175.巨人の城を目指して
砦の出口までやってきた僕は、とりあえず装備をすべて外し、下着姿になった。
「ラル。いきなりなにしてるのよ!」
「念の為だよ。巨人化して装備が吹っ飛んだら、ラズベリーにもらったミニ浴衣が台無しになるからね」
「それもそうね。下着は最初から存在する消せない装備だし、他の装備が壊れるのはあるかも」
そう言うとマーミンは、スパッと下着姿に変わる。
「ちょっ、いきなり脱がないでよ」
僕は慌てて視線を外す。最初に反応していた門番は、中に入った僕らに注目はしていない。
だから見たのは僕だけだと思うけれど、ちょっと無防備すぎるだろう。
「生身の体じゃないんだし、いまさら気にすることでもないでしょ」
「僕は気にするんだよ」
「システムさえ許せば、下着もバヒューンと外してあげるのに」
マーミンの顔は見てないけれど、なんとなくニヤニヤとからかっている顔が目に浮かぶ。
不毛な会話が続きそうなので、僕はさっさと外に出ることにした。
「お先に!」
「ちょっと。ドライモードはやめてよね」
砦から外に出た瞬間、僕の体が熱くなる。
「うぉっ、あっ、これは意外といいかも」
視線が高くなっていったかと思うと、僕は巨人に変わっていた。意識が奪われることもないし、むしろ筋力が上がったようで、体が軽くなった気までする。
「すごいよ。体が軽いよ」
「あら。本当。これはなかなかの快適さね」
気がつけば、マーミンも僕の横で巨人化していた。巨人になった時、裸に腰布って姿になったけれど、マーミンは胸にもちゃんと布がある。
不潔感のないざっくりとした布が、チューブトップのように胸を覆っていた。
「どこ見てるの? 巨人になっても、私の魅力は変わらないのね」
「いくら女性でも、ムキムキの巨人じゃ何も思わないよ」
「その巨人の胸元を凝視してたのは……」
モルギット:ラルさん。今は大丈夫ですか?
「いいよ
「えっ、なにが?」
モルギットからのメッセージに対して、思わず声で返事してしまったため、マーミンが怪訝な感じになってしまう。
「あっと、モルギットからメッセージが来たんだ。声で返事しちゃった」
「そういうことね。それで、なにかあったの?」
ラル:大丈夫だよ。何かあった?
モルギット:はい。巨人の城の情報を得たのですが、どうやら氷の壁を登らなくちゃいけないみたいなんです
ラル:ほうほう
僕は読んでますよというように、さり気なく相槌を入れる。
モルギット:この壁の先に、巨人の城があるはずなんですが、まず壁を登る方法がわかりません
ラル:了解。巨人の城を調べたいけれど、氷の壁を登る手段がないってことだね
モルギット:はい。そちらでなにか情報があるかもと、連絡しました。
ラル:最高のタイミングだよ。今からそっちに向かうから、氷の壁の前で待ってて
モルギット:わかりました。待ってます
早く早くとワクワク顔のマーミンへ、僕はニッコリと微笑んだ。
「巨人の微笑みはかわいくないわね」
「偏見だよ。巨人が可哀想でしょ。って言うわけで、氷の壁へ行くよ」
「オーケー」
どういうわけよと言われることもなく、僕らはモルギット達のいる、氷の壁へと走り出した。
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驚くほど速く、僕らは走ることができた。吹雪をものともせずに、あっという間に、僕らは氷の壁までたどり着いた。
「完全に巨人化してるじゃねぇか」
「自分の意志でうごける巨人になったよ。で、これが氷の壁だね」
五メートルほどの高さの氷の壁が、左右にずっと続いている。まさしく絶壁なので、どこかから登るルートがとかもなさそうだ。
僕らは巨人化したことで、だいたい三メートルくらいの背の高さだ。とはいえ、手を伸ばしても、さすがに届きそうもない。
ジャンプをすれば届くと思うけれど、その場合はパンクたちを置いていってしまう。
「昔の人がどうしていたのか気になるけれど、この壁を登るのには、巨人の力が必要らしいよ」
「まさか砦に戻って、全員で巨人化するのか?」
「面倒だわ。この壁に杭とか打って、登れないのかしら」
マーミンの問いかけに、モルギットが首を振る。
「硬すぎて何も打ち込めないんです」
「それなら、いろいろ考えられるけど、僕とマーミンがハシゴ代わりになるから、全員でよじ登ってもらおうかな。僕とマーミンは、ジャンプして登ればいいし」
「しょうがないわね。ただし、ラルが下よ」
「いいよ」
僕は氷の壁に両手をつくと、その場にしゃがみ込む。
するとマーミンが器用な感じで、僕の両肩に足をのせた。
「立ち上がるよ」
「オーケー」
筋力のベースは巨人らしく、おかげで僕は軽々と立ち上がることができた。ちょっと体を斜めにして、傾斜をつけることで、みんなが登りやすくなるように力を入れる。
「これでいけそうかな?」
「一番重い俺から行こう」
パンクが僕の右足から、体をよじ登っていく。
幸いにも巨人の皮膚はざらついているので、滑って落ちる感じはしない。
「巨人の肌はゴワゴワな感じだな。良く出来てる」
「感覚はあるんだから、あまりさわらないでね。くすぐったいとか言って、振り落としちゃうかもよ」
マーミンがもっとふざけそうな気がしたけれど、意外と何も言わない。事故ってもつまらないし、そのへんはちゃんと考えているみたいだ。
やがて全員が崖を登り終わった。
「お先に!」
マーミンはそう言うと、僕の肩の上でジャンプをする。ヒョイッと軽々登ったマーミンに、ここで来たかと感心してしまった。
「僕も登るから、離れててね」
一度ジャンプして、みんなが避難したのを確認すると、僕は飛び上がって崖の端を掴む。巨人の肉体のおかげで、さして苦労することもなく、氷の壁を登りきった。
「全員集合っと」
「おつかれ」
「遠くにうっすら見えるけれど、まだまだ遠い感じだわ」
マーミンの言う通り、遠くの方に建物の影が見えるけれど、はっきりと見ることができない。軽く雪が降っているせいもあるけれど、まだ距離がありそうだ。
「もっと滑りそうだけど、意外と大丈夫ですね」
「氷がざらついているのもあるし、寒くて溶けていないからだね」
僕の言葉に、ラズベリーは首を傾げてしまった。
「普段滑らないのは、摩擦があるからなんだよ。氷は解けると表面に水が浮かぶせいで、摩擦が減ってしまうんだ。氷が溶けることで、表面も滑らかになるしね。だからツルッといくのさ」
「それはそれで、さっさと行こうぜ」
パンクはそう言うと、建物の影に向かって走っていく。
「あ、待ってください」
それに釣られるように、全員が走り出した。でも僕とマーミンだけは走っていない。
「距離があるから、体に乗っけて行こうと思ったのに」
「それはいい考えね」
いきなりマーミンが僕の背中にしがみついてくる。
「って、マーミンは自分で走れよ」
「ひどい。女の子には優しくしてよね」
巨人のせいか、ふざけられても可愛らしさが見当たらない。
「そうだ。炎の魔法でさ、地面の氷をいい感じに溶かしたら、つるーっと楽しく移動できるんじゃないかな」
「やってみる? ファイアショット!」
五つの炎の瞬きが、地面の氷をいい感じに溶かし、薄っすらと半円状の道を作った。
「お先に!」
僕はその道に、勢いつけて滑り込む。ヒューとお尻で滑りながら、予想以上のスピードにドキドキする。
「あっ、ラル。魔力も巨人ベースみたいで、今のファイアショットで終わりだわ」
「えっ、がはっ」
ファイアショットで作られた道は、あっという間に終わっていた。滑らない氷をガリッと削ったあとに、僕はゴロゴロと転がった。
「ってぇ」
「もうバカねぇ」
マーミンはそう言いながら駆け寄ってくる。
「スキルは人間ベース。ステータスは巨人ベースってことね」
「言うことはそれだけ?」
「お先にとか言って、いきなり飛び込んだのは誰だったかしら?」
ぐぅの音もでない。道を作ろうと言ったのも僕だし、飛び込んだのも僕。
新しいゾーンでテンションが上りすぎたみたいだ。
「お前ら早く来いよ」
小さく見えるパンクから、かすかに声が聞こえてきた。
ふざけている間に、かなりの距離を離されたらしい。
「巨人の速さを見せてあげるわ」
「ちょっ、まだ体が……」
わずかに痛む体をなでながら、僕はゆっくりと立ち上がった。