28.館の奥の迷宮
まだ入っていない二階の部屋を調べたが、特にめぼしいものもなかったので、仕方なく一階から改めて調査する。
「書斎の本棚は、動く様子もなかった。なんか本棚が動くって定番な気がするから、あそこだって思ったんだけどな」
今は食堂風の部屋に来ていた。でもよく見るとこの部屋は怪しさ大爆発だろう。
「暖炉の上の天秤、部屋の隅の甲冑。食器棚、棚……?」
なんとなく気になって、食器棚を調べてみた。すると棚がスライドしそうな筋が、床に二本入っていた。
「棚が横に移動する? 本棚じゃなくて、食器棚が動くのか」
と思って動かそうとしたが、力では無理らしい。
「ということは仕掛けがあるはず。って、あれだよね」
最初から違和感があった天秤。他の部屋にはあまりオブジェクトは無いのに、あれは最初から異彩を放っていた。
僕は天秤に近づいてみる。
『天秤を釣り合わせてください』
そんなメッセージが聞こえてきた。この天秤は片方の皿に、最初から黒くて丸いボールが乗っている。天秤の脇には、黒くて四角い小さな箱が、十五個置かれていた。
「つまりこの箱を天秤に乗せて、釣り合うようにすればいいってことか」
いろいろ部屋を調べたけれど、天秤のヒントのようなものはなかった。最悪十五回チャレンジすれば、きっと食器棚は動くのだろう。
でもそんなのは嫌だ。
「考えもせず調べもせず、ただ十五回のパターンを試す。それのどこがレアハンターだ。僕は一撃でこの天秤を釣り合わせてみせる!」
「期待してるナァ」
「ウガガァ」
ラビィもキラキラした目で僕を見つめている。その期待に答えるためにも、一撃で決めるのだ。
「失敗すれば、きっとあの甲冑が襲ってくるんだろうね。レアハンターの第六感が、そう警告を発しているのさ」
僕はただ、天秤を見つめてみた。片側の皿に乗った黒くて丸いボール。大きさは直径四センチくらいだろうか。十五個の四角い箱と体積を比べると、十一くらいで釣り合うように思えた。
「球と四角でわかりにくい。長さを図って計算すれば、答えが出るのかな」
でも僕は計算が苦手だ。箱は1センチの立方体でとか考えても、なんにもピンときやしない。しかも黒い箱を手に持ってみて気がついた。同じ大きさの箱なのに、それぞれ重さが違っている。
十五回チャレンジすればいいだなんて、ただの幻想でしかなかったのだ。
戸惑っている僕を、横からラビィとサクラが見つめている。期待を込めた目で見つめられて、ちょっとだけ緊張するけれど、僕はここで問題を思い出した。
『天秤を釣り合わせてください』
「そうだ。天秤が釣り合えば良いんだ。だったらこうすればいい!」
僕は皿に乗っていた丸いボールを投げ捨てる。
「何も乗っていなければ、天秤は確実に釣り合う!」
ゴゴゴッと後ろから音がする。振り返ると、食器棚が動いて、奥に通路が見えていた。
「よっしゃ!」
「マスターやったナァ」
「ウガウガ」
ハイタッチで喜びあうと、僕は通路に近づいた。すると突然メニューが開く。
「アロイ・ガライの迷宮。ノーマル、ハード、ナイトメアか。邪妖精の迷宮と同じシステムだ」
それぞれ十回制限があるのも同じだった。
「ノーマルに突撃するよ」
「がんばるナァ」
「ウガァ!」
僕らがノーマルを選ぶと、いつのまにか奥の通路に移動していた。
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通路に移動した途端、クエスト受諾のメッセージが流れた。
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クエスト:アロイ・ガライの迷宮の制覇
魂の器×3
フォルクシー×1
アロイ・ガライ×1
報酬:スキル枠+1
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迷宮を制覇するクエストがあるらしい。報酬から考えても、一度だけ発生するクエストなのだろう。
「でもスキル枠か……。僕が欲しいスキルは、今のところ裁縫くらいなんだよね」
戦闘に特化するスキルを取得しても、他の専門職に追いつけるわけでもないし、生産系をやるにしろ、鍛冶と裁縫の二種類で十分な気がする。
アクセサリ系の生産には少し興味があるけれど、今すぐやるわけでもないし、20レベルになればもう一枠スキルが開放されるはずだ。
「でももらえるなら嬉しいよね。もしかすると覚えたくなるスキルがあるかもしれない」「そうだナァ」
ラビィもこう言っている。クエストクリアの条件は、魂の器を三つ破壊するのと、フォルクシーとアロイ・ガライの討伐だ。あの手記にある通り、フォルクシーは魔物化してしまったのだろう。
「さっきの男の話が正しいなら、きっとメイド装備はフォルクシードロップだよね。でもラビィは妖精シリーズがあるし……」
ふとサクラと目があった。『おかえりなさいませ、ご主人様』とか言っている小鬼のメイド姿を想像して、思わず笑いが漏れてしまう。
「くくくっ、お盆とか持っちゃったりして」
「マスター、どうしたナァ?」
サクラも不思議そうな表情をしている。初めての迷宮に来たのに、僕は気を緩めすぎだ。何が起こるかわからない迷宮なのだから、ここからは気を引き締めていこう。
「ん、大丈夫。さぁ、どんどん進んでいくよ」
「わかったナァ」
「ウガガァ」
僕らは新たな迷宮の奥へと、ついに一歩を踏み出した。




