170.足跡の先
不意にパンクの足が止まる。
「おい。なんだこの足跡は?」
この大きな足跡まで移動すると、やはり雪が激しくなり、風も強くなっていた。
「裸足で歩く人間かしら。サイズはビッグだけど」
「雪男でしょうか?」
そういえばそういう存在もいた。雪男が大きかったかは覚えていないけれど、どちらにせよ巨人ではある気がした。
「面白そうでしょ」
「一体なにがいるのか、ワクワクでゴンス」
「これだけ雪が降っているのに、ついさっきの足跡みたいですね」
妙にリアルで声が聞き取りにくいけれど、なんとかまだ聞こえていた。モルギットの指摘はもっともだ。さっき確認した足跡かはわからないけれど、ギュッとした足跡は、不思議と雪に埋もれていない。
「罠……か?」
「どうかな」
僕は足跡を壊すようにして、飛び乗ってから足裏でこすってみた。
「ちゃんと消えるね。壊そうと思えば簡単だよ」
「なら本当に、今さっきここを通ったってことか」
「微妙なところですね。確かに少しづつ、雪が積もっているようですけど」
それでもモルギットには疑問が残るようだ。こうしている間にも、足跡は降る雪で少しづつ姿が消えている。
その事実だけを考えれば、できたてほやほやの足跡だったと言えるだろう。
「まっ、追いかければわかるだろ。行こうぜ」
「それがいいわね」
パンクは足跡をたどるようにして、進行方向を変えた。
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それからほどなくして、パンクが再び足をとめる。
「おい、見えるか?」
目を凝らしてみると、吹雪の向こうに人影が見えた。うっすらとしか見えないけれど、かなり大きな影だった。
「あれが巨人?」
「かなり大きいわ。名前は雪の巨人ね」
一応視認できるからか、名前を確認することができた。ドロップリストを見てみると、コモンに巨人の骨、アンコモンはなく、レアに巨人の斧がある。ただいつもなら必ずあるはずの、卵のドロップが存在しなかった。
「えー、巨人の卵はないみたい」
ラズベリーが不満げに声を出していた。ゴーゴーとうるさい風の中で、不思議とラズベリーの声は聞きやすい。
「よしっ、魔物なら倒してみようぜ」
「オーケー」
パンクが一気に走り出した。その姿が吹雪の中へと消える前に、僕らも距離を詰めていく。
他のゾーンではいい感じのリアル感だったけれど、このゾーンは妙にリアルな気がした。降る雪が口に入ってくるし、なんとなく呼吸が苦しく感じる。
見た目からの気のせいかもしれないけれど、ちょっとダッシュが息苦しい。
「我が名はパーフェクトタンク!」
その声が聞こえたのか、雪の巨人がくるりと振り返った。
やはり驚くほどにでかい。三メートルはありそうな身長に、吹雪の中でもわかるほどに、目が真っ赤に光っている。
ただドロップリストにはあったはずの、斧などは装備していない。
思わず見とれている間に、雪の巨人がパンクへ走り込んでくる。ずんずんと地面から振動が伝わり、それが僕の中で恐怖へと変わっていく。
大きく振りかぶる雪の巨人が、拳をパンクへとつきおろした。
ガァイィンと激しい音を立てながら、パンクは左手の盾で受け止める。そのまま地面にめり込んでしまいそうな勢いだったのに、完璧にパンチを防いでいた。
「カウンターシールド!」
完璧なタイミングで撃ち込まれた技は、雪の巨人から激しく多角形の板を飛ばした。やっぱりパンクは頼りになる。それを見て僕の恐怖が、少しづつ和らいでいった。
「ファイアランス!」
「うぉぉぉぉ、我が神よ! パンクへ継続する癒やしの力を! ゴッデスヒールでゴンス」
ゴリのどうでもいい詠唱を聞いたら、完全に恐怖が消えていた。
「ムーンボール」
マーミンのファイアランスに続いて、僕の魔法もそれなりにダメージを与えたようだ。さらにサクラが近づいて、右のふくらはぎあたりを、刀で斬りつけた。
しかしあまりにも巨人は大きかった。サクラの頭あたりに、巨人の腰があるようなかんじだ。とは言えふくらはぎへの攻撃は有効だろう。足を潰せば、倒れてくるかもしれない。
モルギットは戦況を見つめている。パンクはダメージがないようで、ヒールをする必要もない。
「ポッポゥ」
ポンちゃんがウニのようになって飛び込んだ。メインヒーラーな気もするけれど、アタッカーとしても強そうだ。
その証拠に、それなりにダメージエフェクトが飛んでいた。
「グガァ」
雪の巨人は痛いはずの右足で、パンクを思い切り蹴り飛ばした。しっかりと盾で防御しているが、体重差のせいかパンクが後ろに吹き飛ばされる。
「ちっ」
小さく舌打ちをしながらも、パンクはしっかりと着地する。追い打ちをかけようと間合いを詰めてくる雪の巨人へ、マーミンのファイアショットが飛んでいった。
きらびやかに光を撒き散らしながら、5つの炎は外れることなく命中する。やはり火が弱点属性なのか、激しく多角形の板を飛ばしながら、雪の巨人はのけぞった。
斜めになった巨人を足場にして、サクラが体を駆け上がっていく。
「サクラ!」
一気に胸元まで上ったサクラは、雪の巨人へと刀を突き立てた。
リアルだったら喉に突き刺さるような一撃で、迸ったダメージエフェクトの中へと、サクラ自身が埋もれていく。
サァっとダメージエフェクトが消えると、サクラもいなくなっていた。
「短距離転移か……完璧に使いこなしているな」
雪の巨人はそのまま地面へと倒れ、激しく大地が振動する。
「うおぉぉぉぉ! シールドバッシュ!」
そんな揺れに負けることなく、大の字に倒れた巨人へと、盾を構えてパンクが走り出した。
「あっ」
思わず体がすくんでしまう。パンクは両足を開いて倒れた間を抜け、薄い腰布一枚で隠れたそこへと、盾を構えて飛び込んでいったのだ。
「ギィヤァァァァァァァァァァ」
聞いたこともないような叫び声が響き渡ると同時に、雪の巨人全体から、ダメージエフェクトが迸った。弱点で輝いていたりはしなかったけれど、想像しただけで体が震えてくる。
やがて薄れていったダメージエフェクトと共に、雪の巨人も姿を消していた。
「討伐完了!」
「えげつないわね」
マーミンまでもが呆れた感じになっている。毎回こんな方法が通用するわけでもないけれど、深く考えるのはよそう。
「うーん。巨人の骨がドロップしました。何に使うんでしょうか?」
「さぁ? でもレイドで倒した割に、経験値が増えたわね」
「ボーナスモンスターなのか?」
「神の恵みでゴンス」
何にせよ、サクラの成長に役に立つ。ちょっと探索はしにくいけれど、雪の巨人を倒しながら進むのも悪くない。
「ちょっと大変だけど、雪の巨人を倒しながら探索をつづけよう」
「わかった」
「オーケー」
軽くうなずくだけで思案顔のモルギットが気になるけれど、考えがまとまったらきっと話してくれるだろう。
それを待つことにして、僕らは探索を再開した。