176.遅れてきたヒーロー
僕がついた時には、すでにみんなは門を調べていた。どうやら事前の情報通りに、ここは巨人の城で間違いないようだ。
「大きい門だね。がっちりと凍りついているから、開いてなかったら入れなかったかもしれない」
「巨人サイズはいいけどよ、そのせいでかなり広そうだぞ」
僕はみんなに続いて、門をくぐり抜けた。
正面広場という感じで、整然と木が並んでいる。木の向こうには、城の入口が見えた。
ただそれら全ては、完全に凍りついている。まるでもともと氷でできているかのように、うっすらと透けている感じだ。
「うわっ、巨人の氷像まであるわね」
「もともとは巨人だったんだろうね」
基の間を城の入り口へと向かいながら、僕は周囲に目を向ける。氷の巨人が、あたりに数体存在した。
戦っているかのように、腕を振り上げていたり、倒れていたりもするので、戦闘中に封印されたのかもしれない。
「あれ。ラル。あの巨人の右手を見て!」
マーミンの指差す方を見ると、なにか黒いものを握って氷になっている巨人がいた。
「えっ、こんなに早く?」
そう言いながらも、僕はその巨人へと近づいた。
右手に握っている黒い石のようなものは、わずかに手から飛び出ている。僕はそれに触れて鑑定すると、まさかの『解呪の輝石』だった。
「いきなり発見。これが解呪の輝石だよ」
「こんなにそばにあるのに、この手から取れなかったのね」
「まさか巨人の呪いが解けるのか?」
僕はみんなに、解呪の輝石の説明をした。
「つまり解呪の輝石が欲しいなら、まずこの氷を溶かせってことか?」
「待ってください。触れるなら、使えるんじゃないですか?」
モルギットがそう言った。
「まさか。それができたら意味がなくない?」
「試してみろよ」
持ち主のはずの巨人は氷になっているし、ありえない話でもない。僕は解呪の輝石に触れながら、呪いよ解けろと願ってみた。
「きゃっ」
「あっ」
僕は慌てて浴衣に着替える。
「っていうか、なんでマーミンが『きゃっ』なんだよ」
「えー。恥じらう人がいないと寂しいでしょ」
そういう問題でもないが、他のみんなはすぐに眼をそらしてくれていた。それほど気にもしないけれど、そういう気遣いはありがたい。
「さてと。私も呪いを解こうかな」
マーミンはそう言うと、解呪の輝石に手を触れた。
「悪いけどみんなは後ろを向いててね。特にラルは絶対によ」
「見ないよ」
「えー。さっきはあんなに見てきたのに? この前科者!」
その言葉でちょっと面倒くさくなる。前科だのさっきのとかで、モルギットやラズベリーが興味津々で聞いてきた。
面倒ながらも真面目に答えていると、呪いを解いてローブ姿になったマーミンが、僕の肩をトントンと叩く。
「おまたせ。これからどうする?」
「どうする?」
マーミンの質問を、僕はすぐに理解できなかった。でも少し考えたらよく分かる。当初の予定では、城を解放してから呪いが解けるはずだった。
もはや呪いは解けたし、城の解放をどうするのってことだろう。
「行けるところまで探索して、それから決めない?」
「それでいいぞ」
「オーケー」
人間に戻って視点が変わったせいか、城がかなり大きく感じた。
僕らはパンクを先頭にして、城の内部へと侵入する。
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氷になった城は、キラキラと輝いて、とても幻想的だった。
置くまでまっすぐに続く通路にも、過去に戦闘していたであろう巨人たちの氷像が、何体も存在する。
「なんか玉座に一直線って感じだな」
「扉ごと凍りついて進めないし、もともと閉まっているから、扉が大きすぎて開けられないよね」
もしも凍った巨人が復活して襲ってきたらと考えると、かなりドキドキしてきた。でもあのアイテムを使わない限り、この氷の地獄は終わらない。
「なぁ。巨人が妙な計画を立てて襲ってきたから、人間たちは氷で封印したんだろ?」
「そうだね」
「だとしたら、氷は溶かしたらだめなんじゃないか?」
パンクの言うことも一理ある。
でも僕はあの解呪の輝石を使えば、砦が解放できるかもと思っていた。
あそこに存在する人たちは、呪いのせいで希望もなく生きている。だからあんなにボーッとして、ただ生きているみたいな存在なのだ。
一人倒してしまったけれど、システム上は復活しているようだし、リアルじゃなくてよかったと言える。
クエストがあるわけでもないけれど、解放することに意味がある気がするのだ。
「解呪の輝石を使って、砦の人たちを助けたい」
「ああ。そういえば砦もあったな。理由があるならいいか」
「私もいいですよ」
砦の人を助けるということで、話は一致した。
巨人サイズの廊下は長く、少しづつ緊張感も薄れてくる。
「幻想的だけど、すこし飽きたわね」
「製作者の意図がわからないよね。無駄に長いよ」
「油断するなよ。凍ったあとに、棲み着いた魔物がいるかも知れないぜ」
「我が神はノーデンジャーだと言ってるでゴンス」
みんなが適当な会話をし始めた。パンクだけは警戒を緩めていないけれど、僕は少しだれていた。
油断していると言ってもいい。
でもせっかくフラグが立ったとか思っていたのに、何事もなく謁見の間までついてしまう。
「広いな」
「立派な鎧を着た巨人の氷像だねぇ」
奥に玉座っぽいのが見えるので、謁見の間という感じがする。玉座にも巨人が座っており、王冠みたいなものをかぶっているのがわかる。
まあ玉座に座るといえば王様だし、おそらく巨人の王だろう。
「巨人たちが整然と並んでいないのは、戦闘があったからだろうね」
「でも王は座っているようです。妙な状況ですね」
久しぶりに喋ったと思ったら、思わせぶりな感じだった。モルギットは常に考え、最適解を求めているのだろう。
「王が立ち上がる暇もなく、凍ったんじゃねぇか」
「それなら周りが戦闘中はおかしいでしょう? その場合には、整然と巨人の騎士が並んでいるはずです」
モルギットの言いたいこともわかるけれど、ある意味でどうでもいい気がした。その謎を理解したところで、僕らにどんな益があるのか。
とはいえ、役に立たなそうな情報から、有意義な秘密を知ることができるのは、よくあるパターンでもある。
ここはモルギットの邪魔をせず、話を静かに聞いていよう。
「つまり。王は立たなかったのではなく、立てなかったんです」
「なんでって言いたいけど、怪我でもしてたのかしら?」
モルギットは首を振る。どうやら心の中では、回答に辿り着いているらしい。
「巨人の王が立ち上がらなかった理由。それは玉座に秘密があるんです」
玉座に隠し通路。よくあるパターンの一つだけど、現実ならありえないだろう。襲われた時の逃げ道なら、後ろのカーテンの陰がいいはずだ。
玉座を動かしたら逃走路とか、効率も悪いし、なにより逃げるところが丸見えになる。ただ宝物庫への入り口だったとしたら。
謁見の間は、謁見する時以外は使わない。とすれば宝を隠すのには適している気がする。なにより謁見時にはたくさん人がいるわけだから、そんな場所に宝を隠すはずがないと、カモフラージュにもなりそうだ。
もしかするとモルギットは、短い時間でそこまで考えているのかもしれない。
「秘密ってなに?」
「隠し通路です。おそらく玉座を動かしたら、宝物庫への入り口があると思います」
「えっ、お宝? モルモル。お手柄よ」
「まだ見つかってないよ。それに氷を溶かしたあと、この謁見の間にいる巨人を全滅させて、その上であんなにでかい玉座を移動するとか、マーミンをおんぶして、一メートルジャンプするくらい無理だよ」
僕の言葉にシーンとなる。暗くならないようにギャグを入れたつもりだったけれど、どうやら失敗だったようだ。
「でも玉座を動かすのは、巨人の力を使えば可能だよね」
雰囲気に耐えられなくて、考えていたアイディアを披露した。
「そうよ。また呪われればいいんだわ。あとは巨人の全滅ね」
「巨人なんてぶちのめせばいいだろ。どこに問題がある?」
パンクの言葉が心強い。
でもそのおかげで、僕らの方針は決まったのだ。
「決まりね。まずは巨人の呪いを受ける。解放の爆炎を使って解放する。巨人を全滅して、お宝ゲットよ!」
「待ってください。誰が呪いを受けに行くんですか?」
「まあそれもあるけど、あの氷の崖を、どうやって降りて戻るつもり?」
僕の言葉に、再びシーンとなってしまう。
そもそもこの城を攻略したとしても、崖からどうやって戻るかの方法は考えていなかった。最初に呪いを解いてしまったのは、早計だったかもしれない。
「戻る必要などないでござるよ」
「えっ、もしかして赤さん!」
謁見の間の入り口に、いつの間にか巨人が立っていた。その話し方とフレンドリストの情報で、間違いなく赤さんだとわかった。
「ナイスタイミング。私のメールを見たのね」
「面白そうな話だったから直接参加でござる。マーミン殿の情報通り、呪いも受けてみたでござる」
みんなの雰囲気が明るくなる。打つ手なしと思われた状況が、マーミンのメールと赤さんの出現で、全てにめどがついたのだ。