166.冒険者ギルドの奥で
階段を泳ぎながら降りている途中で、ギョッとして思わず漂ってしまう。一階の受付カウンターの所に、マリーが立っていたのだ。
ただマリーは僕に気がついた様子はない。
魔物でないことはわかるけれど、水の中に一人で立っているマリーが、なんだか不気味に思えてしまう。
でもこうしていても仕方がない。僕は再び泳ぎながら、1階へと降りていく。
マリーの正面に来たのに、いつものような声掛けはない。本当にマリーなのかと近づくと、そこで初めて気がついたかのように、すっと顔を上げて僕を見た。
「いらっしゃいませ。ご用件はなんですか?」
ここが水の中でなければ、何の変哲もない冒険者ギルドの受付だ。
「クエストはあるかな?」
雰囲気に呑まれないようにしながら、やっと絞り出した言葉がこれだった。
「あちらの方に依頼が出てますので、そこでご確認ください」
滅びた街の冒険者ギルドに、依頼などあるはずがない。依頼の板にも何も貼り付けられてはいない。
ただどの街の冒険者ギルドも、貼り付けられた紙とかはフレーバーなので、実際の依頼に関係があるわけでもない。
僕が素直に依頼板の方へ行くと、驚いたことにメニューが開いた。
開いたリストを確認すると、僕のランクで受注できるのは『魔魚の討伐』だった。他にはランクBで受注できる『大海蛇の討伐』、ランクAで受注できる『領主ガーボリッドの討伐』があった。
領主を討伐してどうすると思ったけれど、公の依頼に出ている時点でおかしな話だ。そもそも依頼主が誰なのか、考えだしたらキリがない。
何より依頼の内容は、当時の冒険者ギルドではなく、現在の状況に即した依頼になっている。受付にマリーしかいないような状況で、ここの冒険者ギルドは機能していると言えるのだろうか。
それを確かめるためにも、依頼を受けてみるのが良さそうだ。僕は『魔魚の討伐』を受託すると、しれっと受付へと戻る。
「魔魚の討伐を受けたのだけれど、どこに魔魚がいるのか教えてもらえますか?」
「ありがとう。あいつら際限なく増えるから困ってたのよね。正直どこにでもいるから、適当に移動すれば見つかるわよ」
見た目はマリーなのに、話し方も雰囲気も違った。全ての冒険者ギルドで私が担当と言っていたけれど、もしかすると実体は別の場所なのかもしれない。
とすると、今回のマリーは中身が別人というわけだ。この姿でどこの冒険者ギルドでも現れるけれど、実は中身は複数いるというパターンな気がした。
「そういえば僕が受諾できないランクAの依頼があったよ」
「特別措置っていうやつよ。誰も受けないから、誰でもどうぞって感じね。依頼が見えたなら、それは受諾できるのよ」
マリーの姿でこの話し方は、かなりの違和感がある。でも話の内容は重要だ。大海蛇っていうのも、ガーボリッドとかいう領主の討伐も、僕のランクで受託できるらしい。
というか、この領主ガーボリッドって、この街の領主に違いないだろう。つまりテルナをひどい目にあわせた張本人というわけだ。
もはや滅んで手が出せないと思っていたけれど、うまくすれば懲らしめる事ができるかもしれない。
僕は依頼板に戻ると、残り2つのクエストも受諾する。
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レジェンドクエスト:ロッカテルナ湖の伝説
エルミオに会う
報酬:???
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『領主ガーボリッドの討伐』を受諾したら、レジェンドクエストが発生した。そういえばテルナの依頼もレジェンドクエストだったけれど、複数同時に受諾できるらしい。
というか、このタイミングで勝手に受託されても、どうしていいかわからない。
今回は討伐ではなく、エルミオという人に会う必要があるようだし、あまりにも情報が少なすぎる。仕方がないのでこのクエストは頭の隅に置いておいて、わかりやすい依頼から優先して解決していこう。
あらためて辺りを見回してみると、少しだけ構造が違うことに気がついた。地下の訓練場へ行く通路の他に、1階の奥へと続く廊下がある。
せっかくなので冒険者ギルド内部を調査してみよう。
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廊下を泳いで進むと、突き当りに部屋があった。扉は壊れていて、その残骸だけが残っている。仮に重要な部屋だったとしても、おかげで気楽に入ることができる。
部屋の中には驚くほどなにもないが、奥には小部屋を作成するように、4つの間切りがあった。全部で5つの小部屋の床には、色あせた魔法陣が描かれている。
その色味からまともに機能していないのかなと思い、気楽に魔法陣の上に移動した。
『転移魔法陣の利用には、ランクB以上が必要です』
無機質なアナウンスが表示される。でもこの短いメッセージのおかげで、様々なことがわかった。
魔法陣は動作する可能性があるので、他の魔法陣の上にも移動してみる。
全ての魔法陣でメッセージが表示されるのを確認すると、僕は部屋の中央へと泳いだ。
間違いなく魔法陣は動作していて、使用するには冒険者ランクが必要なこと。そしてこの魔方陣は、どこかへ転移できる機能があるということだ。
ランクをBに上げてからくれば、どこかへ転移できるのだろう。でも現在は制限がかけられていて、プレイヤーはランクBになることはできない。
とすると、この魔方陣を使うことは不可能だ。
面白そうではあるけれど、仕様ならばどうにもできないだろう。
そんな風に考えをまとめていた時、中央の魔法陣に誰かが現れた。
「あっ」
「ん? ほっほう。こーんなところでプレイヤーに会うとはぁ、おどろきだぁ」
妙に間延びした感じで話す男は、黒い服を着ていた。赤さんと初めて会った時に着ていた装束の黒バージョンみたいな感じだ。
普通なら気にしないところだけれど、この人は僕を見た途端、装備していたマントを外していた。一瞬しか見えなかったけれど、僕が大好きなイモキンマントで間違いないだろう。
「ここは冒険者ギルドなのは知ってぇ、いるかなぁ?」
「依頼とか受けられるみたいですね」
なんとなく話し方が気持ち悪い。でもこうやって話しかけられているのに、男は僕に関心があるようには感じられない。いやいや話をしているような印象があった。
「水の中のぉ、冒険者ギールド。いやぁはやぁ、すっごいよぉねぇーーーーーー」
完璧な違和感だった。そもそも男はプレイヤーで間違いはない。ここでログアウトしたのでなければ、できるはずのない転移をしてきたことになる。
イモキンマントを隠したのも変だ。
「時間だ」
その辺りを聞こうとしていたら、男が突然短く声を発した。さっきまでとはぜんぜん違う話し方に驚いていると、僕に全く興味がない感じで、男は部屋から出ていった。
僕の方を見向きもしないそのそぶりから、やっぱり興味がなかったことが予想できる。でもそれならば、なんで僕に話しかけたのだろう。
しかも時間だって言われても、なんの時間なのやらだ。
なんとなく時間を確認したら、昼の12時3分だった。まさかご飯の時間だとでも言うのだろうか。
「そんなわけはない」
頭に浮かんだくだらない予想を、僕は声に出して否定する。
最初にイモキンマントを隠したのも、僕には不自然に感じられた。まあ見た目が人を選ぶから、見られたくないって思うかもしれない。でもあの男は、そもそも僕に興味がなかった。
そんな人間が僕に見られることを気にして、わざわざマントを外すだろうか。そう考えると、それにも何かしらの意味があるはずだと、どんどん男が気になってきた。
「あの間延びした話し方。最後だけ普通だった。なぜか外したイモキンマント。時間だの意味……」
それらの情報が、パーツとして僕の中で組み上がっていく。
やがて出来上がった絵が正しければ、かなりの大発見になるだろう。
とすれば、あの男が僕を足止めするためだったことがわかる。秘密を独占するために、僕が魔法陣に乗る事を防いでいた。
つまりあの魔法陣は、特定の時間だけランクBを必要とせずに、起動することができる。だからプレイヤーであるあの男も、転移魔法陣を使用できたのだ。
「ならその時間はいつだろう? 確実なのは明日の12時からの3分間だ。いや、曜日も影響するかもしれないし、日にちも影響するかもしれない。でもこの3分が転移可能時間なのは正しいはずだ」
この手の調査は時間がかかる。僕は真ん中の転移魔法陣の上に移動すると、アクアブリーズの魔法をかけ直した。