71.湖畔の激戦
しっかりと休憩してから戻ると、ラビィとサクラが迎えてくれる。
「おかえりですの」
「お待ちしておりました」
「ただいま」
さっきの続きでアロイ・ガライへ行こうかと思ったけれど、やっぱり新しいゾーンも気になってくる。
(山か湖か。レベルはきついけれど、雰囲気も味わってみたいな)
ドロップもいいのがありそうだし、様子見がてら調査も悪くはない。
「ロッカテルナ湖へ行こう」
「はいですの」
「マスターのお心のままに」
僕らはクランハウスを出て、街の北へと向かった。
--------------------------
前にマーミンから聞いた話によると、街の北から出て直進すれば、1時間ほどで湖が見えてくるらしい。
見えてくる景色は、始まりの街から小鬼の村へ向かっていた時と似ていて、草原に土の道が続いている。
なぜかバトルラビットの姿が見えるけれど、はじまりの街へ行かなくても良いように、配置しているのかもしれない。
「草原の風は爽やかだねぇ」
「気持ちいいですの」
「はっ」
ラビィはもともとバトルラビットだからかもしれないけれど、草原を気持ちよく歩いている。
日差しも強くなく草が広がっている景色が、灰色の中で暮らしている僕の心を癒やしてくれるようだ。
魔物に襲われることもなく、道をそのまま歩いていくと、バトルラビットがいなくなっていった。その代わりに、爽やかな風の中に、なんだか冷たいものを感じてくる。
「湿度があがってきたのかな。湖が近い?」
「そうかもですの」
そんな風に感じながら進んでいると、やがて遠くに湖が見えてきた。
「うわぁ。きらきらしてるよ」
遠くからでも、湖面がキラキラとして見えた。湖の奥は霞んで見えないけれど、かなり広い湖だというのがわかる。
僕は思わず早足になりながら、湖へと近づいていった。
--------------------------
湖岸へと近づいても、明るい雰囲気は変わらない。真昼だというのもあるけれど、とても危険な湖には見えなかった。
チャプっと手を付けてみると、水はひんやりとして冷たかった。マーミンは湖の中で戦ったと言っていたけれど、この冷たさにダイブしたのだろうか。
「湖を左手に見ながら、湖岸を歩いていくと、ポータルがあるらしい」
「りょうかいですの」
「はっ」
湖の中に魚は見えないけれど、蛇っぽい魔物が湖岸にちらほらと確認できる。名前は大蛇となっているので、魔物の卵屋で売っている蛇の卵とは、また違った魔物かもしれない。
新しいゾーンなので、ドロップリストを確認してみた。
大蛇の鱗、大蛇の牙、大蛇の毒袋、大蛇の卵の4種類しかドロップしないようだ。それぞれコモン、アンコモン、レア、ウルトラレアの順番で、わかりやすいように文字の色でレア度がわかるようになっていた。
ドロップリストにエッセンスが載っていないけれど、おそらくそういう仕様なのだろう。
「張り付いているプレイヤーがいないのは、大したドロップをしないからか」
そんな事をつぶやきながら歩いていると、遠くにポータルが見えてきた。湖岸は水が靴に染みそうなので、すこし離れた位置を歩きながら、大蛇に襲われないようにポータルへと近づいていく。
「登録っと」
無事にポータルへたどり着くと、早速登録を行った。
これで無茶をしても、すぐにポータルで戻ってこられる。湖の中は放っておいて、周りの方を調べてみよう。
--------------------------
ポータルから離れていくと、腰くらいまでの高さのある茂みが広がっていた。そこにはプレイヤーがたくさんいて、戦闘をしているのも見える。
(んっ、水トカゲ? これもトカゲの卵とは、また違った魔物かもしれない)
他のプレイヤーに倒される前に、ドロップリストだけでも確認する。すると水トカゲの鱗、水トカゲの舌、水魔法:アクアカッター、水トカゲの卵の4つが確認できた。
この魔物こそ、マーミンが言っていた魔導書をドロップする魔物らしい。それに気がついているから、他のプレイヤーも集まっているようだ。
「出現して即プルだもんな。これじゃ手が出せないや」
「移動しますの」
ちょっとゲンナリしていたら、ラビィが提案してくれた。
「単純な解決方法があったね。もっと奥へ移動しよう」
僕らは他のプレイヤーを横目に、茂みの中を歩いていく。
--------------------------
どんどん移動したけれど、意外な事に奥にもプレイヤーがいた。魔法に価値があるというのも間違いないけれど、高レベルゾーンなので、経験値も悪くないのだろう。
「もっと移動しようか」
「はいですの」
「はっ」
とにかくプレイヤーがいては、試しに狩ってみることもできない。さらに茂みの中を進んでいくと、やっとプレイヤーがいなくなってきた。
でもそれと同時に、水トカゲもいなくなってきた気がする。
「移動しすぎたかな。水トカゲの気配もないね」
ラビィはキョロキョロと周りを見渡しながら、必死に水トカゲを探してくれた。でもプレイヤーがいないということは、きっとこのあたりは違うのだろう。
「仕方がない。少し戻って……」
「マスター!」
サクラが声を上げたと同時に、茂みの中から水トカゲが飛び出した。サクラは武器をクロスさせて突撃を弾いたが、珍しくバランスを崩されている。
水トカゲは空中でクルリと回転すると、茂みの中へ姿を隠した。
「まずい。戦いにくいぞ」
他のプレイヤーたちは、プルして近接される前に、遠距離で勝負がついていた。茂みに逃げ込まれるという状況はなかったので、対処方法がわからない。
「ガサガサ聞こえる。そっちだ!」
左手の方から茂みが擦れる音が聞こえてきた。間違いなく水トカゲは、そっちの方にいるはずだ。
「ムーンシールド!」
おそらく突進してくるだろうと予測して、いつものようにムーンシールドで迎撃する。水トカゲはムーンシールドに当たると、そのまま突き抜けてきた。
「ぐえっ」
おそらく僅かには威力が削がれているのだろうけれど、大げさに言えば砲丸がお腹に落ちたくらいの痛みを感じた。
普通なら心配されそうだけれど、すでにバランスを整えたサクラが、その瞬間を狙って刀を振り下ろす。
直撃してダメージエフェクトは飛んだけれど、それほどのダメージには見えない。
茂みに消えた水トカゲが、またしても姿を消した。
「レタヒールですの」
痛みが消えていく。おそらく連続で攻撃を受けなければ、負けることはなさそうだ。
「あっ」
そんな風に考えていたら、ラビィが声を上げた。普通に声を出したラビィに驚いて振り向くと、左手に赤い何かが巻き付いている。
その途端、赤い何かに引っ張られるように、ラビィが茂みへ倒れ込んだ。
「舌か! ラビィ」
「ウォーターランスですの!」
茂みをかき分けて姿を確認すると、舌を巻きつけた水トカゲに、ラビィが魔法を放っていた。
(水トカゲに水属性は通用するのか?)
っと、思った途端、全身に痛みが走る。
「がはっ」
僕はせいぜい魔法が無効にされると予想していた。なのに水トカゲは、魔法を反射してくる。広範囲に広がる水の魔法は、僕とラビィにダメージを与えた。
「ここです!」
サクラが脇から飛び込んで、水トカゲの舌を攻撃する。
「ピェー」
舌を切断された水トカゲが、いきなり茂みの中へと消えていく。
ラビィに絡みついた舌がスゥッと消えると、僕は撤退を決断した。
「茂みからでて湖に向かうよ。また襲われたら危険すぎる」
「りょうかいですの」
「はっ」
茂みの中を逃げながら、背後を確認したけれど、どうやら水トカゲは追ってこないらしい。




