログアウトしてみたぜ」
「やっほー」
「こんにちは」
個室から現れたのはパンクだった。個室でログアウトする意味もないけれど、雰囲気でやってみたらしい。
パンクは僕の横へドサリと座る。全身鎧が重くても、ソファが壊れることはない。
そんなパンクが口を開きかけた時、クランハウスの扉がノックされた。
すかさずビクトールが小部屋から現れる。
「どちら様でしょうか」
「レアハンターズに仕事の依頼があってきました」
「マスター。よろしいですか?」
いつか見た光景だった。仕事の依頼と言っているので、クランクエストの話だろう。
「いいよ」
僕はコクリと頷いて、ビクトールに返事をする。
「お入りください」
ビクトールが扉を開けると、40代くらいの細身の女性が入ってきた。修道服っぽいものを着ているので、チェルナーレの教会の関係者かもしれない。
「失礼いたします」
マーミンが正面から、僕の隣へと移動する。マーミンがよけたソファへと、その女性は座った。
うつむき加減で困っている感じなので、僕は話を促してみる。
「どういったご依頼ですか?」
「あの、実はチェルナーレの教会の礼拝堂で、夜ごと妙なうめき声が聞こえるのです。最初は気のせいかと思っていたのですが、日に日に大きくなっている気がして……。昨晩などは明らかに『ウガァ』という、苦しそうな声が聞こえたのです」
礼拝堂から聞こえる奇妙な声。それを止めて欲しいという依頼みたいだ。
「私たちは毎晩祈りを捧げたのですが効果がなく、こうして恥を忍んでお願いに来ました」
教会関係者が魔法を使えるわけではないので、祈りで解決しないのは仕方がない。でも教会にいる人の感覚では、それは恥になってしまう問題なのだろう。
「つまり、声の原因を突き止めて、対処して欲しいという依頼ですか?」
「そうです。そしてできれば今夜にでも、お願いしたいのです」
日に日に声が大きくなっているなら、早めに対処するのは当然だ。
ちらりとマーミンとパンクを見たら、二人とも小さく頷いていた。
「わかりました。では今夜、教会に伺います」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言うと女性はお辞儀をして、クランハウスから出ていった。
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クランクエスト:奇妙な声の原因を排除せよ
報酬:10クランポイント
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パッとクエストを見る限り、討伐対象がいない。でも前のクエストの例があるから、油断せずに頑張ろう。
「クランクエストって、こんな感じで受領するんだな」
「メンバーなら、誰がクリアしてもいいみたい」
「へー、でも10ポイントって少なくないかしら。魔物100体分でしょって思ったら、うーん、そうでもないかしら」
マーミンは一人で納得している。
「ただアイテムや経験値が入らないみたいなんだ。ポイント重視ならクランクエスト、そうでなければ普通に魔物を倒せばって感じだね」
僕の言葉に、即座にマーミンが反応する。
「えー、それなら魔物100体のほうが良くない?」
「クランクエストの場合、完全クリアすると100ポイント入るみたいなんだ。だからポイントを貯めるなら、クランクエストがベストだよ」
100ポイントと聞いて、マーミンもパンクも納得したようだ。
「魔物1000体分かよ。それなら理解できるな」
「さすがに1000体はねぇ。クランポイントを稼ぐのは大変だわ」
夜までは微妙に時間があるし、僕は前にクリアしたクランクエストの話をすることにした。




