21.森の中のリス
ログインすると、ちょうど朝になっていた。昨日は見かけなかった村人が、歩いているのが確認できる。
「おはようナァ」
「ウガァ」
「ラビィ、サクラ。おはよう」
僕がログアウトしている間、ラビィやサクラは何をしているんだろうと言う考えがよぎったが、間違いなく送還状態になっているだけだろう。
勝手に行動とかしていたら、それはそれで困りものだ。
「まずは情報収集だ。あそこにいる男の人に声をかけてみよう」
「わかったナァ」
僕は男の人へと近づいた。
「すいません」
「ん、なんだい?」
男の人が振り向くと、優しそうな感じのおじさんだった。
「この村や周囲の森の話とかを聞かせてくれますか?」
「物好きだな。この村の特産は魔糸だ。それを街に売って生活している。本来なら魔物を俺みたいな村人が倒せるはずないんだが、この村の南の森には、すごく弱い芋虫が生息してるんだ」
南の森に弱い芋虫、この村の特産は魔糸。裁縫スキルで服を作成する時に使う素材だった気がする。
「だからお前ら冒険者は、絶対に南に行くなよ。行くなら北の強い芋虫がいる森へ行ってくれ」
「あ、北にも芋虫がいるのですね」
「もちろんだ。このあたりは芋虫の森みたいなものだからな。だからこそ南の森は特殊なんだろう。何度も言うが南に行っても冒険者に旨味はないし、行くなら北にしてくれよ」
ここまで行くなと言われると、行きたくなる衝動に駆られるが、このゲームには間違いなく友好度があるだろう。村の暮らしのために南の森があるならば、あえて敵対してまで行く必要もなさそうだ。
「情報ありがとうございます。北へ行ってみます」
「おお、そうしてくれ」
その後、村の中を歩いている他の人にも話を聞いたけれど、めぼしい話はなかった。なので様子見を兼ねて、僕らは北の森へと向かった。
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森の中は明るく、草も元気にぼうぼうになっている。でも大きく成長しない品種なのか、足首までが埋まるくらいの長さだった。木もまばらにある感じなので、武器を振るうのも難しくなさそうだ。
「ピクニックでもできそうな森だね」
「そうだナァ」
「ウガッ」
のんびりした中で、サクラが緊張した声をだした。パッとサクラを見ると、左手に白い何かがまとわりついている。
「糸? あそこだ!」
糸の繋がった先を見ると、大きな芋虫が木の陰にいた。
「アクアショットナァ!」
「ムーンブラスト!」
二つの魔法が直撃するが、ゾーンが変わって魔物が強くなっているのか、それだけでは倒せなかった。
「ウガガァ」
左手に絡んだ糸を、グイグイとサクラが引っ張っている。芋虫もそのせいで、他の行動が取れないようだ。
「アクアショットナァ!」
再びラビィの魔法が命中すると、芋虫は多角形の板になって消えた。
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芋虫の外殻×1
魔糸×4
虫エッセンス×2 を手に入れました
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芋虫という名前だけあって、虫エッセンスをドロップするようだ。そう言えば以前に闇バッタが虫エッセンスをドロップしたけれど、虫系の魔物はやはり似たようなエッセンスになるのだろう。
「布系装備のレシピもあるし、魔糸集めをしておこう」
「わかったナァ」
「ウッガガァ」
僕らは不意打ちに注意しながら、森の中を進んでいく。
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あれから何度か戦闘してわかったことは、糸の攻撃は拘束系でダメージにはならないということと、戦闘が終われば糸は消えるということだ。だからずっと糸でベタベタということもない。
むしろ糸でベタベタを再現しつづけるようなら、リアル系の方向性が間違っていると、要望メールを送っていたところだ。
「コモンは『芋虫の外殻』と『魔糸』だね。他にはドロップしないけれど、アンコモンすらない魔物なのかな」
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芋虫の外殻×1
魔糸×3
虫エッセンス×4 を手に入れました
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芋虫が頭に被ってるようにみえるあれが、いわゆる『芋虫の外殻』なんだろう。リポップ率も高いから、ガンガン倒しているけれど、僕とラビィの経験値バーはそれほど動いていない。でもサクラが7レベルになり、その経験値の取得具合を考えると、大体この森の限界は8レベルくらいだと予想する。
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魔糸×5
虫エッセンス×3 を手に入れました
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最終的には裁縫を覚えたいというのはある。やはりサクラの着物は、僕が作ってあげたいからだ。でも今はスキルの空きが一つしかない。鍛冶の時みたいに、すぐに着物が作れるわけでもないだろうし、しばらくは様子見だ。
「ウガァ!」
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芋虫の外殻×1
魔糸×2
虫エッセンス×5 を手に入れました
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「アクアショットナァ!」
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魔糸×1
虫エッセンス×2 を手に入れました
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順調に芋虫を倒せている。この森ではフォームAの戦闘がいい感じだ。
「あー、意外と奥まで来ちゃったな」
芋虫討伐に夢中になって、いつの間にか大分森の奥にまで来ているようだ。さっきまで明るい雰囲気だった森が、鬱蒼としはじめている。
「誰かいるナァ」
「えっ?」
ラビィが突然走り出す。
「待ってラビィ。落ち着いて」
僕も慌てて後を追う。木々の間を走り抜けると、ラビィが座っているのが見えた。その傍らには、大きなリスが倒れている。
「リス? でいいのかな……」
「怪我してるナァ。ヒールナァ!」
僕が指示するまでもなく、ラビィがリスに魔法をかけた。
「う、うぅ。あいつが来る! うわぁ、あいつが、魔王が来るぅ!」
「落ち着くナァ! もう大丈夫ナァ」
リスの言葉が理解できる。おそらく魔物言語だと思うけれど、その確証は得られない。でもそれよりも魔王だ。『小鬼の村長』の情報は正しかったのかもしれない。
「だ、だれ? 僕は助かったのか」
「大丈夫ナァ。安心して何があったか話すナァ」
なんだか僕が口を挟む隙がなく、ラビィが会話を主導する。
「ぼくらの村はもう終わりだ。もうみんな逃げ出した。僕が逃げられたのは奇跡かもしれない。悪夢のような魔王、芋虫キングが目覚めたんだ」
「芋虫キングナァ?」
「もうずっと前に倒されたはずなのに、突然村を襲ったんだ。あの芋虫の大群。仲間が糸で捕まって……。と、とにかく僕は逃げる。君たちもこれ以上北に行ってはいけない。ここより北は、もう芋虫キングの領域なんだ」
「わかった。お前も無事でな」
「助けてくれてありがとう。いつかどこかで出会えたら、そのときは必ずお礼をするよ」
大きなリスのような魔物は、南の方へと走り去っていった。僕はそれを見送ると、ラビィとサクラに向き直る。
「どうするナァ?」
「決まっている。このまま北へ直進だ!」
こんなおいしい情報を、放って置けるはずがない。ましてや魔物言語がなければ聞けないはずの情報だ。レアハンターの血が騒ぐ。
「わかったナァ」
「ウッガァ」
僕らはフォームAで、そのまま北へと直進した。




