51.サクラ無双
1階の天秤の部屋に戻ると、さっきまでいたパーティはいなくなっていた。
うまく謎を解いたのか、諦めたのかはわからないけれど、どっちにしても影響はない。
「それじゃ迷宮に入るよ」
「がんばるナァ」
「ウガウガガァ」
なんとなくテンションの高いサクラが気になるけれど、その原因はわかっている。僕はノーマルを選択すると、迷宮へと進んでいった。
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迷宮に入って気がついたけれど、サクラの様子が明らかにおかしくなっていた。
壁から出てきたゴーストに向かって、猪突猛進って感じで突撃している。
「ウガァ!」
僕らが魔法を使うまでもなく、ゴーストは消滅する。すると次の獲物を探すように、サクラがどんどんと進んでいく。
「ちょっ、サクラ。速いよ」
っと制止したのだが、なぜか聞こえないかのように、サクラは通路を進んでいく。
「サクラのうっぷんがすごいナァ」
ラビィがポツリと呟いた。
たしかに僕らだけで戦う時は、魔法先制で反撃を受けることなく倒すことが多い。でもボス戦ではサクラも戦っているし、それほど気にしてもいなかった。
(やっぱり角カリカリは、イライラの動作だったんだ)
僕らはサクラを見失わないように追いかけていく。少し走っていくと、すぐにサクラは見つかった。
「ラビィ、ヒールだ」
「ヒールサークルナァ」
範囲ヒールの魔法で消費も大きいが、回復量もヒールより多い。いつの間にかサクラが骸骨2体とゴースト2体に囲まれていたので、ラビィは強めのヒールを使ったようだ。
「ウガァ! ウガァ!」
ヒールで注意を引いたのか、ゴーストが1体、ラビィの方へと動き出す。でもそのゴーストを、サクラは後ろから切りつけた。
「危ない!」
囲まれている状況で、1体を攻撃すれば、背後の魔物には無防備になってしまう。
ゴーストは1体倒したが、サクラの無防備な背中へと、骸骨のパンチが飛んだ。さらにそこへ、もう一体の骸骨とゴーストまでが攻撃する。
「ウガァ、ウガァ!」
サクラは振り返って骸骨を小鬼小刀で切りつけた。やはりサクラの攻撃力は高く、それで骸骨は消滅する。
「カタカタカタカタ……」
残った骸骨が、恐怖からなのかカタカタと歯を打ち鳴らした。
「ヒールナァ」
魔物の数は減ったけれど、サクラのピンチに変わりはない。新たに受けたダメージを、ラビィのヒールが癒やしていく。
だがまたしても注意を引いてしまう。残ったゴーストがラビィへ向かっていった。
「ムーン……」
「ウガァ!」
僕が魔法を使おうとした途端、サクラの意思を感じた。『私に任せて』、そんな強い意志を感じたのだ。
だが通路の奥から、さらに骸骨が3体もやってくる。
「あのカタカタは仲間を呼んでいたのか!」
普段ならそんな暇もなく、骸骨は倒していた。だからこそ気が付かなかったけれど、時間をかければよりピンチになるだろう。
だがサクラの意思はかわらない。しかもその感情の中に、なぜだか喜びまで感じ取れた。
(小鬼の村長が言うように、サクラは戦闘が好きなのか? だからヌルい戦いが嫌で、こうやってストレスを発散しているのか)
サクラが喜々として、小鬼小刀を振るう。反撃をかわそうともせずに、自らの攻撃を当てることに集中している感じだった。
「ヒールナァ」
一振りごとに、骸骨の数は減っていく。最後に残った一体を、サクラはあえてなのか蹴り飛ばした。
「カタカタカタ……」
残った一体が、またしても仲間を呼ぼうと歯を打ち鳴らした。
だが生憎と、救援は現れない。
それをサクラは確認すると、小鬼小刀で骸骨を一刀両断にした。
「サクラ無双……」
「やっぱりすごいナァ」
これで落ち着くかと思ったら、またしてもサクラは進んでいく。僕らは置いていかれないように、サクラの後を追った。
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そうやって魔物を倒しながら進んでいると、いつの間にかフォルクシーの部屋の前まで来ていた。
サクラは早く中に入りたいと言うように、扉をガンガンと叩いている。
(今まで安全に戦っていたから、鬼の本能的なものが疼いたんだろうな、きっと)
「行くよ」
「がんばるナァ」
「ウガウガァ」
僕は扉に手を触れた。
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五メートルくらい先に、メイド服の女がいた。前と同じ感じで、見えている部位は全部黒っぽい骨だった。
「キャシャシャ、キャーシャシャシャシャア」
喜んでいるかのような声が響いた。
そしてこれこそが戦闘の合図なのだ。
前と同じ戦闘の始まりだったけれど、少し行動パターンが違っていた。
フォルクシーがお盆で狙ったのは、僕ではなくてサクラだった。
「ウガァ」
だけどサクラは、高速に飛んでくるお盆を、小鬼小刀で切り飛ばした。真っ二つになったお盆が、床に転がって消えていく。
さらにサクラは近接するために、フォルクシーへと肉薄する。
するとフォルクシーはすぐにデッキブラシへ持ち替え、サクラの攻撃を迎え撃った。
「すごい。なんでこんな戦いになってるんだ」
カンッ、カカッカンッっと、小鬼小刀とデッキブラシが打ち合っている。どちらの攻撃も致命傷にはならず、まさしく互角に戦っていた。
そういえば今までは仲間を巻き込まないように、魔法を使ってきた。実際に試したことはないけれど、多分魔法は仲間にも当たるだろう。
「速すぎて魔法が使えないナァ」
おそらくラビィもサクラに当たるのを気にして、魔法を使っていないのだろう。もともとフォルクシーはそんな感じもあったけれど、お互いが少しづつ防御を捨てている気がした。
「痛そう……」
フォルクシーからダメージエフェクトが飛べば、サクラもデッキブラシを受けてしまう。まるでそれを楽しむようにして、どんどん無防備に攻撃し始めた。
「ヒールサークルナァ」
がっちりと注目しているのか、フォルクシーはラビィを気にしていないようだ。もちろん僕のことも、全く目に入っていない。
「ヒールナァ」
以前に見たフォルクシーは、かなり無防備に攻撃を受けていたが、かなりの耐久力だった。
ラビィのヒールがあるとは言え、サクラの方が不利に思える。
「ウガァ、ウガァ!」
でも楽しそうに小鬼小刀を振るうサクラを見て、僕は攻撃ができなくなる。
サクラの意思も感じるし、ここは見守ることが一番なのかもしれない。
「おーっとサクラの右上段からの振り下ろし、それをフォルクシーはバックステップで躱したぁ!」
サクラが大丈夫なのか緊張して、思わず実況してしまったけれど、それを聞くのは実際に見ているラビィだけだ。
「ラビィ、サクラは大丈夫なのか?」
「ヒールナァ。心配ないナァ」
僕の話の間にも、ヒールしなければならない状況だ。
「ヒールサークルナァ」
他のヒール魔法があれば、もっと余裕で回復できるかもしれない。でも今のところ、ヒールのレベルはそれほど上がっていないし、魔導書も持っていなかった。
(ヒールする間もなく、ほぼ無傷で倒してるからな。そのうち癒魔法スキルレベル上げも必要かな……)
「ウガァ、ウガァ」
サクラの攻撃が思い切りフォルクシーの胴を切った。だがその瞬間、フォルクシーの姿が消える。
「まずい。短距離転移だ!」
「ガァ!」
そう思ったときにはすでに、フォルクシーはラビィの背後にいた。
「突進ナァ」
森狼王の戦い方を見てからは、ラビィは突進を回避に使うようにもなっていた。
フォルクシーはラビィがいなくなった空間へ、デッキブラシを思い切り真横へ振った。
「まずい!」
僕は慌ててその場を離れた。
フォルクシーの攻撃は、予想通りにデッキブラシトルネードだった。
サクラもラビィも僕も、しっかりと距離を取っている。短距離転移は連続で使えないはずなので、今回は無事に回避できそうだ。
「ウガァ!」
なのにサクラが、自分からデッキブラシトルネードへ突っ込んでいく。
「サクラ!」
吸い込まれると思った瞬間、サクラは小鬼小刀を真横へと振るった。
「嘘だろ……」
フォルクシーは左から右へと振るってトルネードを作っていた。サクラは右から左へと振ることで、このトルネードを打ち消していたのだ。
「ウガアァァァァァ!」
消えた竜巻の向こうには、無防備にフォルクシーが立っている。
「ウガァ!」
小鬼小刀を前方へと突き出すと、それはフォルクシーの胸へと突き刺さる。
「キャシャァァァァァ!」
そんな叫びを上げながら、フォルクシーは多角形の板を撒き散らしながら消えていった。
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執事のズボン×1 を手に入れました
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「ウガァ、ウガァ!」
右手を突き上げ、サクラは勝利の雄叫びを上げていた。
「やったナァ」
「ああ、やったね」
ひとしきり喜んで落ち着くと、どうやらサクラのストレスも解消したようだ。前と同じような感じで立っていて、角をカリカリとはしていない。
「ドロップ確認だ」
なぜかメイドのフォルクシーから、執事装備がドロップしていた。
「これもシリーズなのか。ボスはメイドだけど、ちゃんと男性用もドロップするんだな」
見た目は違うと思うけれど、メイドシリーズと比べても能力的な違いはなかった。ただ全て揃えたときのセット効果に、お盆カッターは存在しない。
「でも短距離転移はあるから、アタッカーには良さそうだよね」
「似合うと思うナァ」
ラビィの言葉で思い出した。よく考えたら僕のズボンは、いまだに初期装備だった。ちょうどいいので履き替えておこう。
「んっ、黒いスーツみたいなズボンだ。さすがパリッとしてるね」
「いい感じだナァ」
「ウガァ」
ラビィもサクラも褒めてくれる。少なくても性能が初期のズボンよりもいいので、似合っていなくても装備していただろう。
でも褒められると嬉しくなる。
「このままアロイ・ガライの討伐をしよう」
「がんばるナァ」
「ウガァ」
僕らはフォルクシーの部屋を出た。




