160.ボス系じゃなかった
デザートメイドの姿が霞むと、ファイアショットは目標を失ったように壁にあたって消えた。
「魔法を回避できるタイプみたいだ!」
「ならこれだ!」
パンクがいち早く近づき、メイスを振り下ろした。はっきりと姿を見せたデザートメイドは、なぜか無防備にその一撃を受けた。
気持ちよく飛び散るダメージエフェクト。どうやら霞んだ後は行動が抑制されるようだ。そのせいでメイスをくらい、きっちりとダメージを受けたらしい。
ファイアショットのダメージに比べれば、メイスの方が弱い気もするけれど、魔法を避けさせて物理攻撃という作戦が、いまの状況では最適だろう。
「いい感じだ。それでいこう」
「ウッピィ」
エリーからフレアアローが飛んでいく。デザートメイドは持っていたトレーでフレアアローを払い落とした。
気がつけばそのトレーの上に、イチゴのショートケーキが乗っていた。
「ムーンシールド」
飛んできたショートケーキがムーンシールドに当たって弾け飛んだ。ちょっともったいなく見えるけれど、もともと食べられるケーキではない。
「ほいさ」
デザートメイドはこれまでの魔物とは違い、なかなかのう防御能力を持っている。でも攻撃方法は単純だし、それほどピンチにはなりそうにない。
その僕の予想通りに、ほどなくしてデザートメイドは、多角形の板を撒き散らしながら消えていった。
「やったわ。生クリームをゲットよ」
ドロップ表示がなかったので、そういうことだとわかっていた。インベントリを確認すると、まさかのスポンジすらドロップしていない。
「うそだろ……」
「どうかしたのか?」
僕はコモンすらドロップしていない事を説明した。
「あれよ。ドロップ運が貯まって、あとからドカーンてレアドロップするパターンじゃない?」
そんなシステムは存在しないけれど、これをグチグチ言っても仕方がない。
「そうだね。次はレアをいただくぜ!」
マーミンにノせられるようにして、僕は気合を入れ直す。
「それじゃ、奥を見てみようか」
デザートメイドが現れた扉は、開きっぱなしになっている。パンクは警戒しながら近づくと、すっと扉の奥へと進んだ。
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左右に伸びた廊下を、右に向かって進んでいく。お城の中は予想していたよりも、ずっと広くて探索しがいがある。
しばらく廊下を進んでいくと、通路の奥にメイド姿の魔物が3体歩いていた。
「中ボスじゃなかったのか」
「デザートメイドで間違いないわね。ショートケーキチャンスよ」
「よし。行くか。我が名は……」
「待って」
戦闘を始めようとしたパンクを、マーミンが慌てて止めた。
何かの魔法を使ったような感じがした後、マーミンはパンクに向かってうなずいた。
「我が名はパーフェクトタンク!」
3体のデザートメイドは一斉にこちらを振り返る。大きな口しかない顔が、相変わらず気持ちが悪い。
近づいていくパンクへ向けて、トレーからショートケーキが飛んでいく。
「リフレクトシールド!」
マーミンが魔法を発動させた。どうやらさっき準備していた魔法は、この魔法だったらしい。
そう言えばイモキンと戦った時、僕はこの魔法に助けられている。あの時も同じように準備が必要だとしたら、あの混戦のなかでマーミンは、とんでもない先読みで魔法を使用していたことになる。
マーミンは僕が思っている以上に、凄腕のプレイヤーなのかもしれない。
「あっ」
って思っていたら、3つのショートケーキがパンクの前で跳ね返り、デザートメイドへと飛んでいった。
ナイスダメージとか思っていたら、デザートメイドは大きな口を開け、戻っていったショートケーキを食べてしまう。
「少しはダメージを受けなさいよ!」
マーミンの言葉でという訳でもないと思うけれど、いきなりデザートメイドの全身から多角形の板が激しく飛び出した。
あっと思う間もなく、デザートメイドは消えていく。
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デザートメイドからの贈り物×3 を手に入れました
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「裏技発見? 経験値も普通に増えるし、伝説の魔女に不可能はないのよ!」
なんとなく懐かしいフレーズも気になるけれど、手に入れたアイテムのほうがもっと気になった。なによりこれはドロップリストにはなかったアイテムだ。
つまり、ショートケーキを食べさせることでしか手に入らないアイテムだと予想できる。
「贈り物は使えばアイテムになるみたいね」
「やってみる」
インベントリから取り出すと、赤いリボンで縛られた白い袋のアイテムだった。この中がプレゼントだよって言う感じらしい。
僕は使いますかの質問に、すばやくイエスと答えた。
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技能書:料理 を手に入れました
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体中に電撃が走る。このゲームにはたくさんスキルがあるけれど、料理というスキルは初めて見た。
何より食べ物はバーガーしかないはずだから、技能として存在するのがありえない。
「あっ、技能書まで手に入ったわ。料理ができるようになるみたいね」
「僕も手に入れたよ。これってすごくない?」
パンクもマーミンもなんだか興奮気味だった。
「もちろんよ。こうやって技能を取得するパターンもあるのね」
僕は残り二つの贈り物も使ってみた。
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料理レシピ:イチゴのショートケーキ×1
料理レシピ:カツ丼×1 を手に入れました
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バーガー以外の料理のレシピだった。バーガーは経験値増加アイテムだから、もともと作成する概念はないけれど、もしかするとないかしら効果のある食べ物になるのかもしれない。
「料理も面白そうだね」
「なら技能書をあげるわ。魔女の私には、これで枠を使うのはもったいない気がする」
「ありがとう。でも僕も料理の技能書を手に入れたから大丈夫だよ」
「手に入らなかったのは俺だけかよ!」
本気ではない感じで、パンクが憤っていた。マーミンがそれをからかいながら、いつもと同じくじゃれている。
僕はスキル枠が余っている状態なので、この場で技能書を使ってみた。
僕のスキルに料理1が追加される。
「料理技能習得! ついでにレシピも覚えちゃおう」
って思ったら、イチゴのショートケーキはレベル3で、カツ丼はまさかのレベル5だ。レベル1で使えるレシピがなかったら、せっかくの技能も鍛えられない。
「げぇ、レベル1で覚えられるレシピがない!」
「なら俺のをやるよ。レベル1で覚えられる炭酸水ってレシピだ」
「私のもあげるわ。レベル1のパンと、レベル2のハンバーグだって」
「ありがとう! 遠慮なくもらうよ」
一緒に探索してドロップしたアイテムだから、対価を払ってとかはあまり気にならなかった。もちろん僕に二人がほしいアイテムがドロップしたら、無償で譲るつもりだ。
むしろ一緒に探索して、ドロップしたアイテムを有償でやり取りする意味がわからない。
確かにそれが正統なのかもしれないけれど、お互いが欲しいものを融通し合うことで、戦力が充実するわけだし、っていうか、野良パーティでもないので普通だろう。
「バッチリ覚えたよ。炭酸水は水だけで作成できて、パンは小麦粉と水が必要みたい。小麦粉なんて売ってたかな?」
「売ってないならドロップかしら? 見つけたら情報交換しましょう」
「どうやらデザートメイドはリフレクトでうまくやれば倒せるようだし、ドンドン倒していこうぜ」
僕らは気合を入れ直し、長い通路を歩いていく。