32.クエスト三昧
トラブルはあったけれど、森狼の討伐ははっきり言って難しくもない。残りの数も少なかったし、すぐに達成することができた。
でも鬼桃樹はまだ出会ったことがない。『鬼の村』の南に生息しているらしいから、僕は小走りでそこへ向かっていた。
「お、あれかな」
緑の葉がいっぱいで、ちょこちょこと桃色の果実が実っている木を見つけた。一見すると二メートルくらいの果物の木にしか見えないが、確認すると間違いなく『鬼桃樹』となっている。
クエストを受けていなければ、ただの木だと思っていたかもしれない。でもクエストで討伐対象になっていたから、あれが魔物だという事はわかっていた。
「早速討伐だ。ムーンブラスト!」
「アクアランスナァ」
魔法での先制、そしてサクラの突撃。いつもどおりの作戦だった。
「げっ、意外に固い」
魔法だけでは倒せなかった。サクラが近づく前に、鬼桃樹からリンリンリンと、何やら音が聞こえてくる。
すると鬼桃樹の葉っぱが数枚、サクラに向かって飛んでいく。
「ウガッ」
何枚かがサクラの腕に突き刺さった。
「ヒールナァ」
僕らの中で一番防御力の高いサクラは、それほどダメージを受けた感じはないけれど、ラビィがすかさずヒールした。
「ウガガッ」
その間にサクラは近接して、太めの幹に向かって刀を振るう。その一撃でザシュッと鬼桃樹は多角形の板を撒き散らしながら消えていった。
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鬼桃×3
妖エッセンス×2 を手に入れました
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倒せば鬼桃はドロップするらしい。次の鬼桃樹を探そうと歩きだすと、僕のTシャツをサクラが掴んだ。
「サクラ?」
じっと僕を見るサクラ。それで気がついてしまった。
「あっ、もしかして鬼桃を食べたいのか?」
コクリとサクラが頷いた。鬼の好物だと言うのだから、小鬼であるサクラが好きでもおかしくはない。でもこの鬼桃はクエストに必要なのだ。
「サクラ、あのね……」
「ウガァ」
小さいつぶやきだった。言っていることは理解できないけれど、その感情は痛いほど伝わってくる。
いくらクエストに必要でも、ここであげないという選択はない。
「サクラ。お食べ」
僕はインベントリから鬼桃を取り出すと、サクラの前に差し出した。
「ウガガガァ」
サクラは何度もうなずきながら、鬼桃を受け取った。そしてすぐにかぶりつく。
「ウマァ、ウママァ」
「えっ?」
「わぁ、サクラが喜んでいるナァ」
今まで『ウガァ』としか言わないサクラが、『ウマァ』と夢中になっていた。なんとなくもう一個、僕はインベントリから取り出した。
サクラはまだ食べている途中だと言うのに、両手に鬼桃を持ってかぶりつき出した。
「ウママァ、ウマママァ」
口の周りを鬼桃の汁でベタベタにしながら、夢中になって食べていた。
しばらくすると落ち着いて、鬼桃樹の討伐を再開したけれど、倒すたびにサクラは鬼桃をねだってきた。
僕はどうしても断れず、ついついサクラに鬼桃をあげてしまう。こんなに喜ぶサクラは初めてだし、好物を我慢する辛さはよく分かる。
食べすぎて体を壊すわけでもなし、食べたいだけ食べてくれてもいいのだ。
クエストで必要な分さえ残してくれれば。
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ちょっと食べている時間が長かったので、思ったよりもクエストの達成に時間がかかってしまった。
僕は『鬼の村』に戻ると、最初に団長にクエストを報告した。それで500石貨を手に入れたので、急いでお店に向かう。
「鬼桃を手に入れてきたよ」
「おお、ありがとうね」
鬼桃を手渡すと、クエスト達成になった。
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デイリークエスト『鬼の大好物を手に入れろ』をクリアしました。
500石貨を取得しました。
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「これで2000石貨達成だ」
僕は急いでお店のメニューを開く。でもそこに欲しかった魔法はなかった。
「まさか売れた?」
「え? ムーンスピアのことなら、さっき売れてしまったねぇ」
僕は膝から崩れ落ちそうになる。少しだけつまみ食いしていなければという、僕にとっては嫌な考えが浮かんだけれど、サクラの嬉しそうな顔を思い出したら、それで全てが相殺された。
「次があるさ。ってこれは……」
販売リストを見ていたら、今まで見たこともないレシピがあった。
「四足獣専用の鎧のレシピだ。鍛冶スキルだから、金属系だな」
四足獣、つまり狼だとか、おそらく馬とか牛でも四足なら装備できそうだ。きっと召喚獣用の装備のレシピなんだろう。
でも僕は四足獣の魔物とは契約していない。今すぐに必要かと聞かれれば、魔法を優先するべきだとも思う。
「でも買っちゃおう」
価格は1000石貨だ。今すぐにムーンスピアが販売されたら買えないけれど、しばらくは石貨を貯めるために、この村でクエストを頑張ってみよう。
「この村で仕事をするよ」
「わかったナァ」
「ウガガァ」
僕らは一致団結し、この村で仕事をこなすのだ。
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この村でクエストを三種類、デイリーの限界である最大五回を全てこなし、二日をかけて15000を稼いだ。合計で16000石貨もあれば、予想外の販売物があったとしても、しっかりと対応できるだろう。
「でもムーンスピアは売ってないんだよね……」
半ば予想していたが、一度チャンスを逃すとなかなか次が出てこない。意外にも『四足獣専用の鎧』のレシピは見かけたけれど、鬼シリーズの販売もなかった。
「これは一度チェルナーレに行ったほうが良さそうだ。レベルもあげたいし、色々できることも増えてくる」
でも心残りはサクラのメイドシリーズだ。しばらくはファームができそうもないけれど、あまり強化されていない状態で、フォルクシーと戦うのは危険すぎる。
「ファームが遅れるけれど、チェルナーレに向かうよ。そこでさらに強化するんだ」
「わかったナァ」
「ウガァ」
僕らは次の街であるチェルナーレに向けて、ついに歩き出したのだ。
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魔法使い マーミン2
つまらない全滅をした後で、私たちはプライベート食堂へと来ていた。ここはリアルマネーアイテムであるバーガーを売っている店で、指定したメンバーだけが入れるインスタンスにすることができる。
少し苛ついて見えるメーヴェリンと、変わらないパーフェクトタンク。そして落ち着きなくそわそわとしているモルギット。
正直に言えば、このメンバーで全滅するのは初めてだし、ここまで苦労したのも初めてだ。
確かにメーヴェリンの指揮は、前から下手だと思っていた。パーフェクトタンクのスキル管理も甘いから、なんどもピンチは訪れた。だけど私は魔法攻撃力だけを追求し、ある程度の失敗は攻撃力でカバーすることができていた。
それが魔女である私の役目だし、全滅を他の仲間のせいにするつもりもなかった。
「今回は明らかにマーミンのミスだろう。ちょっと可愛いからって、油断しすぎなんじゃないか」
「そう言うなよ。マーミンも全力だったし、メーヴェだって全力だった。モルギットも頑張ってくれたじゃないか。誰が悪いなんてない。今度はいけるさ」
良いことを言っているように聞こえる人もいるだろう。でも私には最悪のセリフだった。
こんな風に原因を追求せず、反省もしないならば、パーティとしての成長は終わりなのだ。
「だめだ。原因ははっきりとさせなくちゃならない。そもそもマーミンはヘイトを取り過ぎなんだよ! そこは反省してるのか?」
私は無言という形で返答する。お前こそわかっているのかと言った所で、何も話は進まない。
「みんな、どう思う? 俺は今回のことで、さすがに愛想が尽きそうだ」
「そんな……」
「お前言い過ぎだぞ」
モルギットはショック、パーフェクトタンクはたしなめている。でも誰も、メーヴェリンの戦闘指揮には突っ込まない。
「いや、今決めた。マーミンには抜けてもらう。俺達の成長のために、心を鬼にして抜けてもらうぞ」
私の憧れたあの人は、頼ってくる者は助け、来るものは拒まず、去るものは滅殺だった。そのプレイスタイルは好きだけれど、去るものを滅殺するほどの気持ちにはなれない。
「わかった。今までありがとう」
「そんな、マーミン!」
「落ち着けよ」
私はすっと立ち上がる。
「伝説の魔女マーミンの役目は終わった。後は好きにすればいい」
キョトンとする全員を置いて、私はプライベート食堂を去った。
私を頼った人はもういない。これからは自由にプレイするのだ。




