163.ロッカテルナ湖の南
ガメールの所に戻り、アイテムとポイントを交換した。ダークワールドで貯めたアイテムのおかげで、一気にポイントは増えたけれど、欲しいもの全てと交換できるほどではなかった。
僕に必要な虚無魔法の魔導書を後回しにしても、人造卵作成用の技符が交換できない。轟雷は絶対交換しておきたいし、残り2枠をどうするか悩みどころだ。
「ラル。なんだか疲れたから、ダークワールドは今度でいいかしら?」
そんな事を考えていたら、マーミンが休憩したいと言い出した。有用な迷宮ではあるけれど、ちょっと馴染めない感じだから、疲れるというのはなんとなくわかる。
普段なら気にしない僕も、なんだか疲れている気がしていた。
「悪いな。俺も休むよ」
「そうだね。また今度にしよう。ロッカテルナのボスの謎も予想がついたし、次回を楽しみにしておくよ」
「えっ、ロッカテルナ湖のボスがわかったの?」
僕の言葉に、マーミンが驚いたような声を上げる。
「前に迷宮にボスがいないって言ってたけど、ダークワールドに闇の女王ってボスがいるのがわかったじゃない。つまり、これがボスじゃないの?」
マーミンは首を横に振った。
「ロッカテルナ湖の迷宮は、異界迷宮のことじゃないわよ。北に行くと迷宮があるの。まあ迷宮っていうか、行けばわかると思うわ」
衝撃だった。ロッカテルナの迷宮は、てっきりこの異界迷宮のことだと思っていた。
でも北に行けば、他にも迷宮があるらしい。
「湖の中央から湖底に潜って、北へ向かうのが安全よ。それ以外でも行けるかもしれないけれど、止めたほうがいいわ」
理由はわからないけれど、マーミンが言うのだから止めておこう。無用な危険を味わう必要はどこにもない。
「了解。でもそうなると、ボスがいない謎は謎のままなのか。気分転換にちょっと調べてみようかな」
「なにかわかったら教えてよね。それじゃまたね」
「じゃあな」
「またねー」
二人はログアウトしていった。僕も休憩するつもりだったけれど、ロッカテルナの迷宮のことは気にかかる。
二人に話した通り、やっぱり北を調べに行こう。
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湖の中央から湖底に行くと、異界迷宮の入り口が見えてくる。
マーミンの情報では、北に迷宮があるのはわかっている。でも僕は天の邪鬼にも、南に向かうことにした。
ロッカテルナ湖の話を図書館で読んだのを思い出すと、南に村があったはずだ。北の滅びた街が迷宮になっているとしたならば、南の村はどうなっているのだろう。
そう考えたら、いてもたってもいられなくなったのだ。
泳ぎながら南に向かうと、少しづつ水が冷たくなってくる。普通は南に向かえば暖かくなりそうなものだけど、この湖では逆なのだ。
そんな水の冷たさが、あの話の信憑性を高めている。
テルナは石像にされたと書いてあったけれど、もしかしたら何かしら南で見つかるかもしれない。
僕はそんな期待を抱きながら、冷たく感じる水の中を、魔法の効果時間を気にしながら泳いでいった。
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ゴツゴツとした岩の湖底を蹴るようにして進んでいくと、水はドンドンと冷たくなっていく。
薄暗い中で日は届きにくいけれど、夜目のおかげで問題はない。むしろこのスキルのおかげか、神秘的にすら感じていた。
揺らめく水に湖底から水草が生え、僅かに届く光が、全てを青く彩っている。コポポポというような音が耳に聞こえ、それは不思議と僕にやすらぎを与えてくれた。
「ウピピィ」
側を飛ぶように泳ぐエリーが、ともすれば寝てしまいそうな僕の頭を、目覚めさせてくれる。
冷たさで眠くなってきているのかと不安になってきた時、湖底が不思議と平らな感じになってきた。
さっきまでは岩肌がゴツゴツしていたのに、泥のようなものが堆積している。平らになっているのは、そのおかげかもしれない。
ただ泥に足を乗せると、柔らかくて足が沈む感じだった。泥が舞い上がって濁るので、あまり湖底に触れていると、視界が悪くなってくるかもしれない。
僕は少しだけ浮上して、泥を刺激しないようにして泳いでいく。
魔魚も見当たらないので、魔法の効果時間だけを気にしながら、周囲になにかないかと、目を凝らして進んでいった。
「ウッピィ」
なんとなくエリーの声に視線を向けると、平らな湖底にぽっこりと、丸く盛り上がっている場所があった。
よく見ると何かが埋まっている感じなので、僕は期待しながら近づいた。
泥を舞い上げないように注意して近づくと、やはり何かが泥の中にあるように見える。泥を手で避けてみたら、筋の入った丸い石のようなものが見えてきた。
でもそれは一瞬で、濁った泥によってすぐに視界が悪くなる。
手探りで泥を払ってから待っていると、しばらくして少しづつ視界がクリアになっていった。
なんとなくその石は、彫刻された人の頭部のような気がする。いろいろな角度から眺めてみると、石に入った筋は髪の毛を掘ったように見えた。
でもまだ大半は泥の中に眠っている。これを掘り出すのは、なかなかに難易度の高いミッションだ。
全体を掘り出すのは時間がかかりそうだから、せめて頭部だけでもと、少しづつ周りを掘ってみた。泥の舞い上がりは無視しながら、手探りで石の周りを掘り進めていく。
触った時の感触で、なんとなく顔が出てきたのがわかる。見えてはいないけれど、堀が深くて、キリッとした感じの顔な気がした。
濁りがおさまってきて見えた顔は、凛とした女性だった。石像だから色がわからないけれど、かなりの美人な気がする。
そしてその時ハッとした。もしかするとこの石像の女性が、テルナなのかもしれない。
『私を、私を解放してください』
突然聞こえてきた声に、どきりとして周囲を見渡した。薄暗い湖底で突然声をかけられて、心臓がドキドキとしてしまう。
でも周りを確認してから気がついた。この状況で声をかけてくるのは、この石像で間違いないだろう。
「もしかしてテルナなの?」
『はい。石になり泥によって封じられた我が身は、何もすることができません』
魔法によって石に変えられたテルナを、大量の雨によって流れ込んだ泥が封じてしまった。そういうことなのだろうか。
でも神様はロッカとテルナに行った仕打ちを見て、大量の雨を降らせている。泥で封印してしまったのは結果とは言え、テルナを苦しめるようなことをするだろうか。
あくまで伝説だから正確にはわからないけれど、怒りでお仕置きしたことで満足して、それ以外は気にしていないのかもしれない。
街と村の人たちにとっては理不尽だけど、人智が及ばない存在の怒りだから、僕らには理解できないのだろう。
僕は泥を舞い上げながら、テルナの石像の周りを掘リはじめる。魔法の延長を忘れずにしながら、指先の感覚だけを信じて、少しづつ泥をかきだしていった。
何度か魔法を延長しながら掘っていくと、鎖骨っぽい所に手が触れた。ペタペタと確認していくと、どうやら肩より少ししたくらいまで、掘ることができているらしい。
僕は休憩しながら、濁りが消えるのを待った。
目で確認すると、触って感じたのと同じくらい、石像が姿を見せている。
テルナの石像からは何の反応もなかった。おそらくもっと掘り進めなければ、封印は解けないのだろう。
僕は再び泥を掘り進めていった。胸辺りまで石像を掘り出した時、僕はなんだか嫌な予感がした。確認するのも嫌だけれど、僕はそのまま、水の濁りが消えるのを待つ。
やがて石像が見えてきた時、僕の心は怒りに染まる。あの本には書いていなかったけれど、テルナは石にされた時、服を脱がされていたようだ。
想像するだけでむかつきが止まらなくなる。北の領主は兵士の前でテルナを脱がし、そして石に変えたのだ。
テルナの苦しみを考えたら、ゲームだというのに胸が痛くなる。
北の領主はとっくに死んでいるはずだけれど、イライラが止まらなくなってきた。
僕は怒りに任せて、周りの泥を除去していった。石像全体を掘り出したなら、この悪夢も終わってくれるはずだ。
もはや水は濁ったままでいい。むしろ濁っていた方がいい。怒りに身を任せてしまった僕は、泥をかきだしていくスピードも加速していた。
掘り進めていくうちに、いろいろなことがわかってくる。わざわざこんなポーズで石にするなんて、領主の悪意に吐き気がしてきた。
これ以上考えていたら、嫌になりそうだったので、何も考えずにただ掘り進める。
そしてついに全てを掘り出したと思った瞬間、濁った水の奥が光った気がした。
『解放してくれてありがとう。どうか。どうかこれをロッカに届けてくれませんか』
眼の前に赤い宝石のついたペンダントが浮かんでいた。
ここまできて、テルナの願いを聞かない選択はない。僕はペンダントを受け取って、インベントリへと格納した。
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レジェンドクエスト:テルナの願いを叶えよ
報酬:魔布の製法
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どうやらクエストになったようだ。報酬が魅力的なのに驚いたけれど、クエストに関係なく、テルナの願いは叶えてあげたい。
おそらくロッカは北のほうにいるのだろう。マーミンが迷宮があると言っていたし、そこにいると予想できる。
でもそのダンジョンにはボスがいないとも言っていた。
未実装ダンジョンだとしたら、ロッカはいない可能性もある。
水の濁りが消えると、テルナの石像もなくなっていた。その事に安堵すると、僕は気持ちを切り替える。
とにかく北へ行かなければ話にならない。次は素直に北の迷宮を探索してみよう。