173.偉そうな人
そのまま廊下を進んでいくと、特に分岐することもなく、突き当りに扉があった。その扉にはプレートがはめ込まれており、そこには『ケヴィン・シルフォード』と名前が書かれている。
「偉そうな人を発見ね」
「人というか、まだ扉だけどね」
僕の言葉に、マーミンは顔を歪める。弁解しようと思ったけれど、それよりも先に、新たな疑問が浮かんできた。
ここが砦である以上、どこかに攻める足ががりになるか、なにかから攻められた時の、防御の要になるのだろう。
どちらにせよ、戦っている相手が存在しなくてはならない。
そう考えた時、この砦の人たちは、何と戦っているんだろうかと気になってきた。
砦に侵入した途端に発動する呪いといい、意外と謎がたくさんある。
「ラル? 入らないの」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「偉い人に会えば、考えなくてもわかるんじゃない」
マーミンはそう言うと、ノックもせずに、扉を開けてしまった。
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他の部屋よりも装飾品が多く、豪華な作りのその部屋に、一人の男が立っていた。腰にサーベルを装備し、貴族のような艶やかな衣装を身にまとった男は、どこかしら気品のようなものを漂わせている。
僕らがノックもせずに、ズケズケと部屋に侵入したというのに、男はぼーっと立ったままで、なんの反応も見せてこない。
「えっ」
部屋の装飾品を眺めていたら、このタイミングで識別のレベルが最大になった。どうやら進化可能になったらしい。
「どうかしたの?」
「ああ。識別のスキルを進化できるみたいだ」
「今? 構わないけど、ちょうど偉そうな人が現れて、謎解きが……」
マーミンは独り言状態になったので、僕は識別を進化させることにした。SPを10ポイント使うけれど、しばらく使っていないこともあって、まだまだ余裕だ。
「へー。進化すると鑑定になるのか。名前的には微妙な感じだな」
「いいじゃない鑑定。それで何がわかるの?」
触れたものの情報や価値がわかるらしいので、僕はマーミンの肩に手をおいた。
「ラル?」
「えっと、強固なローブ。製作者は機織りのミルファ。価格は十五万ウェドだって」
「安すぎない? まぁ買ってから大分使い込んではいるけれど」
鑑定ででる価格は、おそらくはシステムがなにかの基準を持って決めているのだろう。だから市場価格とか、買った時の値段というのとは違うはずだ。
「システムが勝手につけた値段って感じだから、目安にしかならないかも。というか、鑑定スキル持ちがたくさんいないと、適当に価格操作できちゃうよね」
「この俺が一万といったら一万なんだよ。売れねぇって言うなら、ちょっと困ったことになるぜぇ、みたいな?」
「誰の真似だよ。でもそんな感じじゃないかな」
ふと男の方を見ても、特になにも反応していない。まるで僕らがここにいないかのように、ずっと立っているままだ。
あまりの反応のなさに、まるで自分たちが存在していない気分になってくる。
「きゃっ」
僕は部屋にあった机を、思い切りけとばした。ドカッとすごい音がして、机が移動したけれど、男はそれでも反応を見せない。
「ちょっとラル。いきなりなにするのよ」
「ごめん。もしかしたら僕らが見えていないのかもって思ったんだけど、これでも反応がないとすると、そういうわけでもないみたいだね」
「いまから蹴るよとか言ったら、確かめられないから仕方ないわね。許すけれど、あとで特大バーガーのおごりね」」
軽くウィンクして可愛く見せているけれど、要求は全くと行っていいほど可愛くはない。適当に返事をしておくと、僕は男のサーベルに触れてみた。
それでも反応しないので、そのまま鑑定を実行する。
「巨人裂きのサーベル。製作者は不明で、七十五万ウェドだって。基礎攻撃力は五十だけと、追加ダメージが二百も付与されてるよ。さらに巨人相手には特効だって」
「なんかそのまま持っていっても大丈夫そうだけど、私たちは盗賊じゃないからね」
どの口がそれを言うとか思ったけれど、僕らは特に何かを盗んではいない。細かいことは気にしてもしょうがないし、そろそろここにいても、得られるものもなさそうだ。
「あなたたちは、何と戦っているんですか? あなたに聞いています。聞こえてますか?」
時折視線があっている気がするけれど、ただの気のせいみたいだ。男は特に反応することもなく、返事をしてくれることもない。
「ケヴィン・シルフォード」
「名前を呼んでも返事しない。質問しても反応しない。これは滅びてるわよね」
どうやら帰りの宝箱の事を考えて、予防線を張っているようだ。これで生きているとは言いにくいけれど、何かしら事態を収束する方法はありそうな気がする。
「ここでできることはなさそうだね」
「そうね。宝箱へ行きましょう」
マーミンは完全に興味を失ったようで、意気揚々と部屋を出ていった。