05.小鬼の森へ
階段をのぼりきると、不意に声がかけられた。
「おつかれさまです」
「おつかれさまです」
美少女の一言に、思わず同じ言葉を返してしまう。
「あれ、ハヤテさんは?」
ギルドホールにはハヤテさんの姿は見当たらなかった。
「先程依頼に出ました。Bランクなので、それなりに忙しいみたいです。でもそれでも訓練してくれるのだから、もしかしたらラルさんを気に入ったのかもしれないですね」
「えっと、そうだね。あ、武器を買いたいんだけど、おすすめのお店とかある」
「ありますよ」
美少女は地図を書いて、お店の場所を教えてくれた。
「もし武器を買うのでしたら、5000ウェドはかかりますよ」
「え、そんなに?」
所持金は誰しもが1000ウェドのはずだから、おそらく最初から持っているスキルの武器は支給でもされるのだろう。
「あっと、ありがとう。依頼を受けて頑張るよ」
「はい」
僕は受付を離れ、NPCが集まっている依頼板へと移動する。するとメニューが開いて、いくつかのクエストが出てきた。
(さすがゲーム。アナログで確認させたりはしないね)
開いたメニューからクエストを見ていくと、『バトルラビットの討伐』『小鬼の討伐』の二つがあった。いわゆる採取系のクエストがないのは、僕にスキルがないからなのか、最初からないのかはわからない。
「両方受けておこう」
とは言え目標は『小鬼』だ。公式の紹介で進化が紹介されているが、小鬼の進化にある『鬼姫』というのが最高なのだ。見た目は美女で派手な着物を着て、刀で戦うという魔物だった。ただ『小鬼』でも雄の場合は『鬼王』になってしまう。
だから僕が最初に契約する魔物は、『小鬼』の雌を狙っていた。
さらにバトルラビットは、僕の二番目に契約したい魔物だ。どちらの魔物もクエストにいるのは、僕にとってはプラスだろう。
「行ってきます」
「お気をつけて」
美少女に手を振って挨拶したら、そんな言葉が帰ってきた。僕は最高の気分で、小鬼討伐へと向かったのだ。
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街の門から外に出ると、そこはプレイヤーでごった返していた。水や炎の魔法が飛び、武器を振るうとバトルラビットが多角形の板になって消えていく。ただゲームは始まったばかりなので、防具の方は貧弱な感じだ。
「魔物が瞬殺だよ……」
門前にはバトルラビットが生息している。正確にはこの南の平原に、バトルラビットが生息しているのだ。だから別に門前でなくても、遠くに行けば獲物はいるだろう。だけどクエスト報告があるから、みんな門側から離れたくないのだ。
「僕は小鬼狙いだからいいけどね」
他のプレイヤーが戦っている中を、僕は道なりに進んでいく。クエストの情報によれば、このまま南に七時間ほど進むと『小鬼の森』につくらしい。
「リアル七時間ではないけどね」
このゲームでは現実の七時間で一日が経過する。だからゲーム内での七時間は、計算が苦手だからよくわからないけれど、きりよく420分を3で割ってリアルでは140分くらい歩くというわけだ。
「リアルで二時間ってひどいよな。計算合ってるのかな? まあ道なりに進めばたどり着くでしょう」
街道を進んでいくと、プレイヤーの姿がなくなっていく。その代わりだだっ広い平原に、バトルラビットの姿がたくさん見える。
「本当に広いよね―」
どこまでも続く平原に、世界の広さを感じていた。
このあたりで狩りをすれば、競合することもなく倒せるだろう。でもバトルラビットは二番目で、一番は小鬼だ。さすがに負けることはないと思うけれど、大分歩いてきたのだから、死に戻りは避けたい。
「リアルって言うだけあって、日差しが暑く感じるよ。気のせいか疲れてきた気もするな」
平原に吹く風が、僕の体温を下げてくれる。風に香る若葉の匂いが、僕の心を癒やしてくれるようだ。
「はぁ、寝てもいいかも」
僕は道を外れ、草の上でごろりと寝転がった。まるで高級なベッドのように、僕の体の下で草が柔らかく迎えてくれる。スサッという音に顔を向けると、バトルラビットが近づいてきていた。
「サイズが人間くらい大きいから、見た目は可愛い感じもするけれど、やっぱり怖いよね」
でもアクティブモンスターではないので、こっちから攻撃をしなければ、襲ってはこないはずだ。
「うさぎさん、元気かい?」
僕はバトルラビットに声をかけてみた。けれど返ってきたのは、風の音だけだった。
「魔物言語は効果なしかな。僕の声が聞こえるならジャンプして」
特に何もリアクションはしてくれない。僕だってこの程度で会話ができるならば、ベータで無意味なんて呼ばれないのはわかっている。でもこの程度の確認だからこそ、やっておいて損はない。
「そろそろ行くか。夜になっても怖いし」
すでに昼を過ぎた時間だ。あまりもたもたするのは危険なので、僕は再び街道を歩きはじめた。
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そろそろ日が傾きそうだと言うくらいで、やっと森が見えてきた。そして森の入口には、マップの情報通りにポータルがあった。
「登録完了っと。これですぐに森に来られるね」
とはいえそろそろ夜になりそうだ。あえて夜の森に飛び込む気持ちにはならないけれど、せっかくがっつりとプレイしようと思ったのに、このタイミングはいただけない。
「夜に戦う方法もありそうだよね」
僕の持っている情報から言えるのは、明かりの道具を使って戦うか、夜目のスキルを取得するかだ。
「暗闇でも昼のように見えるスキルか。たしか小鬼とかは最初から種族スキル的に持ってるはずだよね」
つまり夜の戦いは、小鬼にとっては不利ではない。
「召喚獣にするのだし、僕も持っておこう」
暗くなるまでにはまだ時間がある。僕は急いで森のなかに侵入した。