27.アロイ・ガライの手記
L字型になった廊下の角を曲がると、いきなりゴーストが襲ってきた。
「邪魔だ!」
男がインベントリから取り出した槍でゴーストを貫いた。多角形の板を撒き散らしながら、その一撃でゴーストは消滅する。
一撃でゴーストが消滅したことよりも、真っ黒いその槍に、僕は注目してしまう。
「ん? この槍か? これはチェルナーレにある『黒騎士の修練場』のレアドロップだ」
チェルナーレとは、僕らが向かっている街の名前だ。とすると、街の中に『黒騎士の修練場』という迷宮があるってことだ。
「シークレットダンジョンになっているけれど、ぶっちゃけ誰でも見つけられるだろうな」
「そんなに簡単なんですか?」
「ああ。チェルナーレの騎士団詰め所に行って、小鬼か鬼の村長装備一式を納品するんだ。そうしたら『黒騎士の修練場』に入場できるようになる」
どうやら僕には難しいらしい。鬼と敵対した場合でも、そっちはそっちでシークレットダンジョンがあるってことだ。
「チェルナーレにはこれから行くので、教えてくれてありがとうございます」
「いいってことだ。街を歩けば、誰でも見つかるからな」
それが当たり前というくらい、小鬼の村ファームは定番らしい。でも黒騎士とか言うのだから、防具もドロップしそうだけれど、この人は『小鬼の村長』シリーズを装備している。
「防具はドロップしないんですか?」
「レシピがドロップするが、鍛冶レベルが7必要なんだ。作成難度が高すぎて、防具が完成してもそれほど良い性能がでないらしい」
僕はまだレベル5だし、仮に手に入れても何もできない。鍛冶師の小鬼が言っていた通り、序盤の鍛冶は失敗しないけれど、上位になると性能差が出るくらいに成功、失敗があるみたいだ。
「っと、邪魔だ!」
部屋っぽいのが見えてきたと思ったら、ゴーストが三体も壁から飛び出してきた。
「ライトニング!」
僕が戦闘態勢になるまでもなく、男の槍から電撃がほとばしる。それを受けたゴーストたちは、あっさりと消えていった。
「すごい……」
「黒騎士の槍の特殊効果だ。レアドロップなだけあるだろ」
サクラの刀を作成して、かなりの強化ができたと思ったけれど、先に進めばまだまだすごい装備もありそうだ。そんな装備を目の当たりにしたせいで、あらためてレアハンターとしての血が騒ぎだした。
少し廊下で待ってみるが、他に魔物はいないようなので、倉庫のような部屋に入ってみた。
「あーん? 殺風景な部屋だな。空っぽの木箱とか、なんの役にも立たねぇぞ」
「そうですねぇ」
倉庫のような部屋を見回すと、閉じている箱が一つだけあった。その箱を開けてみると、思わぬものが入っている。
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アロイ・ガライの手記×1 を手に入れました
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「これは……興味深い」
「ん、なんかあったのか」
男も箱に近づいた。
「おっ、手記か。というか、本当にメイド装備があるんだろうな?」
と聞かれたところでわかるはずもない。そもそもその情報はこの男に聞いたのだ。
「あったらいいですね」
「ちっ、ただの日記じゃねーか。気持ち悪い文章だけど、意味がぜんぜんわからねぇ。って言うか意味あるのか。あっとこんな時に……」
男が動きを止めたので、僕も手記を読んでみた。
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―月―日
誰しもが永遠の命には興味があるだろう。
僕だってある。
だが研究は進まない。
あれでは命とはいえない気がするのだ
―月―日
永遠の命という点では成功している。
だが命という言葉を考えれば、何かが違う気もするのだ。
何も考えず歩き回るあいつらを、命あるものと思えるだろうか。
―月―日
研究室が館から遠くなっている。
理由は分からないが、通路が迷路になっていた。
研究結果のあいつらも、通路で歩き回っている。
僕はあいつらのようにはならない。
永遠の命の形は、あれではないのだ。
―月―日
メイドのフォルクシーで実験した。
少しだけ成功できた気がする。
何より意志が少し見える。
通路を歩き回るあいつらから、僕を守ってくれ。
―月―日
研究は新たなステージに入った。
魂の器だ。
これが理想の命なのだ。
そういえばメイドのフォルクシーは成功だったのかわからない。
僕の研究室の側の部屋に陣取りながら、たしかに守ってくれている。
だが本当に意志はあるのだろうか。
―月―日
けんきゅうはすすんでいる
たましいのいどうをかいしした
でもなにかがちがうきもする
いやわたしのけんきゅうにまちがいはない
―月―日
めつけた
まましいのあつわがだいじ
これでばいご
えいえんのえのちもうすぐ
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何があったのかわからないけれど、突然文章が変になっている。魂の器の記録の後におかしくなっているようだから、それが何か関係しているのかもしれない。
「悪い。フレから『鉱山迷宮』の手伝いを頼まれた。俺はこれで戻るわ」
「はい。またどこかで会いましょう」
「ああ、じゃあな」
男はそう言うと、廊下を戻っていった。男がいなくなると、なんだか静かに感じてしまう。そう言えばラビィやサクラが何も声を出していない。
「ラビィ?」
「マスター、どうしたナァ?」
いつもと変わった様子もない。サクラはわからないけれど、ラビィはもともと人見知りっぽいから、緊張していたのかもしれない。
「いや、なんでもないよ。ところでこの手記からわかるのは、館から研究室に行けるということと、迷路になっているということだよね。もしかすると迷宮になっているのかもしれない」
だとすれば敵はゴーストとか骸骨だろう。この館を探索して、研究室への入り口を見つけなくてはならない。
「よし。行くよ」
「いくナァ」
「ウガァ」
僕らは元気にいま来た道を戻った。




