154.ボスのルール
とにかくゾーンは広いし、異界迷宮のルールもわからない。今のところブラックラビットと人食草の2種類しか魔物はいないようなので、倒しやすい感じの人食草を倒していく。
強さの設定が間違えているんじゃないかというくらい、魔物たちが弱く感じる。僕らは適正レベル以下で来ているから、なんでこんなに弱いのかと、不思議に思えてくるほどだ。
楽に倒せる分には、初めてだし文句はなかった。ただ何もドロップがないのがつまらない。
ドロップリストが見えないんじゃなくて、エッセンスすらドロップしないのだから、本当にドロップがない可能性が高くなってきた。
「経験値は美味しいけれど、ドロップがないのは寂しすぎる」
魔物の強さはそうでもないのに、経験値のメーターはもりもりと増えていく。このまま上昇してくれれば、33レベルも遠くなさそうだ。
「ウピィ」
エリーのファイアランスで、人食草が消えていく。
面白くないなと思っていた僕を鼓舞するかのように、遠くからギシャーという何かの声みたいなものが聞こえてきた。
「これは?」
僕は音の方に顔を向ける。
結構離れている場所に、大きな人食草が出現していた。遠くてはっきりとはしないけれど、高さは5メートルくらいあるかもしれない。
僕らは慎重に大きな人食草へと近づいていく。
近づいてはっきりしたけれど、指でも切りそうなレモングラスの葉をたくさん束ねたようにした中心から、茎のようなものが伸びていた。
そしてその先端には、ぼんぼりみたいなものがついている。
普通の人食草を大きくしただけみたいだけど、よく見るとぼんぼりから、無数の棘が生えているんが見えた。
「ナチュラルモーニングスターかよ」
茎は鞭のようなしなりを感じるし、葉っぱは鋭利で痛そうだ。
名前は大人食草で、これにはドロップリストが表示されている。ただドロップは全て人食草の種だった。コモンで1つ、アンコモンで5つ。レアは100ではなく、なぜか70だった。
おそらく選択式のボスなのだろうけれど、やばい方を選んでしまったかもしれない。
「ブラックラビットを多く倒していたら、きっとそっちのボスが出たはずだ。痛そうなボスだけど、ラビィ、ルード、エリー。頼むよ!」
「ガァァァモォォォ!」
「ピッピィ」
ラビィは待機。ルードは雄叫びでボスから注目を浴びる。エリーは初撃で一番ダメージが出そうな魔法を選んでいた。
どんな仕組みになっているのかわからないけれど、茎を中心にして、周りの葉っぱが回転しだした。
まるで草刈り機の刃のように、ルードを何度も斬り裂いた。
「ゴッデスヒール。レタヒールですの」
回復では定番のコンボだ。ただあの堅いルードの装備を、草でダメージを与えられるのは、かなりの威力があるという証明だ。
もしも僕やラビィが攻撃を受ければ、ひとたまりもない気がする。
「っと」
フラフラと茎がしなりはじめ、いきなり僕へとぼんぼりを振り下ろしてきた。ドーンっと地面にめり込むが、当たらなければどうということはない。
「ムーンスピア」
ざわざわとうごめく葉っぱに向けて、僕は槍型の魔法を撃ち込んだ。以前見たことがある水トカゲの尻尾きりのように、葉っぱを斬ることができた。
ルードの槍の攻撃でも、回転する葉っぱを次々と切り落としていた。
「これが対抗策か。その調子でおねがい。ムーンシールド!」
草を斬る事に集中していたら、ぼんぼりの棘が僕に向かって飛んできた。なぜ僕が狙われているのかわからないけれど、棘はムーンシールドを抜けてくるほどの威力はないようだ。
「ウピィ」
ひらりと空中回転を決めながら、エリーがファイアランスを放った。茎を狙ったようだけれど、大人食草は奇妙に踊りだした。
茎を左右にゆらして避けようとしていたけど、ファイアランスは外れない。見事に茎に命中し、たくさんの多角形の板が迸った。
でもその瞬間、葉っぱの切れた部分から、ムニョっていう感じで葉が再生した。さっきの踊りは魔法を避けようとしたのではなく、葉を再生させる踊りだったようだ。
「ムーンボール」
ぼんぼりへ向けて、青白い球を発射した。命中してダメージエフェクトが飛んだけれど、茎がフラフラとしなりはじめた。
「どこを狙う?」
「ヒール」
ぼんぼりが落ちてくる前に、葉っぱの方が回転を始めた。1体を相手にしているのに、攻撃手段が多いせいか、複数と戦っている気がしてくる。
あっと思ったら、ぼんぼりは地面を叩いている。エリーはひらりと躱したが、勢い良く落ちてきたぼんぼりの風を受けたのか、空中で少し姿勢を崩していた。
葉っぱの回転攻撃を受けるルードが、お返しとばかりにサークルアタックで打ち返す。黒騎士の槍のほうが強いのか、葉っぱが次々と打ち払われていった。
葉っぱを全て斬り裂いたら、茎の部分がぼんやりと光って弱点状態になる。
「茎を狙うんだ」
「ウッピィ」
「レタヒールですの」
ルードのブレイク、エリーのファイアショット。ラビィの水魔法は植物を回復させそうなので、今回は使わないように指示している。
水トカゲの水魔法反射はやばかったし、回復でもされたら面倒だ。
「ムーンスピア」
ルードの攻撃や、僕の魔法もいい感じのダメージになっていた。
だけどもともと苦手な火魔法で且つ、弱点になった茎に撃ち込まれたファイアショットは、眩しいほどの光を放つ。
びっくりするほどのダメージエフェクトをきらめかせながら、大人食草は消えていった。
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人食草の種×5 を手に入れました
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アイテムの価値に差はないけれど、アンコモンに指定されたドロップだった。だからログに表示されたらしい。
「嬉しいけど、これだけがんばってこれだけなのか……。って、あれ?」
迷宮のボスを倒した場合、メニューに迷宮から脱出する項目が増える。歩いて帰る事もできるけれど、普通はそれで脱出するのだ。
なのにボスを倒したこの状況で、そのメニューが追加されない。
異界迷宮の仕様なのかとも思ったけれど、すぐにそれを自分で否定した。
「中ボスなのか。それともブラックラビットの方もやらなきゃ駄目なのかな」
これで迷宮が終わったとしたら、同じ結果になるとして20回もクリアしなければ、僕の望みは満たせない。
わくわくと言うよりは、面倒だなって気持ちのほうが強いので、さっさとブラックラビットの方も終わらせようと、僕は気持ちを切り替える。