04.クレアの注目
地下に降りると、そこは広くて明るい場所だった。どこかで見たような木人形が奥に並び、部屋の真ん中で筋肉もりもりの男が立っている。
「よく来たな。剣の訓練をするんだな。よし。ではこの剣を使え」
男が部屋の隅にある箱を指差した。その箱の中には、剣だけでなく斧とか槍も入っている。
僕は普通の長剣を手に取ると、その情報を確認した。訓練用で刃はなく、仮にダメージを受けても死なないという武器だった。
「よし。では真ん中へ移動して剣を振ってみろ。振りかぶって、下ろす。その繰り返しだ」
「はい」
僕は剣を振りかぶる。そして振り下ろしてみるが、いまいちしっくりと来ない。
「その調子だ! どんどん振れ!」
振り上げて、振り下ろす。振り上げて、振り下ろす。重くて大変だし、何より面白くもなかった。もうやめようかなと思った時、やっと男が声を出す。
「よし、止めだ。どうだ。剣が染み込んできただろう。だがまだ甘い。次回の講習でも、まだ次へはいけない。しばらくはこのランクで訓練だ」
「はい。ありがとうございました」
僕は剣を戻すと、そのまま訓練所を出た。
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階段をのぼりながら考える。ああやって講習を受けていれば、いつかは剣スキルが手に入るのかも知れない。でも剣スキルは1ポイントで取得できる。スキル枠は初期が10あるので、僕の空きスロットは残り四つだ。
スキルポイントの取得はスキルレベルの上昇で1ポイント。職業レベルのアップで5ポイント手に入る。スキルの進化で最低10ポイントかかることを考えても、おそらくは余るだろうと思うのだ。
「とすればこの講習は面白くないだけだよね」
そうやってギルドの受付に戻ると、美少女が笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様です。講習はどうでしたか?」
「手応えなしだった気がするよ」
でも美少女のお疲れ様がもらえたなら、それでもいいかと思ってしまう。
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『クレアの注目』が発動しました!
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「真面目に講習を受けるなんて、珍しい冒険者だね」
「そうなんですよ。しかもラルさんは、一度も仕事を受けずに、まず最初に講習を受けたんです」
声のする方を見ると、赤いハーフプレートを着た戦士風の男が、依頼板の前に立っていた。
「今時は魔物退治だお金稼ぎだと、すぐにギルドを飛び出していく新人も多い。なのにラルは講習を受けている。いいね。よかったら僕が訓練してあげようか?」
「そうした方がいいですよ。『神速剣のハヤテ』さんといえば、Bクラスでも有望な戦士なんです」
僕が何も言わない間に、様々な情報が流れていく。例の称号のおかげで起きているイベントのようだし、ここは訓練するのが最上だろう。
「ぜひお願いします」
「期待してくれ。では訓練場へ行こうか」
「ラルさん。がんばってください」
美少女に見送られながら、僕は再び地下への階段を降りていく。
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地下に降りると、さっき訓練してくれた男はいなかった。
「剣の講習でいいよね? ではあそこから剣を選んでくれ」
「はい」
さっきの男と同じように、ハヤテは部屋の隅にある箱を指差した。箱の中を確認すると、そこには剣しか入っていない。しかも短剣に長剣、いわゆる大剣なんかも存在した。
いくつか眺めていると、少し大きめの剣が気になった。
「その剣にするのかい? それはいわゆるバスタードソード。片手でも両手でも使える両刃の剣だ」
片手で振ってみるが重く、両手で振ってみても重い。長剣で重かったのだから、それよりも大きいこの剣が重いのは仕方がないところだ。
「気に入ったならかまわないよ。さぁ、こっちで剣を振ってみてくれ。振り上げて、振り下ろす」
練習方法は同じらしい。僕は言われたとおりに剣を両手で持ち、思い切り振り上げる。そして一気に振り下ろす。さっきの長剣よりも重いせいか振り下ろした時に剣先がガッツリと床に刺さった。
「どうやら剣に振り回されているみたいだ。それではいくら剣を振っても上達しない。ラルには基礎訓練が必要なようだ。まずは剣を置いて、腕立て伏せをするんだ」
言われた途端に、僕の体が勝手に動き、腕立て伏せの姿勢になる。
『ピンポーン。ミニゲーム腕立て伏せを開始します。タイミングに合わせてアップダウンしてください』
そんなインフォメーションが流れると、目の前でカウントダウンが始まった。どうやら訓練はミニゲームでやるみたいだ。
カウントダウンが終わった瞬間、ダウンの文字が浮かんでいる。僕は腕立ての姿勢から伏せる。
ピンポーン。
気持ちのいい音がなった。間髪入れずにアップの文字が浮かんだ。
ピンポーン。
どうやらこれを繰り返すらしい。単純な運動なので、問題なく続けていける。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
「見事だ。では次は腹筋だ!」
『ピンポーン。ミニゲーム腹筋を開始します。タイミングに合わせてアップダウンしてください』
どうやら似たようなゲームの開始だ。ポーズが違うだけで、全く同じといえるだろう。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
単純なので失敗もしない。でもまだ次があった。
『ピンポーン。ミニゲームランニングを開始します。一分以内に訓練場を一周してください』
訓練場は広いけれど、一分もあれば一周はできる。これは五周させれたけど、特に問題はなかった。
「見事だ。ではそれを三回繰り返す。まずは腕立てからだ!」
一瞬ゲンナリとしたが、腕立てゲームがレベル2に変わっていた。どうやらクリアしたことで、難易度が上がったらしい。今度はわざとリズムが乱され、同じタイミングでアップダウンとはいかなかった。
ピンポーン、ブブー、ピンポーン、ピンポーン……。
そうやって腹筋、ランニングと頑張った。多少ミスはあったけれど、概ねクリアできたはずだ。
「なかなかやるな。これで基礎訓練を終わる」
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エマージェンシークエスト『ハヤテの基礎訓練1』をクリアしました。
ステータスが上昇しました。
運動スキルの効果により、上昇率が1.2倍になります。
運動スキルが上昇しました。
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あの上がりにくいと言われていた『運動』がレベルアップしていた。なんとなく運動の秘密がわかった気がする。
「では剣だ。さっきと同じように振ってみろ」
「はい」
置いた剣を拾い上げると、さっきと同じように振り上げる。
(あれ、さっきよりも軽く感じる。筋力のステータスが上昇したからかな)
そして剣を振り下ろす。今度は床に剣先がつくということもない。
「よし。では本格的に始めるぞ」
『ピンポーン。ミニゲーム剣を開始します。タイミングに合わせて振り上げ、振り下ろしてください』
またもミニゲームが開始された。今度はハヤテの声に合わせて、剣を振り上げて下ろすようだ。でも今の僕なら問題なくできそうだ。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
「そこまで! そこまでできれば、剣を身につけたといえるだろう。確認してみるといい」
「はい」
僕がステータスを確認すると、一般スキルに剣1が増えていた。
「ありがとうございます。取得できました」
試しに剣を振ってみるが、最初とはぜんぜん違う。扱いやすく思えるし、片手でも振ることができた。
「新人冒険者への訓練も仕事みたいなものさ。特に有望な新人にはね。ではまたどこかで会おう」
ハヤテはそう言うと、訓練場から出ていった。僕も持っていた剣を戻すと、訓練場を出ることにする。