153.異界迷宮
異界迷宮の場所を確認すると、僕はすぐに湖に潜った。小屋の前からまっすぐに潜りながら進めば、魔物にあわずに入り口までいけるらしい。
言われたとおりに行ってみると、湖の底まで安全に来ることができた。思ったよりも深いせいで、かなり暗くなっている。
僕には夜目があるので、暗くても問題はない。ガメールの言葉を信じて、僕は一人で湖の底まできた。
「不気味だな」
青白く縁取りされた黒い闇が、人間を飲み込めるくらいの大きさで、ゆらゆらとしていた。間違いなくここが、異界迷宮への入り口だろう。
僕が近づいていくと、他の迷宮と同じようにメニューが開いた。最初からハードやナイトメアは無理なので、僕はノーマルを選択する。
不意に視界が明るくなると、そこは見渡す限りの平原だった。所々に大きな草が茂り、地面に大きめの穴が確認できる。
でも僕はさっきまで、湖の底にいたはずだ。迷宮らしからぬ姿に戸惑ったけれど、やっとのことでピンときた。
「異界だからこれなのか」
名前に迷宮とついているけれど、狭い道で迷わせなくちゃいけないというルールはない。まさしくあの入り口は異界へつながっていて、便宜上迷宮と呼んでいるのだろう。
その証拠に後ろにはさっきと同じ黒いモヤの出口はあるし、その周りも平原に見えるのに、触ると壁が存在した。
いわゆる見えない壁って言うやつで、見た目とは違って、無限に広がっているというわけではないようだ。
しかも普通の草原のようにそよ風が吹き、暖かな日差しが感じられる。風に乗ってくるのは、若葉のような、なんだか癒やされるような、そんなかおりだった。
思い切り深呼吸すると、なんだか体中がすっきるとするような気がする。頭の中までシャッキリとして、僕の体は絶好調になっていた。
水中になることはなさそうなので、ラビィとルードとエリーを召喚する。
「探索開始するよ!」
「おまかせですの」
一番近くに生えている草が怪しくみえるので、僕はそれを目標にした。
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草に向かって歩いていくと、近くの穴から黒い何かが飛び出してきた。ルードが横から体当りされたけれど、ふらつくこともなく、ダメージも少なかったようだ。
飛び出してきたのを確認すると、それは黒いうさぎだった。名前はブラックラビットで、バトルラビットが黒くなっただけに見える。
残念なことに、ドロップリストにはなにも載っていなかった。兎の心臓はおそらくこの魔物のはずなので、異界ではドロップリストが表示されないのかもしれない。
「ウピィ」
エリーが空中をひらりと舞いながら、ファイアランスの魔法を発動した。今更思うことだけど、エリーは水魔法よりも火魔法が好きなのかもしれない。
体当りして動きを止めているブラックラビットへと、ルードが槍を突き出した。そのタイミングで魔法も着弾し、激しく多角形の板が飛ぶ。
ロッカテルナ湖が35レベル以上推奨だったので、この迷宮にも不安があった。でもこの戦いを見る限り、どうやら問題なく戦えそうだ。
「ムーンスピア」
ブラックラビットはルードの槍と魔法を受けながらも、元気に突進していた。だけどルードの防御は硬く、ダメージを与えられないらしい。
そこへ僕の魔法が着弾し、ブラックラビットは消えていく。
素早さ特化で、柔くて攻撃力がない魔物だと予想した。
「穴に注意しながら、おそらくは人食草っぽい、あの大きめの草へ近づこう」
「ガモォ」
「おまかせですの」
エリーは疲れたのか、僕の肩に乗ってきた。肩に召喚獣を乗せて冒険するのに憧れて、色猫やホワイトウルフに期待していたけれど、僕にはすでにエリーがいた。
「よし、行くよ」
なんとなく嬉しくなって、ご機嫌で僕は草原を歩いた。
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周りの穴に注意しながら、草を確認してみた。するとやっぱりこれは魔物で、人食草だと判明した。
さっきと同じようにドロップリストは表示されないので、この迷宮では確認できない可能性が高い。
「ルードよろしく」
「ガモォ」
ブレイクで一気に近づいて槍を突き刺した。
「ウピィ」
僕の肩から、ファイアランスが飛んで行く。
「ムーンボール」
ルードがダメージを受けないので、ラビィは様子を見ていた。僕らの先制攻撃に、人食草は全体を震わせながら、ダメージエフェクトをきらめかせていた。
「っと、ムーンシールド!」
人食草は、体のどこからか黒い種のようなものを周りに撒き散らした。ダメージエフェクトで見えにくかったけれど、僕はラビィをかばうようにしてから、ムーンシールドを展開する。
たいしたダメージがないようで、僕のムーンシールドに当たって種は跳ね返っていた。その間にもルードは人食草へと、槍を突き刺している。
「ウピィ」
エリーは火の矢を飛ばした。見るからにではあるけれど、この魔物は火に弱いようだ。
火の矢が直撃したとたん、あっさりと人食草は消えていく。
ブラックラビットよりも耐久度はあったけれど、僕らを追い詰めるほどではない。
「むしろ弱く感じるよ。なんだか敵は、このマップの広さかもしれないね」
「そうかもしれないですの」
ちょっと格好良く言ってみたけれど、特に反応はなかった。ある意味いつも通りなので、気にせずこのまま戦っていこう。
なにより種を飛ばしてきたはずなのに、ドロップもしていなければ、地面に落ちてもいない。アイテムの入手方法がわからなければ、ポイントを稼ぐことができないのだ。
「とにかく見える魔物をどんどん倒していくよ」
「はいですの!」
ここに何体の魔物がいるかはわからないけれど、手に入るまで倒すのだ。