33.初めてのフレンド
森の中を歩いていると、遠くの方に門が見える。あれこそが間違いなく、チェルナーレの門だろう。
「って、メール?」
今のところ僕に知り合いはいない。どこからのメールか確認すると、プレイヤー全員に送信される、運営のお知らせメールだった。
更新情報のお知らせで、細かいバグフィックスと仕様変更について書いてある。
「おっ、やった」
以前に要望していた付与の部分が修正されていた。一回の付与で最大五つの素材に付与できるように変更されている。あの部分が修正されるだけで、付与を絡めた生産が楽になるだろう。
「街への到着直前で、なんだか幸先が良いね」
「いいナァ」
僕らが門へと近づいていくと、近くに門番みたいな男が立っている。森から近いので、魔物が侵入するのを警戒しているのかもしれない。
「ようこそ。チェルナーレへ」
どうやら街の名前を教えてくれる人らしい。僕らは会釈をしながら、大きな門をくぐった。するとすぐに広場になっており、ポータルが目の前にある。
最近ではあまり見ないたくさんのプレイヤーが、広場でワイワイとしていた。
「すごい熱気だね」
「すごいナァ」
近接は小鬼の村長や鬼の村長の装備をしている人が多い。そうでない人は店売りか、生産で手に入る装備みたいだ。
後衛の人はローブ姿が多く、特に代わり映えがしない。とは言え色が変えられるので、それなりにカラフルな感じになっている。
そして一番目立つのは、真っ黒なフルプレートを装備している人だろう。おそらくあれが黒騎士装備で、かなりの性能を持っているはずだ。
(きっと上位の人なんだろう。ということは、レベル7の装備を作れる鍛冶師がいるってことだ)
攻略重視の人たちは、生産が得意な人も知り合いにいるだろうし、そういう準備は万全なんだろうな。
僕はそんな人たちを眺めながら、忘れないうちにポータルで登録をした。このまま街の大通りに向かって、最初は冒険者ギルドへ行ってみよう。
大通りへ向けて歩きだすと、なんだか視線を感じてしまう。でもそんなことを気にしてはいられない。無視して僕は歩いていく。
(そういえば街の東にポータルがあるのか。鉱山迷宮は西だし、西にポータルがあるべきじゃないのかな)
毎回歩くのは面倒な気がする。最初はいいけれど、繰り返すと億劫になるのが、今からでも予想がついた。
「その内に運営に報告だな」
そうやって大通りに入っていくと、広場から女の子が一人、僕らの方へ近づいてくるのに気がついた。
「あの、こんにちは」
女の子はラビィに用事があったらしい。突然声をかけられたラビィは、僕の腰を抱きしめるようにして、さっと僕の陰に隠れた。
「ごめん。人見知りなんだ。何かありましたか?」
「あ、そうなんだ。あなたもよく見ると面白い格好だけど、この子の装備が気になったの」
いきなりで失礼だなと思ったけど、言われてみれば面白い格好だろう。初期装備のズボンに小鬼のイラストのTシャツ。もこもこの手袋で、さらに芋虫イラストのマントを装備しているのだ。
職業なんですかと聞かれてもおかしくはない。
そしてラビィはシークレットダンジョン産の装備だから、きっと珍しいのだろう。でも性能は、今となってはそれほどでもないはずだ。
「ドロップです」
「どこの? って、あ、ごめんなさい。詮索するようなことを言って」
女の子は紫色のローブを着ている。黒髪ショートカットに、魔法使いがよく被っている三角帽子を乗っけていた。どこからどう見ても魔法使いの女の子は、同じ魔法使いに見えるラビィに興味を持ったらしい。
ラビィよりも背は大きいけれど、顔も小さくて困り眉で可愛らしくみえる。ただ美化機能を使っているだろうから、リアルでは微妙かもしれない。
でもそう思ったら、普段美人や可愛い人に縁のない僕も、緊張せずに話すことができるのだ。
「かまわないです」
「場所を変えて話さない? 私がおごるよ」
何をおごるのか微妙にわからないけれど、特に断る理由もなかった。
「はい」
「よかった。こっちについてきて」
僕らは女の子についていった。
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女の子についていくと、到着したのは特別な食堂だった。複数のテーブルと椅子が並び、カウンターの向こうで男の人がフライパンを振っている。
「ここは誰でも使えるプライベートゾーンだから、気兼ねなく話しができるの。約束通り、ビッグバーガーをおごるわ」
何をおごるかは約束していなかったけれど、女の子の中では確定だったようだ。
この『バトルバトルオンライン』の略称は『BBO』と呼ばれている。だがこのBはバーガーのBじゃないかと言われているくらい、バーガーおしをしていた。
このリアルマネーアイテムだけが売っている食堂でも、当然のように買えるのはバーガーだけだった。
中でもこのビッグバーガーは、ちょうど中間の効果をもっている経験値増加アイテムだ。これを食べると取得経験値が増加する。30分という制限はあるけれど、時間内にガンガン倒せばたっぷりと経験値がもらえるのだ。
「待って。話が聞きたいって言ってたけれど、リアルマネーのアイテムを貰うほどの話でもないよ」
「私が知る限り、あなたの装備も、その子の装備も出所不明だわ。あっと、自己紹介がまだだったよね」
女の子は椅子に座り直した。
「私の名はマーミン。伝説の魔女、マーミンよ」
真顔でそんなことを言ってくる。マーミンの名前に聞き覚えがあると思ったら、例のランキングに載っていた魔法使いだ。一位の人は爆炎魔法少女って二つ名を名前に入れていたけれど、どうやらマーミンは自分で名乗るタイプらしい。
でも僕はこういう人が好きだ。変に萎縮して楽しめないより、全力で楽しむタイプが好きなのだ。
「ご丁寧にありがとう。僕はあらゆるものを手に入れるレアハンター、召喚師のラルさ」
「レアハンター……召喚師……」
同じノリの自己紹介に喜んでくれると思ったら、マーミンは困惑した表情になった。
「どうかした?」
「まさかMUOでも召喚師をやっていたラルさん?」
『MUO』、つまりマジックユーザーオンライン。プレイヤーが全員魔法を使う職業しかできない、最近サービスが終了したゲームだった。僕はもちろんそのゲームでも召喚師だったし、それを知っているマーミンは知り合いかもしれない。
と言うか魔女といえば、彼女しか思いつかない。
「もしかして大魔女マリーシアか?」
でも僕の言葉に、マーミンは複雑そうな顔になる。
「あの、その人じゃなく、知り合いだったわけでもないのだけど、マリーシアさんのプレイスタイルに憧れて、このゲームで伝説の魔女を名乗ってます」
マリーシアのプレイスタイルは、頼ってくるものは助け、敵になれば容赦はしない。来るもの拒まず、去るもの滅殺のわかりやすいプレイヤーだった。
僕としては去るもの追わずでいいんじゃないと思っていたけれど、マリーシアはそういうのは嫌だったみたいだ。
「そうなんだ。まあ特殊な人だったけどね」
「話を戻すけれど、その装備の情報を、ビッグバーガーで教えてもらえる?」
ロールプレイでこういう話し方をしているようだ。本来はもっと丁寧な感じな気がした。でもそれとは関係なく、この程度は大した情報でもないだろう。
むしろリアルマネーアイテムを貰えるのに、こんな情報でいいのかと少し不安になるくらいだ。
「知りたい情報は?」
「この子の装備の入手場所と、特殊な場所なら入場方法。よかったらそのTシャツとマントの話も聞きたいわ。あ、それとうさぎコスプレ情報もお願い」
まとまると意外に多い。装備の情報だけだと悪いかなと思っていたので、増える分にはちょうどいい気がした。
「了解。まずラビィ、この子の装備だけど、入手場所は『小鬼の村』にある『邪妖精の迷宮』だよ」
「えっ、なんども『小鬼の村長』ファームをしたけど、そんな迷宮あるの?」
ファームしていたなら、正直この迷宮に行くのは大変だろう。方法は予想がついているけれど、かなりの苦労をするはずだ。
「小鬼と仲良くなったら教えてもらえるんだ。あとは……」
「ま、待って。仲良くなれるの?」
「なれるよ。頑張ればね」
鬼とは敵対すれば『黒騎士の修練場』だし、仲良くなれば『邪妖精の迷宮』に行ける。前衛と後衛で別れている気がするから、マーミンは『邪妖精の迷宮』に行くべきかもしれない。
でも『小鬼の村長』ファームをしていたなら、森の小鬼を何体倒せば仲良くなれるのかなんて、想像もできないくらいの数な気がする。
「えっと、どうやって仲良くなるの?」
「村の近くの森にいる小鬼を、ひたすら倒し続けるんだ。決して村の中の小鬼を襲ってはいけない。そうしたら仲良くなれるけれど、すでに村長を倒しているのだから、どれだけ倒せば仲良くなれるのかは予想がつかないよ」
「そ、そうなんだ。でも方法がわかっただけでも嬉しいわ」
後は僕のTシャツとマント、うさぎコスプレの話だ。
「Tシャツはその森で小鬼を狩っていたら、Tシャツを着た小鬼がポップしたんだ。一度しか出会っていないから、必ずTシャツをドロップするかはわからない。マントは『はじまりの街』からこっちへ向かって馬車に乗ってたどり着く、最初の村の北で出会う『芋虫の王』のドロップだよ」
「あの村の北に、そんな魔物がいたんだ」
マーミンは顎に手を当てて、何かを考えているようだ。僕は気にせず話を続ける。
「で、うさぎコスプレだけど、この耳は自前だよ」
「自前? って生えてるの?」
僕はコクリと頷いた。
「えっ、もしかして召喚獣? でも人型のうさぎはラビットンのはず」
「契約時の無限の可能性ってやつみたいだよ」
「そう言えば小鬼と契約しているのも珍しいし、一体何者なの……ってレアハンターのラルさんだよね」
何かに疑問を持ち、何かに納得してマーミンは一人で何度も頷いている。
「一応言っておくけれど、ラビィが装備している妖精シリーズは、それほど性能は良くないよ」
「迷宮ならばハードやナイトメアがあるでしょ。そっちではドロップの質も上がるしって、もうクリアしちゃってる?」
難易度が上がればドロップが良くなるのは予想していたけれど、僕はノーマルしか攻略していない。
「いや、ノーマルだけだから、ハードとかだと良くなるだろうね」
「ならなおさら価値があるわ。って、もしかしてこの小鬼ちゃんが装備しているのは、メイドのカチューシャ!?」
「ん? そうだよ」
なんだかマーミンは驚いてばかりな気がするけれど、メイドシリーズは最近噂になっていると言っていたし、まだそれほど広まっていない情報なのだろう。
「あ、あの、ビッグバーガーを追加するから、ドロップ情報を教えてくれないかな?」
「いいよ。常闇の森のアロイ・ガライの館にある迷宮でドロップするよ」
「あの話、本当だったの? でも館なんてどこにもなかった」
例の謎のせいだろう。でもそれを教えるのは、何かが違う気がする。だって楽しみを奪ってしまう行為だもの。
「常闇の森に館はある。絶対にあるから、安心して探してよ」
「ありがとう。あるとわかって探すのと、本当かなで探すのは大違いだからね。絶対見つけて見せるわ。伝説の魔女の名にかけて!」
驚き続きだったマーミンも、どうやら調子を取り戻したらしい。
「ねぇ、よかったらフレンド登録しない?」
突然の申し出だったけど、特に断る理由もないし、というか断る意味がわからない。
「もちろん。よろしくね」
僕はメニューからフレンド申請を送った。そしてすぐにそれは了承される。
「こちらこそよろしく。何かあったら、伝説の魔女マーミンを思い出して」
頼られれば全力で助ける。きっとあの魔女と同じように、そういうプレイをしているのだろう。
「それじゃがんばってね。ビッグバーガーを二つもありがとう」
「あっ、ビッグバーガーはもちろん食べられるけど、実際に食べなくても使えばいいからね。腐ったりもしないし」
食べなきゃダメだと思っていたけれど、ただ使うだけでもいいようだ。知らなかったとか言えば話が長くなりそうなので、そこは空気を読んでスルーする。
「ん、じゃあまたね」
「またね」
僕らはそうして食堂からでた。




