43.まさかの卵
ラズベリーは僕がいない時にプレイしていたのか、9レベルにまでなっていた。そのレベルならば、この森は適正レベルと言えるだろう。
森の奥を進んでいると、すぐに森狼が現れた。
「ウィンドブレイド!」
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森狼の牙×1
獣エッセンス×2 を手に入れました
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細かな違いはわからないけれど、少し余裕な感じに見える。きっと一人で戦いながら、森狼との戦闘に慣れたのだろう。
「何度か討伐したのですが、やっぱり卵はドロップしなかったです」
何体討伐したのかは聞かないけれど、卵ドロップは茨の道で間違いない。でもドロップさえすれば、召喚師の本領が発揮できるのだ。
「そのうち出るさ気分でやるのが、ちょうどいいと思うんだよね」
自分の時は『出ろ!』とか言っていた気がするけれど、パーティを組みながら『次こそ出ろ』とか『卵を頂戴!』とかは言いにくい。
「リラックスですね」
「そう。リラックスだよ。って、ムーンボム!」
2体が僕に向かってきた。と言うことはいつもの集団戦闘だろう。
ラズベリーも慣れているし、集団戦闘でも危なげなく戦えた。
13体くらい倒したが、それでも卵は出ない。
「卵はなしか……」
「ラルさん!」
ラズベリーが指差す方向を見ると、いつか見た一回り大きい森狼がいた。
「森狼王だ。咆哮に気をつけて!」
「ウオォォォォン!」
言ってから思ったけれど、せめて耳を塞いでと言うべきだった。
でも前と違ってサクラは耐えている。ラズベリーは硬直しているみたいなので、10レベル以下は影響を受け易いのかもしれない。
「しばらく硬直するけど自然に解ける。その間は任せて。ムーンブラスト!」
森狼王の戦略はわかっている。初撃の魔法を躱しつつ、誰かに突撃してくるのだろう。
「突進ナァ」
思った通りに森狼王がその場から消えたと思った瞬間、ラビィも突進を使っていた。
「ラビィ?」
思わずラビィがいた方へ視線を向けると、そこに森狼王がいた。どうやらラビィは森狼王の突撃を、自分の突進で避けたらしい。
「ナイスだラビィ。ムーンシールド!」
一度戦闘を経験しているから、森狼王が何をするかはある程度推測できた。僕はラズベリーと森狼王の間に、ムーンシールドを展開する。
ガンっとムーンシールドに、森狼王がぶつかっていた。
「やると思ったよ」
以前はサクラに突撃していた。もし同じ行動をするのなら、間違いなくラズベリーを狙うだろう。
「ムーンスピア!」
「アクアランスナァ」
前回も突撃を連続で使ったのは、最初だけだった。予想通りに、二つの魔法は森狼王へと直撃する。
「ウィンドブレイド」
硬直から解放されたラズベリーが、近距離で魔法を放つ。もちろん森狼王は避けられず、気持ちよくダメージエフェクトが飛んで行く。
「ウガァ」
「ウオォォォォン!」
サクラの動きが一瞬止まる。ラズベリーは再び硬直した。
(前と同じパターンならば、ここで突撃を使って逃げるはずだ)
サクラの小鬼小刀は、やはりそのまま空を切った。
「逃がさない!」
僕はそれを追いかけて、キーンソードを振り下ろす。
「アギャァァァァ……」
パーンと派手に多角形の板が飛び散ると、森狼王は断末魔とともにスッと消えていった。
「よし。完勝だ!」
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森狼王の手袋×1
妖エッセンス×4
獣エッセンス×8 を手に入れました
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生憎ドロップは前と変わらない。正直二つもいらないけれど、無事に倒せたことを喜ぼう。
硬直は大丈夫かなとラズベリーを見ると、戦闘は終わっているのに、なんだか青い顔をしている。
「ラズベリー、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……。あの、これ……」
ラズベリーが手に持っていたのは、緑色の不思議な模様が入った卵だった。その卵はラビィやサクラとも違い、少し大きく見える。
「まさか、これ……」
「森狼王の卵です」
王って卵になるのかよっと心のなかで叫びながらも、喜びしか沸いてこない。ラズベリーがあれ程欲しがっていた森狼の卵を、ついに手にいれたのだ。
「おめでとう、ラズベリー。やったじゃないか!」
「ありがとうございます!」
「おめでとナァ」
「ウッガガァ」
さっきまでは青かったラズベリーの顔が、興奮してきたのか赤くなってくる。どうやら驚きすぎて、最初は怖くなっていたらしい。
今は元気に飛び跳ねていた。
「初めての契約だね」
「はい。あー、なんだかドキドキします」
気持ちはよく分かる。僕はラビィの時も、サクラの時もドキドキだった。なによりエッセンスの要素があるから、望みどおりになるかどうかも不安になっていた。
「そうだ。契約にはエッセンスが使えるんだ。それによって進化の可能性や、契約時の姿が変わるから、よく考えたほうが良いよ」
ただ王の卵なんて情報は持っていないから、何がどうなるのか楽しみでしかない。僕の卵じゃないけれど、なんだかワクワクもしてくる。
と思っていたら、森狼王の卵へと光り輝く小さな玉が吸い込まれていった。この様子から想像するに、何かのエッセンスを1種類だけ使ったのだろう。
バッと卵が強烈な光を放つと、そこには馬よりは若干小さく見える毛だらけの狼がいた。
(森狼王の卵だから狼だとは思うけれど、毛に覆われているから、犬って言われても納得しそうだ)
「やった。もふもふぅ」
ラズベリーが狼の首を抱きしめるようにして、毛の中に埋まっていた。
「しあわせぇ……」
毛の中から、微かに声が聞こえてくる。そんな声を聞かされたら、モフラーでもない僕でも、ちょっと堪能したくなる。
「僕もいいかな?」
そう言って狼に近づこうとした途端、狼が毛だらけの顔をこちらに向ける。
「愚か者! 我に触れられるのは主のみ。その他一切を許したりせぬわ!」
長い毛に覆われて表情は見えないが、狼のわりに流暢な話し方だった。騎士タイプの雄かなって思っていたら、ラビィの可愛らしい声が聞こえた。
「あったかいナァ」
いつの間にか狼の胴体に、ラビィの上半身が埋まっていた。
「主だけじゃないの?」
「お、愚か者……この娘は同じ獣族だからいいのだ」
顔が見えなくても、うろたえているのがわかる。まさかとは思うけれど、女好きの狼なのかもしれない。
ちょっとだけサクラをけしかけて見たくなるが、女好きを暴いたところで、何も良いことはない。
何よりサクラも興味が無いようで、自分の角を爪でカリカリとしていた。その様子を見て、ちょっとだけ不安になってくる。
(最近良く見るけれど、何か意味ありげに思えてくるよね)
進化予定の鬼姫は、確かにおでこからは角が生えていない。だから気にしてるのかなとも思えるけれど、たいして深い意味はないかもしれない。
「背中に乗ってもいいかナァ」
「待つのだ。主、最初に我が背中に乗って欲しい」
ズポッと毛の中からラズベリーが顔をだすと、嬉しそうな顔でこう言った。
「乗りたい!」
毛だらけの狼は、スッと地面にお腹をつける。低くなった背中へと、ラズベリーが跨った。
「獣族の娘よ。乗っても良いぞ」
「ありがとナァ」
ぴょんっと軽い感じで、ラビィは背中に乗った。狼が立ち上がると、今度は二人の下半身が、毛の中に埋まっているように見えた。
「行きますぞ!」
狼が突然走り出す。木々の間をぬって、あっという間に姿を消した。
「あー、誘拐事件……」
とかくだらないことを口にしながら、僕は召喚獣に騎乗できることにびっくりしていた。
なにしろ騎乗ペットはリアルマネーアイテムだ。それが無料で手に入るとなれば、召喚師バッシングが始まるかもしれない。
「でもドロップ率を考えたら、お金を払うほうがいいと思うけどね。ねっ、サクラ」
「ウガァ」
二人しかいないので話を振ってみたが、やっぱりウガァとしか言われない。契約しているからか、『そうかもね』くらいのニュアンスは分かるけれど、いつ話ができるようになるのか、それも僕の楽しみになっている。
なんだか気配を感じて視線を向けると、木の間に森狼王が見えてきた。
「結構速いな」
森狼だけに、森の中は得意なのかもしれない。
僕らの前に狼が止まったけれど、ラビィはいるのに、ラズベリーの姿がなかった。
「あれ、ラズベリーは?」
振り落としたんじゃないかと、嫌な予感が頭をよぎる。
「ぷはぁ」
毛の中から、ラズベリーが飛び出した。
「ただいま!」
「お、おかえり」
おとなしく見えるラズベリーが、もふもふを得て快活になっているみたいだ。一度は諦めたもふもふだけに、きっと興奮しているんだろう。
「ただいまナァ。最高だったナァ」
狼が立ったままなのに、ぴょんっとラビィは飛び降りた。
「おかえり、ラビィ」
なんとなく僕は、ラビィの頭の横をなでる。
マーミン:久しぶりぃ! 今大丈夫?
っと、いきなりマーミンからメッセージが届いた。
ラル:何日かぶりだね。大丈夫だよ
マーミン:ついに小鬼の村に入れたの。迷宮も見つけたわ
ラル:おめでとう。大変だったでしょ
マーミン:大体1000討伐で許してくれるみたい。今から一緒に迷宮に行かない?
マーミンからの迷宮への誘いだった。もちろん誘われた迷宮は『邪妖精の迷宮』だろう。
そこで僕はナイスアイディアを思いつく。
ラル:友人の召喚師と一緒なんだ。二人でいってもいいかな?
マーミン:もちろんいいよ。じゃ、ポータルで待ってるから
ラル:了解
視線をラズベリーに戻すと、またしても姿がない。
「ぷはぁ」
ちょっと見ていると、再び上半身が姿を見せた。
「ラズベリー。小鬼の村の迷宮に誘われたんだけど、今から一緒に行かない?」
「小鬼の村ですか?」
村のシークレットダンジョンを知らないようなので、僕はそれを説明した。
「そのような迷宮があったんですね。私も行けるなら、行きたいです」
「むしろラズベリーだからこそ行けるんだ。鬼と仲良くないと、入れない迷宮だからね」
「行きます。キンちゃん。よろしくね」
「承知」
そう言うと、ラズベリーを乗せたまま狼は歩き出す。
「キンちゃん?」
いつの間に名付けしていたのか、名前をキンにしたようだ。おそらくは森狼王だから、フォレストウルフキング。すなわちキングのキンちゃんだろう。
「はい。さっきの戦闘でいっぱい突撃していたので、トツゲキングのキンちゃんです」
キング違いだったけれど、キングからキンちゃんに変わりはなかった。
「そうだ。僕らもキンちゃんの背中に……」
「我に触れられるのは主のみ!」
わかってはいたけれど、キンちゃんはぶれない狼らしい。




