167.新たなゾーン
一時間ごとに転移できる可能性を期待して、僕は13時を待った。仮にこれで転送されないならば、本格的に調査しなくちゃならないだろう。
もうすぐ13時になる。残り十秒を心の中でカウントしながら、僕はその時を待った。
『転移を開始します。ご注意ください』
何に注意すればいいんだと思った瞬間、視界が一気に暗くなる。ドサッといきなり落ちた地面は、とても冷たく感じられた。
そして同時に、閉じたまぶたを通して明るさを感じだ。
もはや水の中ではなく、どこかに転送されたらしい。
「うっ」
地面に座り込んだまま目を開くと、かなりの眩しさを感じた。辺り一面が真っ白で、雪原が広がっていたのだ。
やがて目が落ち着いてくると、雪が降っているのがわかった。太陽が出ているのに雪が降り、光を反射してきらめいている。
幻想的な風景に、しばらく見とれてしまった。
「冷たい」
両手を後ろについて風景を眺めていたら、いつのまにか冷たくなっていた。雪に両手をついているのだから、当たり前といえばそうなのだけれど、それほどまでに幻想的な感じだったのだ。
「きれいって言葉で表現したくないくらい、見たこともない美しさだな」
両手を胸の前で合わせて温めながら、あらためて周囲を観察する。どこまでも雪原が広がっているように見え、魔物の姿も見当たらない。後ろをみれば、古い神殿みたいな建造物が有り、10メートルほどの正方形の石の台座を、囲むようにして柱が何本も立っている。
不思議なことに屋根はないのに、石の台座には雪が積もっていない。その台座には魔法陣があるので、不思議な力のおかげか、システムの都合なのだろう。
すでに時間は13時7分になっている。戻れるか魔法陣に乗ってみた。
『転移魔法陣の利用には、ランクB以上が必要です』
ある意味で予想できていたメッセージだ。もし帰りがフリーだったとしたら、あの男も適当に戻っているだろう。
しかし思いもかけない新しいゾーンだった。公式のホームページでは主な地域の紹介はあるけれど、細かい所の説明はない。
運営の考えとして、未知なる土地の冒険なのだから、全部を公開するのはつまらないというのがあるそうだ。
だから紹介する地域は序盤やメインのゾーンだけで、それ以外はあえて隠しているらしい。
ただそれだと実装されている範囲がわかりにくいという問題がでるけれど、未知への探検を考えれば、些細なことな気がした。
なによりこうやって新しいゾーンへ来ることができた。
先駆者に憧れているわけではないから、最前線で頑張る気はない。そこが探索され尽くしたゾーンだったとしても、僕が初めてならそれで良い。
もともと事前情報もなく手探りが好きなので、新しいゾーンと言うだけでワクワクしてくる。
「あっと、ラビィ召喚、ルード召喚」
魔法陣が浮かび、ラビィとルードが現れる。
「ガァモォ」
「よろしくですの」
ソロでいることが少なくなってきたので、会話をするのも久しぶりな気がした。
「ラビィ、ルード。よろしくね」
ふとサクラが召喚できない寂しさを感じた。気持ちの中では早くレベルを上げて進化させ、あの格好いいイラストのように育てたい。
メイド剣士もおさまりがいいから、なんとなく満足している感もあるけれど、召喚して戦わなければ、そもそもレベルが上がらない。
召喚し続けているラビィですら、まだ進化レベルに達していない。それを考えれば、まだまだ時間がかかりそうだ。
「どうしたですの?」
ラビィが僕を心配そうに見上げてきた。会話ができる時のラビィは、プレイヤーなみの反応をしてくれる。
「なんでもないよ。せっかくだから、この雪原を調査してみよう」
「がんばりますの」
「ガモォ」
「ウッピィ」
久しぶりにみんなの声を聞きながら、ルードを先頭にして雪原を探索にでた。
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歩くごとに、まっさらな雪原に足跡が生まれていく。降る雪と静かに音を立てる風の中で、わずかながらの寒さを感じながら、きらめいた世界を進んでいく。
振り返れば、魔法陣のある建造物が見える。ただあそこから離れ過ぎれば、目印らしいものはなにもなくなってしまう。
足跡が残り続ければいいけれど、降っている雪のせいで、リアルに消されてしまうかもしれない。
とはいえ自動でマッピングはされているから、足跡が消えたとしても迷うことはない。実際に雪原に来たわけではないし、迷子になる心配はいらないだろう。
サッサッっとリズミカルな僕らの雪を踏む音を聞いていると、なんだか眠たくなってくる。幻想的な雰囲気と、魔物の姿が見えないことで、僕は完全に油断していた。
ザザザッっと不規則な音が聞こえた瞬間、ルードの鎧に何かがぶち当たる音が響いた。
「レタヒール。ゴッデスヒールですの!」
珍しくラビィが回復魔法を連発する。何が襲ってきたのか目を凝らすと、真っ白なうさぎがいた。雪原を背景に、真っ白な毛が保護色になり、攻撃されるまで気がつくことができなかった。
「ウピピピィ」
エリーの持つ最強の火属性魔法、フレアアローが飛んでいく。こんな危険な時にという気持ちはあったけれど、辺りに降る雪に火魔法の赤っぽい光が反射して、不思議な光景を見せてくれた。
でもそれは一瞬で、白いウサギにフレアアローは命中する。いい感じに多角形の板が飛び散り、しっかりとダメージが出たのがわかる。
「ムーンボール」
見た目はバトルラビットみたいだけれど、名前を確認するとホワイトラビットになっていた。
青く輝く球が着弾し、ダメージエフェクトが飛び散った。
「ガモォ」
もしかして倒せるかなって思っていたけれど、それで倒れることはなく、再びホワイトラビットはルードへと突撃した。
「ヒールですの」
「ウピッピィ」
ラビィのヒールにエリーのファイアランス。僕はファイアランスがホワイトラビットに命中して、ダメージエフェクトが飛び散った時、さすがに倒しただろうと思っていた。
なのにホワイトラビットは元気よく、エリーに向けて突進する。
「げぇ、ムーンシールド!」
ホワイトラビットの突進は、僕の魔法で少しだけ威力を落とすことができた。でもそれは少しだけだ。空に向かって飛んだうさぎは、エリーの体をかすめてしまう。
飛行を乱されたのか、エリーが空中でくるくると回転する。
「ヒールですの」
そんなエリーに向けて、ラビィのヒールが飛んでいく。タンク以外に攻撃が向かうのは久しぶりだった。雄叫びを上げなくても、いつもならとっくに倒しているダメージがあるはずだ。
なのにホワイトラビットはまだ元気で、注目がエリーに集まってしまった。
「ガァァァモォォォ!」
ルードが振り返って雄叫びを上げる。でもこの技能は指向性があるわけではない。周囲に声が響くので、近くに他のホワイトラビットがいれば、それまでも集めてしまう。
「2追加だ!」
ホワイトラビット本体は保護色でわからないけれど、雪原に足跡が着いていた。ルードに向かっていく足跡から、2体のホワイトラビットが増えたことを予想する。
「ウピピィ」
5つの炎がホワイトラビットへ向かっていった。雪原の魔物だけに、火が弱点属性なのだろう。でもここまで倒せないのだから、弱点ではないのかもしれない。
ルードへと目標を変えたホワイトラビットへ、5つの炎が着弾する。ようやくそれで多角形の板を撒き散らしながら、ホワイトラビットは消えていった。
「サークルアタックだ!」
「ガモォ」
追加で突進してきたホワイトラビット2体へカウンターを当てるように、ルードが槍を持って回転する。ガンガン攻撃をあてているけれど、ホワイトラビットからの攻撃も受けていた。
「ヒールですの」
でもラビィの魔法はヒールだけだ。どうやら不意をつかれて攻撃されたせいで、最初は大きくダメージを受けたらしい。
でもこうやって安定してくれば、その心配もないだろう。
「ムーンボム」
中心をずらして、ルードにあてないように範囲魔法を撃つ。地面の雪が吹き飛ぶと、土の地面が露出する。どうやら雪はそれほど深く積もってはいないようだ。
落ち着いてきたのでドロップリストを確認してみた。驚いたことに、バトルラビットと変わらない。
ウルトラレアはうさぎの卵だし、レアリティも名前も変わらない。なんのエッセンスがドロップしたのか、インベントリを確認すると、流水エッセンスが増えている。
どうやらこのゾーンでは、上位のエッセンスがドロップするようだ。
一度安定した戦闘は、よほどのことがない限り崩壊しない。
程なくしてホワイトラビットを全滅させると、流水エッセンスが4つ増えていた。おそらく下位のエッセンスと違って、4つも5つも一度にドロップはしないらしい。
それでも数を倒せば集められそうなので、お金の節約のためにもドンドン倒していこう。
「あの魔法陣の建物が見える範囲で、ホワイトラビットを倒しながら探索だ」
「おまかせですの」
いつものフレーズを聞きながら、さらに雪原を探索する。