159.城内の戦い
城の中は閑散としていた。長い通路に赤い絨毯が敷かれている。左右の壁に扉が見えるけれど、基本的には一直線だ。
普通の暗闇ではないせいで、通路の奥の方は闇に閉ざされたままで、入り口付近からでは確認できなくなっている。
「闇の戦士のウェーブとかくると思ったけど、静かなもんだな」
「それがあったら美味しいだけよね。真っすぐ行けば玉座っぽいけど、寄り道するわよね?」
「もちろんだよ」
クエストの魔物には、普通に進めば会えそうだ。だけどそれ以外のボス系には、探さなければ会えない気がする。
「まずは通路の右の扉、その後は左。前に進んで扉を見つけたら、右から調査って感じで進もう」
「オーケー」
「わかった」
パンクは通路を進んでいく。
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城の中を調査してわかったことは、基点となる通路から扉を入ると小部屋で敵の兵士が存在し、その奥の扉へ進むとまた小部屋という感じで、最終的には行き止まりになるということだ。
分かれ道が基点の通路に戻ってくることはないようで、低確率で闇の魔導書をドロップする兵士と戦えるというボーナス部屋の扱いらしい。
そう考えると、この小部屋のどこかで、ボス系と出会えるだろうと予測する。
「闇の魔導書をドロップする可能性があるのだから、全部倒したいところよね」
「ああ。ノーマルやハードは雑魚を全滅させる意味はないが、ここはドロップがあるからな」
すっかり忘れていたけれど、パンクは人食草やうさぎを全滅させずに、ボスと戦っていたようだ。
全滅させなくてもボスは出現するけれど、低確率とは言えアイテムがドロップするから、僕は全滅させてからボスと戦っていた。
『純粋なる闇の塊』を手に入れられたのは、もしかするとそこに秘密があるのかもしれない。
そんな感じで基点となる通路を進んでいくと、右手に豪華な扉があった。今までの分かれ道の扉とは違って、明らかに装飾がきらびやかになっている。
とは言え、通路はまだ先があるし、暗闇のせいで奥まで見通すことはできていない。なにかしらありそうなこの扉を、無視する選択肢はなさそうだ。
「ふぅん。やけに豪華な扉よね」
だけどマーミンは気になることがあるのか、豪華な扉を見つめながら首をひねっていた。
「なにか気になることでもあるの?」
「ん?」
マーミンは僕の方を振り向いた。
「豪華すぎないかしら? まるで玉座に続いてますと、教えてくれてるみたいな感じよね。仮にお城にお客さんが来て、玉座の間で面会ってなったときに、この通路は間違いなく通るでしょ?」
マーミンの疑問は僕にはよくわからなかった。この扉の先は玉座かもしれないし、違うかもしれない。違うとすれば、玉座の扉はもっと豪華になっているのだろう。
この城のお客さん事情など、気にすることでもないはずだ。
「行けばわかるだろ」
僕が口を開く前に、パンクがばっさりと言った。
「まぁね。ちょっと危険な予感がしただけよ。行きましょうか」
「おう」
「行こう」
パンクを先頭に、豪華な扉の中へと入った。
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扉の中は広めの部屋になっていた。明るい色の絨毯が敷かれ、西洋風のテーブルとソファが備えられている。奥の壁には扉があり、そこから他の部屋に行けそうだ。
「応接室……いや、待合室か?」
「お客さんをもてなす部屋みたいだわ。とすると、やっぱり玉座は通路をまっすぐが正解なのね」
謁見の前に待つことがあれば、お客さんがこの部屋で待つ。どうやらそんな仕組みらしい。
壁際に置かれた壺の花は、まだ綺麗に咲いている。オレンジの花は明るく見えて、闇の城には似合わない。
「もしかしてセーフゾーンじゃないかしら?」
「なんだそれ?」
マーミンの言葉に、僕もパンクもハテナが浮かぶ。
「ほら、よくあるじゃない。ボス戦の前に休めるようになってる、絶対に魔物が来ない場所よ」
言っていることは理解ができる。でも迷宮は休憩が必要なほど、何時間も潜ったりはしない。実際ここに来るまでにも、かかっている時間は30分くらいだろう。
安全に休める場所があったとしても、寝るわけでもなければ、食事ができるわけでもない。
まあバーガーは食べられるけれど、食べるなら迷宮の最初から食べているだろう。
「おい! まさか俺たちは異世界転移でもしてるのか?」
「そうよ。ダークワールドなんて言って、別世界に転移してたんだわ!」
「そんなわけないでしょ」
ノリよく遊んでいる二人に対し、思わず冷たく突っ込んでしまった。
「あるとすればゲームに閉じ込められたとか、倒されたら本当に死ぬとかのデスゲームじゃない?」
単調なマップに僕自身も嫌気があったせいか、冷たく対応したのを反省し、盛り上がりそうなネタを振ってみる。
「それだ。おい! マジでログアウトボタンがないぞ!」
パンクの慌てた感じの演技にのせられるように、僕もログアウトボタンを確認してみる。
「えっ、本当にないよ!」
思わず声が大きくなる。本当にメニューからログアウトボタンが消えていた。
「なんてな。まあちゃんとあるぜ」
パンクは冗談だよというように、ログアウトボタンがあると言っている。なのに僕のメニューからは本当になくなっているのだ。
「ま、待ってよ。僕のは本当にないよ!」
「ラル。もしかして昨日のミニアップデート見てないの? ログアウトするのが面倒とかで、ボタンの位置が修正されたのよ」
マーミンはそう言うと、詳しく教えてくれた。
「あせったー。あったよ。ちゃんとログアウトボタンがあったよ」
「当たり前でしょ。まあ閉じ込められても、体の方は大丈夫だろうけど」
「つまらない心配してないで、そろそろ先へ進もうぜ」
なんだかいらないドッキリに引っかかった気分だ。もともとは二人の遊びが原因だけど、アップデートを確認しない僕が悪い。
ログアウトするのに三段階の手順が必要だったのが、サクッとできるようになったのは大きい。
インタフェースが面倒だと、ついついゲームからも離れてしまう。こういうアップデートは大歓迎だった。
コンコンッ。
「ふぉえ?」
奥の方の扉がノックされた。いきなりで返事もできないでいると、扉が開いてメイド姿の女性が入ってくる。
どこから見ても普通の人間に見えるその女性は、デザートメイドという名前だった。
「あら可愛い」
可愛い物好きのマーミンが反応する。紫のショートカットで、白いカチューシャをのせ、前にも見たことがあるような一般的なメイド姿だけど、トロンとしたような眼とプニッとした感じの顔が、甘さを醸し出している。
「トレーのケーキををごちそうでもしてくれるのか?」
メイドはトレーにイチゴのショートケーキを乗せていた。それをニコニコ顔で運んでくる。
「あっ、ドロップリストがある」
コモンにスポンジ、アンコモンに生クリーム、そしてレアにはイチゴのショートケーキが存在した。
イチゴがドロップしないところがいやらしいけれど、ドロップがある以上、きっと魔物で間違いはない。
「どうぞお食べ下さーい」
デザートメイドがそう言った瞬間、トレーに乗ったケーキが飛んでくる。
「うげっ」
胸に思い切り当たったケーキの衝撃は、軟球を思い切りぶつけられたくらいの感じがした。
「魔物だ。顔を見ろ!」
「うわぁ、顔に口しかなくなってるじゃない」
さっきまであった眼や鼻が消え、顔面がほぼ口になっていた。どういう由来かはわからないけれど、可愛いままだと攻撃しにくいから、これくらいがちょうどいい。
「イチゴのショートケーキをいただくわよ! ファイアショット」
さっそくマーミンが、5つの火を撃ち込んだ。